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2024/01/20

第10部  追跡       2

  ミーヤの憲兵隊支部は国境検問所の近くにあった。警察署と隣接して建っている2階建ての小さなビルで、入り口に歩哨が立っていた。アスルとギャラガは一度その前を通り過ぎ、検問所の出国審査を待つ人々が時間を潰す野外カフェに席を取った。水を注文してから、アスルはギャラガに命じた。

「憲兵隊で一族の者がいるか、呼んでみてくれ。」

 ”感応”と呼ばれる一方通行的なテレパシーだ。特定の個人向けでテレパシーを送ることがあれば、不特定多数に向けて呼びかけることもある。”ヴェルデ・シエロ”に取っては難しくない能力だが、残念なことにこの呼びかけに返信する能力を”ヴェルデ・シエロ”は持たない。会話をする為の能力ではないので、相手を「呼ぶ」だけなのだ。話があれば呼ばれた者が呼びかけた者を特定して接触しなければならない。便利なようで不便な中途半端な超能力だ。
 アスルは”砂の民”がオラシオ・サバンを殺害した連中を探していることを知っていた。不特定多数の一族の人間に呼びかけると、その”砂の民”にも呼びかけることになってしまう。それではサバン殺害犯に法律の下で罰を与えたい大統領警護隊文化保護担当部としては拙いのだ。犯人は普通の人間、イスマエル・コロンも殺している。動物達を密猟している。だから連中を公に告発して罰を与え、新たな密猟者が現れるのを防ぎたかった。”砂の民”は標的を殺されたと思わせない方法で殺してしまうから。
 アンドレ・ギャラガはちょっと息を整えてから、目を憲兵隊ビルに向けた。

ーー憲兵隊の一族の者

 呼びかけの内容はそれだけだった。”感応”は長い文章を送れない。文章を送れるのは、首都に聳える聖なるピラミッドに住まう大巫女ママコナ様だけだ。返信が出来ない能力だから、相手が聞き取ったかどうかわからない。受信した方は誰から送られて来たのかわからないから、特定の相手に「聞いた」と言えないのだった。
 アスルとギャラガは暫く往来を眺めていた。もしさっきの呼びかけに誰も応えなければ、国境検問所に行って、大統領警護隊国境警備班の仲間に憲兵隊の中に一族の者がいないか訊く方法があったので、焦らずに構えていた。
 半時間経って、店から離れようかと思い始めた時に、一台の憲兵隊の車が店前に停車した。野外テーブルの目と鼻の先だ。窓から先住民の血が優った顔のメスティーソの男が顔を出した。

「呼びましたか?」

 相手はアスルとギャラガが胸に緑の鳥の徽章を付けて迷彩色の服を着た大統領警護隊だったので、戸惑っていた。彼を呼んだロス・パハロス・ヴェルデスはどちらもまだ少年の様な若い隊員で、憲兵より10は年下に見えたのだ。
 アスルが立ち上がり、車のそばに行った。瞬時に”心話”で事件を伝えた。憲兵がギョッとした目で、アスルが差し出した潰れた銃弾を見た。

「埋められていた遺体の灰に混ざっていた。恐らく殺された一族の男は、これで射殺されたんだ。」
「失礼・・・」

 憲兵は彼から銃弾を受け取り、目を閉じた。アスルもギャラガもこの憲兵のことを何も知らなかったが、憲兵は目を開くと、アスルに”心話”を要求した。アスルが相手の目を見ると、脳裏に潰れる前の銃弾のイメージが浮かんだ。「ほう!」とアスルが感嘆の声を出した。

「貴方は復元した銃弾をイメージ出来るのか!」
「私の唯一の特技ですがね。」

と憲兵が囁いた。

「同僚に説明出来ないのが難点で・・・」

 アスルと彼は苦笑し合った。普通の人間の世界で暮らす古代人類の子孫の悩みだ。

「中尉から頂いた犯人のイメージは、憲兵隊が追っている密猟者グループの中にいる数人と合致します。殺人を立証するのは難しいですが、密猟で捕まえるのは簡単です。居場所を探しましょう。」

 彼はニヤリと笑った。

「抵抗すれば射殺しますが、構いませんね?」
「問題ない。」

とアスルは言った。

「少なくとも犯罪者として罰せられる訳だから。」


2024/01/19

第10部  追跡       1

  アスルとアンドレ・ギャラガ少尉は一緒にミーヤ国境検問所があるミーヤの街中を歩いていた。南部では一番人口が多く、物流も盛んな土地だ。隣国との交易も盛んだから、人間の出入りも激しい。国境警備は大統領警護隊国境警備班とセルバ陸軍国境警備隊の合同任務で、彼等はミーヤ以外にも森の中の開拓地に検問所を持っていた。そちらは街道がなく、もっぱら森を抜けて行き来する密入国者や密輸業者の取締が主な仕事で、密猟取締はしていない。密猟取締は憲兵隊の仕事だ。アスル達は憲兵隊のミーヤ支部に行くところだった。
 ギャラガはアスルから目を離さないように気をつけていた。アスルはオラシオ・サバンの遺体発見現場で心を過去に飛ばし、サバンを殺害したと思われる人間の顔を見てきた。彼の報告では犯人は5、6人のグループで、アスルが見た時、既にサバンは死んでいた。遺体を地面に掘った穴に落とし、ガソリンをかけて火を付けるところを見て、アスルはすぐに現在に戻って来た。暫く地面に四つん這いになって、疲労感を隠そうとしなかった。嫌なものを見てしまったので、精神的な負担が大き過ぎたのだ。だから別行動を取ると決めた時、ロホはギャラガにアスルを守れと命じた。

「あの男は強がりだから、平気を装うだろうが、まだ心が本調子じゃない筈だ。暴走する可能性もあるから、もし言葉で言って聞き入れなければ、君は彼を眠らせるんだ。」

 ロホは密猟取締の本部であるグラダ・シティの憲兵隊本部へ行ってしまい、アスルとギャラガは現場の責任者と言うより、憲兵隊に一人はいるだろうと思われる一族の人間を探しに行くところだった。
 アスルはケツァル少佐とロホには過去に見た光景を”心話”で伝えたが、ギャラガには犯人の顔しか見せてくれなかった。年下の者に嫌なものを見せたくないと言う彼なりの思いやりだ。しかしギャラガは子供扱いされた気分で、ちょっと不満だった。どんな残虐な人間が相手なのか、知っておきたかったのだ。

「どうして一族の人間が”ティエラ”にあっさり殺されたのだと思いますか?」

 そっと質問してみた。アスルは雑踏の中を歩きながら、暫く黙っていたが、やがて聞き取るのがやっとの低い声で答えた。

「サバンの遺体は裸だった。彼は、ナワルを使っている最中だったんじゃないかな。」

 ギャラガは冷や水を頭からかけられた気分になった。サバンのナワルはきっとジャガーだったのだ。なんらかの理由で彼はジャガーに変身していた。そして密猟者はジャガーだと思って、彼を撃ち殺した。”ヴェルデ・シエロ”は死ねば人間に戻る。

「密猟者は、サバンが人間に戻るのを見たのでしょうか・・・?」
「一度は腰を抜かしただろう。そしててめぇらが神を殺したことに気がついた。それで慌てて痕跡を消そうと焼いたんだ。他の獲物は皮を剥いでそのまま埋めていたから、ただの人間も普通なら焼かずに埋めただろうが、殺した相手が神だったから、神の仲間に知られたくなかったに違いない。」

 ギャラガは思わず身を震わせた。

「”砂の民”がそれを知ったら、密猟者達は全員殺されます。彼等から話を聞いた人々も殺されますよ・・・」

 アスルが忌々しげに言った。

「だから気分が悪いんだ。大規模な粛清が始まるかも知れない。」

第11部  紅い水晶     21

  アンドレ・ギャラガ少尉がケツァル少佐からの電話に出たのは、市民病院に到着して患者が院内に運び込まれた直後だった。 「ギャラガです。」 ーーケツァルです。今、どこですか? 「市民病院の救急搬入口です。患者は無事に病院内に入りました。」  すると少佐はそんなことはどうでも良いと言...