軍事演習は確かに生やさしいものではなかった。大統領警護隊文化保護担当部の部下達は遠慮容赦無く上官に攻撃を仕掛けてきた。テオにはペイントボールを当てなければならないから、邪魔なケツァル少佐の注意を逸らすのが目的だが、石が降ってくるわ、実弾で撃ってくれるわ、でテオは生きた心地がしなかった。少佐も時々彼を岩陰に隠すと、部下を狩りに出かけた。
真っ先に倒されたのはアスルだった。ある意味猪突猛進型の彼は強い気を放ったので、少佐に位置を正確に補足され、奇襲された。テオは気絶したアスルが少佐に引き摺られて集合地点に運ばれるのを呆然と見ていた。
次に降伏したのはギャラガだった。少佐とグラダ族同志の力の出し合いをして、砂嵐で競ったが、結局押し切られた。砂や小石で全身をズタズタにされる前に、彼は白旗を掲げ、降参した。少佐は彼にアスルの番を命じ、残る2人のブーカ族を探しながらテオを頂上へ導いた。
もうすぐ頂上付近の池の縁に辿り着くと言う時に、拳大の石がバラバラと飛んで来た。少佐が石を気の力で砕き、テオに岩陰に身を伏せて置くようにと言いつけた。それから大きな気配を感じた地点へ走った。テオは彼女の後ろ姿を見送り、それから飛んで来た石を見た。少佐に砕かれた石の断面がきらりと輝いた。
え? オパール?!
石を拾うと腕を伸ばした時、視野の隅に小柄な綺麗な毛皮のネコ科の猛獣が入った。そのネコはボールを咥えていた。
オセロット?
マハルダ・デネロスだ、と気がついた時は遅かった。オセロットはパッと跳躍して、彼の背中に跳びついて来た。テオは思わず「ワァッ」と叫び声を上げた。背中にペイントがベッタリと飛び散った。オセロットは彼の背中を蹴って、その勢いで大岩の向こうへ走り去った。
テオの叫び声を聞きつけた少佐が戻って来た。そしてペイントで汚れたテオの合羽を見た。
「あーあ・・・」
彼女は悔しげにアサルトライフルの台尻を地面に打ち付けた。テオは言い訳した。
「マハルダがナワルを使ったんだ。それってあり?」
「軍事訓練ですから、必要と判断すれば・・・」
少佐が舌打ちした。
「彼女はずっと気配を消していました。男達は石や砂や銃で攻撃を仕掛けて来ました。彼等の気の力に私が注意を向けている間に、彼女は変身して貴方に近づいたのです。気の大きさでは彼女が一番弱いのですが、知恵は回りますからね。」
彼女はライフルを空に向けて続け様に2発撃った。訓練終了の合図だ。 集合場所ではなかったが、池の縁の向こう側からロホが姿を現し、やって来た。ギャラガも目を覚ましたアスルと一緒に登って来た。
「マハルダ!」
少佐が呼ぶと、少し離れた所で少尉は答えた。
「もう少ししたら行けます。」
人間に戻って服を着ているのだ。
テオはペイントでベトベトになった合羽を脱いだ。それから、光る断面の石を拾い上げた。ロホがそばに来たので、それを見せた。
「君が飛ばして来た石だ。光っているんだが・・・」
ロホが眺めて、ニヤリと笑った。
「ラッキーですね! 見事なオパールの原石ですよ。」
「君が選んでくれたのか?」
「まさか! 私は鉱物師じゃありませんよ。」
そこへケツァル少佐が近づいて来たので、テオは石をポケットに突っ込んだ。
「昼飯の前に終わったな。」
と言うと、彼女は苦笑した。
「オセロットにしてやられました。ところで、帰り道、あの子はきっと眠たくなるでしょうから、背負ってやって下さいね。」
「マハルダなら、喜んで・・・痛!」
少佐はテオの足の甲を踏んづけて、アスルとギャラガの方へ行ってしまった。