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2023/01/31

第9部 エル・ティティ        6

  オルガ・グランデに到着したのは昼過ぎだった。途中の山道では野盗に出会わなかったが、民家も見かけなかった。ティティオワ山の北側をぐるりと回り込む形でハイウェイ(と言うか少し広めの山道)は付けられていて、カーブを曲がると大きな摺鉢型の都市が見えた。

「あれがオルガ・グランデです。」

とチャパがホッとした様に息を吐いてから言った。空気が澄んでいるとは言えず、砂埃が漂っている様に霞んで見えたが、それなりに大都市だ。
 チャパが車を目一杯崖っ縁に寄せた。なんと対向車が次のカーブの向こうから現れたのだ。それもそこそこ大きなトラックだったので、マイロは驚いた。ちょっとでも掠ったらこちらの車は崖から落ちてしまう。トラックはクラクションを鳴らして、土埃を上げながら通過して行った。

「何処へ行くのかな?」
「アスクラカンです。他にありますか?」

 マイロは車を動かした。

「地図が正確なら、カーブ3つ向こうに村があります。そこから対向車は増えてきます。でも崖は低くなるから、大丈夫でしょう。」
「君はここを運転して通ったことがあるのか?」
「ノ。」

 チャパはケロリとした顔で答えた。

「でもジャングルの中を運転したことはあります。ジャングルの方が厄介なんです。道からはみ出すと泥濘にタイヤが取られて抜け出せなくなりますから。泥とヒルと虫と戦いながら車を出すのは一苦労ですよ。」

 崖から落ちるより泥濘に落ちる方がマシだろう、とマイロは思ったが、言葉に出さなかった。

「エル・ティティの住人はオルガ・グランデと頻繁に行き来しているのか?」
「僕は住人じゃありませんから、知りません。エル・ティティはアスクラカンから物資を仕入れていると思います。」
「それじゃ、グラダ・シティとオルガ・グランデはどうやって物流を行っているんだ?」
「トラックです。さっきみたいな・・・オルガ・グランデは太平洋に港を持っていますから、そっちから物を買うし、鉱山の鉱石を運び出します。グラダ・シティはオルガ・グランデから物を仕入れる必要性を持ってません。だから先住民も山を挟んで部族が異なるんです。」
「現代人はどうやって・・・」
「航空機がありますって、先生!定期路線が一日1往復してます。それに週に2回ほどバスが走ってるし。」

 都市が標高の高いところにあるせいか、ティティオワ山の西側の下りは東側より緩やかだった。


2023/01/30

第9部 エル・ティティ        5

 なんとなく不愉快だった。ホアン・チャパもグラダ大学医学部も何か重要なことを隠している。いや、重要なのに重要だと思っていないから、マイロに話さない。マイロは自分が何を知らないのかわかっていない、と痛感した。自分はデータとして記録されたものだけを見て、このセルバ共和国の医療の歴史だと思い込んでいた。しかし、セルバ人達は昔からある病気の流行を「言い伝え」の中に封印して、数字や文章に残したりしないだけだ。

セルバでは、虫が病気を運ぶことは絶対にない。

 宿の男が言った言葉。虫によって媒介される病気が存在しないとしたら、この国は特異だ。周辺国ではマラリアやシャーガス病が普通に発症している。ここだけが無事と言うことはあり得ない。

僕等は守護されているから。

 誰から守護されているのだ? 神様か? どの神だ? キリストもマリア様も、外国で熱心に信仰されている。セルバだけの神様? そう言えば、度々耳にした名前・・・”シエロ”。

シエロって、空って言う意味だよな。

 マイロは車の窓から空を見上げた。真っ青だ。これから乾燥地帯に入る。運転しているチャパは陽気な音楽をラジオから流しながら聞いていたが、電波を拾うのが難しくなってきたのか、雑音が入り始めた。

 空が神様なら、やっぱり天の神様だよな・・・エホバか?

 車が停車した。マイロは物思いから現実に引き戻された。

「どうした?」
「事故現場です。」

 チャパが道端に立っている小さなマリア像を指差した。崖っぷちを這うように行く細い道路の端に、石の像が立っていた。萎れた花が供えられている。

「5、6年前に、ここでバスが崖下に落ちたんです。大勢死んでしまったそうです。だから、ここで旅の無事を祈れって、オルガ・グランデ出身の友人に言われました。」

 チャパが手を組んで祈り始めたので、マイロも真似た。この旅行が無事に予定通り終わりますように。
 1分後、チャパが目を開いた。

「さ、祈ったし、また旅を続けましょう。」

 どこまでも陽気な男だった。


 

2023/01/29

第9部 エル・ティティ        4

  「ホルヘの宿」でサシガメを見ることはなかった。マイロはぐっすり眠り、翌朝気持ち良く目覚めた。トイレと水のシャワーを浴びて、服を着て階下へ降りると、コーヒーの香りがした。昨日の受付の男が、「おはよう」と言って、テーブルを指差した。コーヒーポットとカップが数個、そして切ったバゲットが積み重なった籠が置かれていた。それが朝食だ。マイロはチャパを待たずに朝食を取った。受付の男は部屋の隅のソファに座ってテレビを見ていた。硬いパンには数種類のジャムが添えられており、それは酸味と甘味が種類毎に違って美味しかった。
 マイロは食べながら男に話しかけてみた。

「この街では、伝染病が流行ったことがありますか?」

 男がテレビを見たまま答えた。

「10年近く前かな・・・風邪に似た病気が流行った。大勢死んだんだ。」

 マイロは驚いた。グラダ大学でそんな話を聞いたことがなかった。

「風邪に似た病気?」
「スィ。発熱と咳と・・・どんな薬も効かなくて、呪いも効き目がなくて、体力のない人から順に亡くなっていった。エル・ティティでも住民の3分の1が罹って、15人亡くなったんだ。僕の従兄弟も1人死んだし、ゴンザレス署長は奥さんと息子さんを失くした。」
「それは・・・ウィルス性の疾患だろうか?」
「難しいことは知らない。町の病院が手洗いと蒸し風呂と体の洗浄を徹底的に住民に広めて、半年ほどで収まったけどね。」
「虫が媒介したとか?」
「それはない。」

 男は断言した。

「セルバでは、虫が病気を運ぶことは絶対にない。僕等は守護されているから。」
「?」

 そこへチャパが2階から降りてきた。挨拶をして、彼はコーヒーをカップに注いだ。彼が席に着くのを待って、マイロは伝染病のことを訊いてみた。チャパが「ああ・・・」と頷いた。

「砂漠風邪ですね。」
「砂漠風邪?」

 聞いたことがない。マイロは怪訝な顔をした。チャパは大して重要でないと思っているのか、パンをちぎりながら言った。

「ティティオワ山から西の地方特有の病気で、この国の風土病です。大体30年か40年の周期で発生するそうですよ。太平洋からの風が強い時に、西側の砂漠地帯の埃が空気中に漂うんです。それが徐々に増えて、吸い込んでいるうちに肺に溜まってくるって聞いたことがあります。」
「”シエロ”が鎮めてくれるのを待つ他はないのさ。」

と宿の男。マイロは彼がホルヘじゃないのかと思ったが、黙っていた。”シエロ”と言うのは、セルバの古代の神様だったな、とぼんやり思った。

「東部では滅多に発生しないんです。」

とチャパは言った。

「喘息などの疾患を持つ人が、西側に旅行したりして、罹ることはあります。」
「それじゃ、マスクをしていると大丈夫なのか?」
「スィ、その筈です。」
「埃に何かウィルスとか細菌が混ざっているとか・・・」
「今のところ、そんなものは発見されていません。だからグラダ大学では研究されていないんです。風が強い日にマスクをしていれば防げるから。」


2023/01/27

第9部 エル・ティティ        3

  夕食はバルで取った。エル・ティティには食事が可能な店は3軒しかなく、マイロは宿に一番近い店に入ったのだが、他の店も同じ通りにあった。セルバ流に少量の料理を小皿で数種類注文してビールを飲みながらつまむ。ハンバーガーやピザもあるが、地元民が食べている物と同じ料理を選ぶと確実に外れがない。マイロは食生活にあまりこだわらない方だったが、セルバに来てからは、食べることより味わうことが楽しくなってきた。エル・ティティは肉料理や青いバナナの料理が多く、魚料理はなかった。
 食事中、地元民が数人話しかけて来た。どこから来たのか、どんな仕事をしているのか、エル・ティティの印象はどうか。ありきたりの質問だ。そしてマイロがアメリカ人でグラダ大学で働いていると答えると、ほぼ全員が同じことを尋ねた。

「テオドール・アルストを知っているかい?」

 どうやら帰化したアメリカ人はこの街の超有名人らしい。だが、こんなちっぽけな街に、どうしてアメリカ人が住み着いたのだろう。それを尋ねると、また返答は誰もが同じ内容だった。

「それは、彼がこの街を好きになったからさ。」

 遺伝子学者はきっとバックパッカーか何かで、旅行の途中にこの街に立ち寄ってそのまま足を止めたのだろう、とマイロは考えた。
 食事が終わった時は既に午後10時を過ぎていた。セルバでは遅い時刻と言うことでない。小さな街の短い通りはまだ賑やかだった。しかし運転の疲れもあったし、翌日はオルガ・グランデまで運転するので、マイロとチャパは気の良い住民達と別れて、宿に向かった。
 「ホルヘの宿」の前に警察官が立っていた。年齢は50代半ばから60前半か?がっしりした体格で、日焼けした顔が街灯に照らされていた。着ている制服には金星や勲章の様な飾りが付いていた。平の巡査ではあるまい。マイロは「今晩は」と声をかけた。

「今晩は」

と警察官が答えた。

「こちらに宿泊しているアメリカ人とは、貴方ですか?」
「スィ、アーノルド・マイロです。」

 マイロはチャパを見た。

「こちらは僕の助手でセルバ人です。」

 チャパも自己紹介した。

「ホアン・チャパです。グラダ大学の医学部院生です。マイロ先生の助手をしています。」
「アケチャ?」
「スィ。」

 アケチャ族はセルバ共和国東部に住む部族で、多くのメスティーソ住民はアケチャ族の末裔だ。セルバ人は互いの家族の詮索をしない割に、どの部族の出身かと言うことは尋ねることがある。警察官は周囲をぐるりと見回した。

「この街はティティオワの子孫の街だ。だがアケチャの血も流れている。だから貴方は親戚だ。」

 チャパが右手を左胸に当てて、先住民の言葉で挨拶した。マイロはセルバへ来てから数回似たような光景を見たことがあった。彼の目には全部同じに見えたのだが、チャパが言うには、若輩者が目上の者へ挨拶する仕方、対等の立場で挨拶する仕方、族長や長老などの偉い人同士が挨拶する仕方、それぞれ異なっているのだそうだ。もしかすると言葉が違うのかも知れないが、彼は覚えられなかった。耳にする機会が少な過ぎた。
 多分、今のチャパの挨拶は若輩者から目上の者へのやり方なのだろう、と思った。警察官は「うん」と頷いた。そしてマイロに向き直った。

「私の倅がグラダ大学で働いています。倅は貴方に会ったことはないがお噂は耳にしていると言っていました。」

 つまり、「倅」に電話をかけてマイロの身元調査をしたのだ。マイロは少し不愉快に感じた。警察官はマイロを眺めながら言った。

「気を悪くされたと思います。だが、こちらにはこちらの事情があります。」

 警察官が続けて何かを言おうとしたのに、それをチャパが遮るように口を挟んだ。

「まさか、また反政府ゲリラが活動を始めたんじゃないでしょうね?」

 警察官が微笑んだ。意味不明の微笑だ。

「ゲリラは最近出没していません。しかし、野盗はたまに現れますからな。こちらには数日の滞在ですか?」
「ノ、明日にはオルガ・グランデに向けて発ちます。」

 マイロの言葉に、彼は「そうですか」と呟いた。

「山道を車で走っている時に、道端で呼び止めようとする人間がいても無視なさい。野盗の手先かも知れません。街に着くまで止まらないように。」

 そして、「おやすみ」と言って彼は立ち去った。
 マイロはチャパを振り返った。

「まさか、僕等を野盗の手先じゃないかと調べたのか?」
「どうでしょう。」

 チャパは肩をすくめただけだった。

 

2023/01/26

第9部 エル・ティティ        2

  どうしてもそのアメリカから帰化した遺伝子学者に会わねばならない、と言うことではなかったので、アーノルド・マイロとホアン・チャパはジューススタンドの陽気な若者と別れて散策を続けた。カリブ海沿岸ではアフリカ系の肌の黒い人は珍しくないのだが、セルバ共和国はメスティーソの比率が高いせいか、エル・ティティの様な内陸の田舎町では、マイロは目立ってしまった。どこへ行っても他人の視線を感じた。それは同伴しているチャパも同じだったらしく、彼はマイロにそっと囁きかけた。

「もし不快に感じられたら、仰って下さい。早めに晩飯を食って宿に引き上げましょう。明日はオルガ・グランデに行けると思います。向こうはましですよ。」
「何がましなんだ?」

 マイロは気を遣って欲しくなかった。母国でも保守的な色合いの強い場所へ行けば、同じ経験をするのだ。少なくともエル・ティティの住民は彼を拒絶していない。どちらかと言えば好奇心で見ている感触だった。ボリス・アキムが「人懐こい」と言ったが、マイロが抱いた感じでは、住民達は新規の旅人に恥ずかしがっている様に思えた。
 小さな町だから、散策しているうちに街外れに来てしまった。グラダ・シティやアスクラカンと違って空気が乾いている。乾燥地帯程ではないものの、過ごしやすい気候だ。

「サシガメがいるといるとしたら、民家の壁だろうな。」
「しかし他所者がいきなり訪問しても、入れてもらえません。少なくとも、さっきのジューススタンドのニイさんみたいにちょっと言葉を交わして知り合いにならないと・・・」
「あの程度で、家に招待してもらえるのか?」
「先住民でなければ、大丈夫です。」

 セルバ人は開放的だが、先住民はガードが固い。マイロは医学部で数人の先住民の学生を見かけたが、彼等は挨拶する程度で新入りの研究者に話しかけて来なかった。他の学生達がアメリカ合衆国の話を聞きたがって近づいて来るのに、連中は無関心なのだ。

「先住民の方が病気に関して情報を持っていそうだがなぁ・・・」

 マイロは細く浅い川の流れを見た。この川はアスクラカンまで流れ、そこで別の川と合流してさらに大きな川となってグラダ・シティを通り、カリブ海に流れ込むのだ。地図では単に「川」と書かれているだけだった。

2023/01/20

第9部 エル・ティティ        1

 エル・ティティの街はアスクラカンに比べるとかなり小さかった。ルート43沿いに土壁や煉瓦壁の家が立ち並び、真ん中に教会がある。ハイウェイは教会前の広場の横をかすめるように通っていた。 広場を横切ったりはしない。グラダ・シティとオルガ・グランデを結ぶ長距離路線バスはこの広場で一旦停車するらしいが、町の住民以外に乗り降りする人はいないだろう。広場には観光客や旅人の為の休憩用施設は何もなく、ただ住民が野菜や果物を持ち寄る朝市などが開かれると思われた。アキム夫妻に教えられた宿は教会の裏手の通りにあり、教会前広場からその裏通りまでの道に、地元民が利用する店舗が集まっていた。
 「ホルヘの宿」と言う小さな看板が掲げられた宿は、ホテルと言うより民宿に見えた。車は宿の前の道路脇に停めると良いと言われ、マイロとチャパは取り敢えずチェックインした。朝食は出るが夕食はないので、食事は通ってきた広場から裏通りの間の道に面した並びから飲食店を探さねばならない。
 部屋に入ったマイロは、いきなりサシガメを探し始めた。建物の外観を見ると、いかにも害虫が壁の隙間に潜んでいそうだったのだ。しかし屋内の壁は綺麗で、清潔そうだ。虫の死骸すら見つからなかった。ベッドも点検した。ノミやシラミを警戒した。毛布やシーツは洗い立てのように綺麗だった。
 隣の部屋のチャパも同じ行動を取ったようだが、空振りだったらしい。階段や廊下は古い感じだったので、夜になったら、チェックしてみようと言うことになった。
 夕刻まで時間があったので、街中を散歩することにした。サシガメは夜行性だから、昼間は物陰に隠れて出てこない。
 町の周囲はバナナ畑で、畑の南西に不活性火山ティティオワが聳えていた。斜面の下半分は緑色で、上は青みがかった黒っぽい色をした山だ。南側の山頂付近は抉れていて、それがなければ綺麗な円錐形になっただろう。
 町の住民は開放的で、他所者のマイロとチャパにも道ですれ違うと挨拶してくれた。路地に即席のジューススタンドが出ていたので、そこでパイナップルジュースを買って喉を潤した。

「どこから来たの?」

と売り子の若い男が尋ねた。

「アメリカから。今はグラダ・シティに住んでいる。」

 マイロがそう答えると、その若者は、「へぇ!」と言った。

「それじゃ、テオを知ってる?」
「テオ?」
「テオドール・アルスト・ゴンザレス。」

 すると、マイロの隣でチャパが、「ああ!」と声を上げて、マイロを驚かせた。マイロは思わず助手を振り返った。

「知っているのかい、そのテオ・・・」
「テオドール・アルスト・ゴンザレス、うちの大学の准教授ですよ。」

 若者が「スィ、スィ」と嬉しそうに頷いた。

「エル・ティティの有名人! 最近は忙しくて月に1回ほどしか帰って来ないけど、戻ってきたら必ず僕等と一緒に遊ぶんだ。」

 チャパはその准教授に関する知識を出来るだけ捻り出した。

「生物学部で遺伝子工学の教室を持っている人です。なんだか訳ありでアメリカからセルバ共和国に帰化されたんですが、アメリカの話はほとんどされないそうです。」
「テオは北米が好きじゃないんだ。」

とジューススタンドの若者が言った。

「何か辛いことがあって、故郷を捨てて来たんだよ。でもセルバで幸せに暮らしているから、みんな気にしないことにしている。」
「遺伝子工学の先生だから、原虫の遺伝子や治療法に関するヒントも研究されていないかな。」

 チャパが呟くと、若者は首を振った。

「ノ、ノ、テオはエル・ティティに息抜きに帰って来るんだから、ここでは仕事の話をしないよ。それに、こっちでは代書屋をしてるしね。」
「代書屋?」

 若者が道端の一軒の家を指差した。

「会計士のホアン・カルロスの手伝いをしているのさ。書類の作成や手紙の代書をしてくれるので、カルロスは助かってる。僕等も役所に出すややこしい書類なんかはテオに頼むんだ。」

 准教授を気軽に「テオ」と呼ぶ若者をマイロは眺めた。

「その准教授は、次はいつ帰って来るのかな?」
「いつかな? 多分、ゴンザレス署長が知ってる。テオのセルバでの親父さんだから。」


第11部  紅い水晶     10

  ケツァル少佐がロカ・エテルナ社の駐車場に車を停めたのは午後1時を少し回った頃だった。セルバ人なら昼食を楽しみ、昼寝を考える時間だ。少佐は指示された階の指示された場所に車を置いて、すぐ背後にあった扉の中に入った。ガラス張りの渡り廊下を通り、次の扉を開くと、そこはロカ・エテルナ社...