2023/12/04

第10部  依頼人     1

  グラダ大学考古学部准教授ハイメ・ンゲマは短い休暇を終えてグラダ・シティの大学へ戻ろうとしていた。発掘中のカブラロカ遺跡のことや論文や学生達のことを暫し忘れて、ベリーズの遺跡をお気軽に観光して来た。同業者に会うこともなく、学術的な話をすることもなく、仕事から離れて、彼自身の趣味を探求する心だけを満たす旅だった。旅行中に得た知識が、現在彼が研究中のセルバにおける古代の裁判方法とどう繋がりがあるのか、そんなことは今考えないでおいた。詳細に写真を撮ったし、書籍も購入した。それは後日じっくり眺めることになるだろうが、今は自宅である職員寮に帰ってスーツケースを置き、昼寝をしたい。
 彼がタクシー乗り場へ向かっていると、声を掛けて来た人物がいた。

「ンゲマ先生。」

 聞き覚えのない声だったが、はっきり聞こえた。彼は歩きながら振り返った。インディヘナの年配の男が立っていた。都会の人間ではない、とンゲマは断じた。発掘現場周辺でよく見かける地方の住民だ。知り合いではないが、ンゲマは地元民との繋がりを大切にする主義だった。地元民は遺跡やそれにまつわる言い伝えを教えてくれる大事な情報源だ。
 彼は足を止めた。

「スィ、私がンゲマです。」

 男が近づいて来た。服装から、カブラロカやオクタカスではなく、もっと北部のティティオワ山東部の住民だろうと思われた。だがアスクラカンではない。
 男は丁寧に右手を胸に当ててセルバ式挨拶をした。

「サマルのティコ・サバンと申します。突然の声掛けの無礼をお許し願いたい。」

 ンゲマも同じ作法で挨拶を返した。

「ハイメ・ンゲマ、グラダ大学考古学部准教授です。どのようなご用件でしょうか?」

 すると男は、言った。

「貴方の先生に私を紹介して頂きたい。」

 ンゲマは正直なところ、内心ガッカリした。彼の師匠は有名だ。有力な遺跡に関する情報はいつも師匠の下に集まって来る。

「恩師ケサダのことでしょうか?」

 すると男は表情を変えずに言った。

「その先生の先生に・・・」


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