「教えて頂きたいのです。」
とケツァル少佐がパソコンの机にもたれかかって言った。
「前回、貴方がネズミを手に入れた時、どこであの呪いの使い方を教わりましたか?」
バルデスが一瞬固まった。彼女の顔を見て、それからタブーを思い出して慌てて目を逸らした。
「貴女がネズミを回収された時に話すべきでした。」
とセルバ共和国の経済界の実力者である男が小さな声で言った。
「あの時、私はネズミの威力の恐ろしさと強さに恐怖し、あなた方の偉大な力に畏敬の念を感じる余り、救いを求めていたことを正直に語れませんでした。そして部下達の手前、弱みを見せられなかった。」
「そんなことはこの際どうでも良い。誰からアーバル・スァット様のことを教えられたのです?」
「私は、ロハスから聞きました。」
少佐が顔を顰めた。ステファンも不機嫌に鼻を鳴らした。バルデスは彼等を怒らせまいと、慌てて説明した。
「当時、私はアンゲルス社長の従業員達に対する冷たい扱いに憤っていました。見かねて諌めようとしたのですが、逆に忠誠心を疑われ、危うくクビになるところだったのです。モヤモヤした気分でバルで飲んでいた時に、隣にやって来た女が声をかけて来ました。私も余り綺麗な経歴の男ではありません。裏社会の有力者の顔や噂は知っています。彼女が盗掘や麻薬密売を生業にしているロザナ・ロハスであることは、すぐわかりました。
彼女は私に、何か不満を抱えているのですね、と話しかけて来たのです。勿論、私は彼女に胸の内を明かすつもりはありませんでした。適当に曖昧な返答をしていると、彼女がこう持ちかけて来たのです。
『先住民が大昔憎い相手を懲らしめるのに用いていた呪いの石像があります。呪いをかけるのは簡単です。懲らしめたい相手のそばにその石像を置いておくだけです。但し、貴方は決してその石像に近づいてはいけません。』
私は彼女に尋ねました。
『近づけない物をどうやって憎い相手のそばに置くのか?』と。
彼女は言いました。
『相手の住所を教えてくれたら、私が手配してその人の家に送りつけます。』と。」
ステファン大尉が少佐を見た。少佐は宙を眺めていた。
バルデスがウィスキーをちびりと口に入れて続けた。
「俄に信じられない話です。私は黙っていました。すると彼女はこんなことを言いました。
『私は偶然呪いの力が強い神様の石像を手に入れましたが、その力の大きさを持て余しています。神様を鎮めるには生贄が必要で、適当な人間を探しています。』
私は尋ねました。生贄は処女でなければいけないのではないか、と。彼女は何でも良いと答えました。
『私が手に入れた神様は老若男女誰でも構わないのです。満腹にさえなれば、静かになります。』」
少佐がバルデスをジロリと見た。
「貴方がその呪いの神像を譲り受けた見返りは何だったのです?」
「何も・・・」
とバルデスが肩をすくめた。
「信じて頂けないでしょうが、ロハスは私に何も求めませんでした。何故なら、私はそのバルで彼女に、神像は要らない、と答えたからです。」
「貴方は断ったのですか?」
「断りました。呪いの神像など、信じられなかったし、万が一本物だったら、それは恐ろしい罪です。神様が私を無事に解放すると思えません。私が憎む相手を呪い殺して、私にも祟りが降りかかるでしょう、他人を呪うとはそう言う危険な行為です。」
アントニオ・バルデスは、神の祟りを本気で信じていた。だから、丘の上の豪邸を引き払ったのだ。ステファン大尉が質問した。
「貴方が断ったのにロハスはアンゲルスに神像を送りつけたと言うことですか?」
「スィ。」
バルデスは頷いた。
「あの女は社長の屋敷に荷物が届いた日に私に電話を掛けて来ました。
『神様が貴方の社長の家に到着しましたよ。貴方はあの社長と仲違いしていたでしょう? 神様が貴方に代わってあの社長を始末してくれます。貴方は呪いが鎮まった時に、神像を元の場所に返して下されば良いのです。』」
彼は残った酒をクイっと飲み干した。
「要するに、あの女は、盗んだ神像を持て余して、私がアンゲルス社長との間に問題を起こしたことを聞きつけ、私に神像を押し付けたんですよ。自分では処分の方法がわからないから。」
彼はお代わりを注いだ。
「案の定、彼女は呪いを受けて、あなた方に逮捕された。噂で聞いています。神像をアンゲルスの屋敷に送りつけた後、あの女は仕事で失敗続きだったんです。あの方面のビジネスは、失敗すると組織全体に危険が及ぶ。だからどんな幹部でも、しくじれば組織の誰かに消される。ロハスは孤立しかけていました。実際、政府軍に包囲された時、組織の誰も彼女を助けようとしなかったでしょう? 刑務所でも彼女は厳重な警備下に置かれている。殺し屋が近づけないようにね。それでもあの女は怯えて暮らしているそうですよ。ネズミの祟りを恐れてね。」
ケツァル少佐は水をそばの植木鉢に注ぎ入れ、グラスを彼に差し出した。
「少し頂けます?」
「どうぞ。」
バルデスはウィスキーを少し入れてやった。少佐はグラシャスと言って、お酒を口に含んだ。
「すると、ロハスがネズミの祟りのことをどこで学んだか、を知らなければなりません。」
「そう言うことですな。」
バルデスはステファン大尉を見た。目で「貴方も如何です?」と問うたが、ステファンは無視した。
「ロハスは本業が麻薬で、盗掘は趣味と言った方が良いでしょう。どこで金目の物が手に入るか、巷の噂や民間伝承などを調べていたと思われます。麻薬で稼いでいるのに、何故危険を冒して割に合わない盗掘をするのか、私には理解できかねますが。」
「彼女がどこから貴方と社長が上手くいっていないと聞きつけたか、見当がつきますか?」
「それは・・・」
バルデスが苦笑した。
「鉱山で大声を上げて言い合いをしましたからな・・・周囲にいた従業員はみんな聞いていた筈です。ロハスの子分でなくても、又聞きでロハスの配下の耳に入ったことでしょう。」
そして彼は自身が気にしていた質問を思い出した。
「ところで、ネズミはまだ見つかりませんか?」
「見つかりましたよ。」
と少佐はあっさり答えた。
「今のところ、ただの石像です。」