一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。
テオは、大神官代理ロアン・マレンカが職務に戻った、とロホから教えてもらった。大神官代理はこれからも膵臓の薬を手放せないが、危機を脱して、神託を聞いたり、ママコナと情報を交換する程度の職務はこなせるまでに回復したのだ。
神官の何人かが神殿から姿を消し、残った神官達が神殿近衛兵に新しい神官候補の少年達を探して集めるよう命じた。誰がどの部族から選ばれるのか、それは神殿の外の人間には誰も分からない。
処罰された神官達の身内に累が及んだのかどうか、それもテオには分からない。ケツァル少佐にも分からないのだから、知りようがなかった。ムリリョ博士はこの件に関しては、一言も教えてくれなかった。博士が口を閉ざしているから、ケサダ教授も何も知らないのだ。
テオは少佐に教授が「イェンテ・グラダ村の住人は既に純血種になっていた」説を唱えたことを告げた。少佐は異論を唱えなかった。ただ、こう言った。
「いつ頃にそれが達成されていたのか不明です。だから、村から抜け出した住民がいたでしょうし、その子孫でグラダの血を引く人々がどこかに隠れていても不思議ではありませんね。」
「それじゃ、アンドレのグラダの血も、案外近い過去に彼の家系に入っていた可能性があるな。」
「スィ、彼が突然変異みたいに強いグラダの能力を持って生まれたことが不思議でしたが、イェンテ・グラダからの脱走者の子孫だと考えれば、納得出来ますね。」
しかし、テオも少佐もその推測をギャラガ本人に告げるつもりはなかった。推測なのだから、本人に言ってどうなることでもない。今は彼の能力が暴走しないように、修行を続けさせることが大事だ。
「ところで・・・」
テオはダメもとで少佐にお願いをしてみた。
「エステベス大佐ってどんな人だい? よく名前を耳にするけど、どんな人物なのかは誰も語ってくれない。俺は興味を持っているが、会うことは出来るんだろうか?」
少佐は気の無いふりをして答えた。
「大佐はいつもご多忙です。でも、そのうちに何かの機会に会えるかも知れませんね。」
テオはピラミッド神殿の中で話をしたママコナと”アダ”を思い出し、あの仮面の長老ともう一度会ってみたいなぁと思ったのだった。