2024/07/18

第11部  石の目的      8

  人の血を吸う謎の石「サンキフエラの心臓」を回収した神官からは、それっきり何も言ってこなかった。もとより神殿に何も期待していないケツァル少佐と部下達は日常に戻った。一度カサンドラ・シメネスから「石はどうなりましたか?」と問い合わせがあったが、電話に応対したロホが「神殿が引き取りました」と言うと、それっきりだった。
 石に血を吸われて命を落としかけたディエゴ・トーレス技師は癌の検査を受け、投薬だけで社会復帰出来たようだ。
 全て丸く収まった、とテオも思った。そして石の存在を忘れかけていった。大学でムリリョ博士とばったり出会う迄は。

「石はどうなった?」

 顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに博士が質問して来た。学舎内の通路だったので、テオはちょっと困った。授業があったし、その後で学部内職員会議があった。彼はサッと周囲を見回してから、早口で伝えた。

「石は”サンキフエラの心臓”と呼ばれるカイナ族が儀式のために作ったもので、現在神殿が保管しています。カイナ族の友人によると、毒を吸い出す目的の石らしいです。」

 話しながら、テオは「あれ?」と思った。ムリリョ博士は最長老と呼ばれる”ヴェルデ・シエロ”の世界では重鎮だ。彼が属する長老会が地下神殿で会合を開いて国政の方針を決めたりするのではないのか? 彼等は何か変わった出来事があればすぐに情報を得られる立場にいて、国内のことは殆ど全て承知しているのではないのか? 神殿が石を手に入れたことを知っている筈ではないのか?
 ムリリョ博士が白い眉を寄せた。

「神殿が保管しているだと? どの神官が受け取ったのだ?」
「それは・・・」

 テオは博士の怒りを微かに感じ取った。 最長老が情報を得ていない?

「神官の名前を俺が知っている訳がないでしょう? ケツァル少佐に訊いてください。」

 博士はぶっきらぼうに「そうしよう」と呟き、さよならも言わずに去って行った。


2024/07/12

第11部  石の目的      7

  テオがブリサ・フレータ少尉にちょっと尋ねたいことがあると言うと、マハ・アカチャ・ガルソンがキロス中佐を自分の車で送って行くので、テオにフレータを本部まで送って欲しいと言った。テオが承諾すると、フレータは中佐とマハにハグで挨拶を交わし、再会を約束して別れた。

「中佐ともっと話したいことがあったんじゃないですか?」

とテオが車に乗り込んでから、フレータに言うと、彼女は首を振った。

「大丈夫、”心話”で話せましたし、本当にお互いが元気なことを確かめ合う会合でしたから、気になさらずに。」

 そして彼女の方から質問した。

「私にお聞きになりたいこととは、何ですか?」

 テオは車を通りの交通の流れに乗せてから言った。

「大したことじゃないんですが、最近珍しい石が文化保護担当部で採取されて、今大統領警護隊の本部に収められているんです。」
「珍しい石?」
「スィ、”サンキフエラの心臓” と呼ばれているそうです。」

 フレータは目をパチクリさせた。

「それって・・・」

とちょっと驚いた風に言った。

「伝説の石ですよ。」
「伝説ですか?」
「カイナ族の伝説で、人の血を吸わせて病を治す石です。」
「確かに、カイナ族が昔作ったと聞きました。」
「本当にあったのですか?」
「あったんです。 ”ティエラ”の男性が砂漠で拾って、手に握っていると心地良いと感じ、手放せなくなって血を沢山吸い取られ、危うく命を落とすところでした。幸い一命を取り止めましたが。 石は文化保護担当部が回収し、本部に届けました。」
「あれは使い方を知らなければ、命を失うのです。」

とフレータは言った。

「勿論、伝説として私は聞いているので、本当のことだと思っていませんでしたが・・・」
「本来はどんな目的だったのですか? 一個の石で人々の病を治して神の力を示していたのだとしたら、ひどく効率が悪いような気がしますが・・・」
「伝説ですから、はっきりしたことは知りませんが・・・」

 フレータ少尉はちょっと考えてから言った。

「元は病ではなく、毒を吸い出す物だった筈です。」
「毒を吸い出す?」
「スィ。カイナ族の神官や族長が敵に毒を盛られた場合に、石に血と毒を吸わせて助けるためのもので、庶民を守るものではありませんでした。ですから、庶民は石の噂を聞いて、病を治す物だと思い込んだのでしょう。実際に治療に使われたのではないのです。カイナ族の権力闘争の中で、石は行方不明になり、作る技術も失われたのです。古代に失われた技術は、伝説の中で語られますが、もう現実に使われることはありません。呪文や気の出し方が全く不明ですからね。」

 旧家の娘らしく、フレータは古代の言い伝えを教えられて育っていたのだ。

「では、本部は何のためにあの石を保管するのでしょう?」
「お偉方の考えは分かりませんが・・・」

 フレータ少尉は額に小さく皺を刻んだ。

「予防策ではないですか?」
「予防策?」
「近日に大統領主催のガーデンパーティーがあるでしょう? もし何か起きた時のための救急処置用に準備しているのだと思います。」


2024/07/11

第11部  石の目的      6

  結局ブリサ・フレータ少尉がカロリス・キロス中佐とガルソン中尉の妻マハと出会ったのは翌週の金曜日の午後だった。研修日程を全部終えて、参加隊員達に3時間の自由時間が与えられたのだ。すっかりグラダ・シティの生活に馴染んだマハが夫名義で買った中古車で中佐を乗せて本部の通用門へフレータを迎えに行った。そして3人はその足で中佐の昔馴染みの経営するカフェで午後をお喋りで過ごした。中佐は改めて己の不祥事で部下達を巻き込んでしまったことを詫び、フレータとマハは彼女を励ました。

「私はあのままだったら一生体験出来なかったであろう都会暮らしを楽しんでいます。子供達も上の学校に進めて、感謝しています。」

とマハは言い、さらに付け加えた。

「夫も、こんなことを申してはなんですが、太平洋警備室にいた頃より生き生きしています。」

 フレータも頷いた。

「国境の警備は忙しいですが、とても楽しいですよ。毎日色々な変わった物を見られるし、友達も大勢出来ました。中佐が私達に謝ることは何もありません。」

 マハが北部国境へ転属になったパエス少尉の家族にも触れた。

「パエスの家の人々も幸せそうです。たまに電話でテジャ(パエスの妻)と話しますが、今まで知らなかったことを色々体験出来て子供達がのびのびしているそうです。パエス少尉も転属当初は沈んでいたそうですが、今はすっかり別人で率先して陸軍警備班の指揮を執ることもあるそうです。」

 キロス中佐は静かに微笑んだ。彼女は己の短絡的な行動が招いた混乱を理解しており、それが部下達の人生を変えてしまったことも承知していた。罪を犯してしまった2人の男達にも申し訳ないと思っていたが、それはこの場では言わなかった。

「貴女達が今幸せなのを知って、私も嬉しいです。これからも友達でいてくださいね。」
「勿論です!」
「グラシャス、中佐!」

 やがてあっという間に時間が過ぎて、3人は店を出た。車のそばに、テオが立っていた。彼を最初に認めたフレータが、2人の女性に彼を紹介した。

「私達を助けてくれたドクトル・アルストです。」

 テオとキロス中佐、マハ・アカチャス(アカチャ族はアカチャス姓しかなかった)・ガルソンは殆ど初対面だったので、挨拶した。キロス中佐は彼の人生も変えてしまったことを謝罪しようとしたが、テオはそれを遮った。

「俺は今本当に幸せなんです、中佐。あの事故で俺の人生は180度変わってしまい、本当の人間らしい生活を手に入れました。グラシャス!」

 ”ヴェルデ・シエロ”らしくなく、中佐は彼と固く握手を交わした。
 マハとは初対面だったが、彼女は夫からテオのことを何度も聞いていて、

「我が家のヒーローですよ。」

と言って彼を照れさせたのだった。


2024/07/06

第11部  石の目的      5

  テオはガルソン中尉にメールを送ってみた。フレータ少尉は男女の間であるし、不祥事で左遷された者同士と言うこともあって直接連絡を取ることを躊躇っていたのだ。

ーー来週ブリサ・フレータ少尉が本部研修でグラダ・シティに来ます。彼女は貴方とキロス中佐と会ってみたいと希望していますが、ご都合はいかがですか?

 返事は、正にテオが夕食の席でケツァル少佐にそのことを話している最中に送信されて来た。

ーー来週は月曜日の夜しか空きがありません。私は本部で彼女と会えると思います。中佐との面会は、私の妻に頼みます。妻はフレータと親しくしていたので、喜ぶと思います。

 ガルソン中尉の妻は”ティエラ”で普通の人間だ。夫や自分が産んだ子供達が”ヴェルデ・シエロ”だなんて知らない筈だった。しかし、フレータ少尉はそんな彼女やサン・セレスト村の住民達と10年以上付き合って来たのだ。キロス中佐はもっと長くあの村にいたし、今は普通の人間の子供達の教育も行っている。心配することは何もない。
 テオはガルソン中尉に理解したと返信した。ケツァル少佐が言った。

「いっそのこと、貴方も面会を遠慮してはいかがです?」
「俺は駄目なのか?」
「女性の集まりの方が、フレータも中佐も気が楽でしょう?」

 それもそうかも知れない。テオは今度こそキロス中佐と話が出来ると期待していたが、我慢することにした。ガルソン中尉が休みをもらったら、その時に中佐に紹介してもらえれば良いのだ。
 午後9時すぎにフレータ少尉に電話すると、彼女はあっさり納得した。

ーー現役は時間調整が難しいですからね。私も研修中に長時間外出出来ませんから、ガルソン中尉と時間を合わせるのは難しいだろうと予想はしていました。キロス中佐とは連絡が取れているので、マハ・・・あ、中尉の奥さんです、マハを誘って頂けるようお願いしておきます。恐らく、中尉よりマハとの方が話すことが多いと思います。

 ケツァル少佐の読み通り、彼女は楽しげに喋って、通話を終えた。
 テオが電話をポケットにしまうと、一緒にテレビを見ていた少佐が、何かを思い出したように言った。

「フレータはカイナ族でしたね?」
「スィ。 純血種だ。」
「カイナ族は混血が進んでいる部族です。純血でいると言うことは、彼女は部族の中でもかなり由緒ある家系の人ですよ。」

 テオと少佐は顔を見合わせた。

「旧家ってことは・・・」
「サンキフエラの心臓に関する言い伝えを彼女は知っているかも知れませんね。」



2024/07/05

第11部  石の目的      4

  テオは南部国境警備隊に派遣されているブリサ・フレータ少尉から電話をもらった。フレータ少尉はオルガ・グランデ出身のカイナ族で、太平洋警備室で10年以上勤務していたが、不祥事で国境へ転属になったのだ。尤も本人は閉塞的だった海辺の村から人間の往来が盛んな国境で働くことに喜びを感じているのだ。

ーー本部研修で次の週明けからグラダ・シティに1週間滞在します。

と挨拶の後で彼女は弾んだ声で報告した。テオも喜んで、どこかで出会おうか、と提案した。すると彼女は言った。

ーーガルソン大尉・・・じゃなくて、ガルソン中尉とキロス中佐にお会いしたいので、一緒にいかがですか?

 テオは嬉しくなった。彼はまだキロス中佐とはまともに会ったことがない。太平洋警備室の元指揮官で、不祥事の大元を作ってしまった責任を取って退役した人だ。現在は子供を対象とした体操教室を運営しており、異人種の血が混じるミックスの”ヴェルデ・シエロ”の子供達の教育も行っている。

「俺も一緒に行って良いのか?」
ーースィ! と言うか、まだガルソン中尉と連絡を取っていないので、ドクトルにお願いしたいのですが・・・?

 テオは考えた。ガルソン中尉は警備班車両部で、大統領のガーデンパーティーの準備に関係しているのではないだろうか。少なくとも来賓の車両の警備はするのではないか?

「連絡は取れるけど、彼が時間を作れるかどうか保障出来ない。だけど、可能性はあるな。」
ーーお願いします。

 フレータ少尉はケツァル少佐に頼ることを考えていない様子だ。ケツァル少佐は彼女の直属の上官ではないし、任務内容で重なることは一つもない。
 実のところテオは自分が直接ガルソン中尉と連絡が取れない場合はケツァル少佐に頼もうと思っていた。

「今夜俺の方から君に電話しても良いかな? 何時頃が都合が良い?」
ーー2100を過ぎれば、いつでも。

 と答えてから、フレータ少尉はちょっと躊躇ってから付け加えた。

ーーステファン大尉によろしくお伝えください。


2024/07/04

第11部  石の目的      3

  マハルダ・デネロス少尉が監視業務から解放される、と言うことはセルバに雨季がやって来ると言うことだ。雨季と言っても、一日中雨が降っている訳ではない。1日のうちの雨が降る時間が多くなる、と言うことだ。つまり、セルバでは乾季でも低地地方は必ず雨が降るのだ。ただ雨季の降雨量は乾季のそれよりずっと多いから、油断は出来ない。

「どうして大統領は雨季にガーデンパーティーなんか開くんだ?」

と遺跡・文化財保護課の職員が新聞を開いてぼやいていた。大きな行事が催されれば交通規制が行われて市民は迷惑するのだ。雨の日に迂回させられるなんて御免だ、とその職員はブツブツ言っていた。通勤コースが大統領官邸へ行く道路と重なっているのだろう。
 デネロス少尉はカレンダーを眺めて、アリアナの赤ちゃんの子守りをする日とデートの日が重ならないようにセッティングすることに熱中していた。ギャラガ少尉が頼んでおいた書類のチェックがまだだったので、ギャラガは咳払いして彼女の注意を現実に向けようとした。

「先輩、キロス中尉はそんなに暇なんですか?」

 デネロスは顔を上げて後輩を見た。

「暇じゃないわ、遊撃班はガーデンパーティーの警備で忙しいのよ。彼の空き時間と子守の時間と実家の畑の手伝いのバランスを考えているのよ!」
「その前に俺が渡した書類に目を通してもらえません?」

 部下達の小さな喧嘩を聞かないふりをして、ケツァル少佐はアスルの机に承認済みの書類を置いた。発掘許可が出た団体の監視と護衛をする陸軍の人数をアスルが手配しなければならない。アスルは書類の枚数を確認した。

「今期の申請は少ないですね。」
「却下が多かったのです。」

 少佐は面倒臭そうに言った。

「同じ遺跡に人気が集中していました。一番信用がおける団体を選んだだけです。」
「人気のある遺跡ですか?」

 アスルはもう一度書類をめくった。

「ああ・・・オクタカスとカブラ・ロカですか・・・サラの審判の遺跡が人気なのですね。」
「外国の団体はその2箇所に的を絞っていますね。共同発掘の提案もあるので、貴方の方で警備規模の手配をして、可能であれば発掘隊の人数追加を許可します。」

 アスルは小さく溜め息をついた。オクタカスとカブラ・ロカはジャングルの奥地で、そこに派遣されると2、3ヶ月は戻れない。しかし呪いのかかった石像とか厄介な墓とかはないので、監視は楽だ。

「監視業務に慣れている陸軍部隊に任せて、俺達は週一で見回ると言うのは、駄目ですか? サボる提案ではなく、他にも巡回したいので・・・」

 アスルはデネロスと違って複数の遺跡を担当している。少佐は頷き、「任せる」と言った。


2024/07/03

第11部  石の目的      2

 賑やかに朝食を食べた後、アリアナは赤ちゃん達と準備された部屋へ去った。遠縁の女性も一緒だった。テオが、彼女は乳母になるのかと訊くと、パパ・ロペスが首を振った。

「彼女はあくまで補助だ。子供達に躾を施すだけだ。子守は別に雇う。」

 雇われる子守は恐らく普通のセルバ市民だ。メスティーソとして生まれた孫達に、パパ・ロペスは”ヴェルデ・シエロ”であることを押し付けるつもりはないのだ。孫達がどう生きていくのか、それは孫達に任せるつもりだった。もしこれが、ムリリョ家だったら、そうはいかないだろう、とテオは思った。ファルゴ・デ・ムリリョ博士は寛容な面を見せるが、それでも純血至上主義者なのだ。子供が白人と婚姻するなどもってのほかだし、メスティーソの孫を持つのを恥と思うに違いない。ただ、サスコシ族の純血至上主義者と違って、異人種の血が混ざる家族を排斥することはしない。例え「恥」と思っても、己の血を受け継ぐ子孫は絶対に守る、それがあの人だ。
 アリアナは幸せだ。ロペス家はシーロの代迄純血を保ってきたが、父親は一人息子が幸せになるのであれば、どんな種族と結婚しようが気にしないのだ。多分、アリアナがアフリカ系であってもアジア系であっても、シーロが妻に迎えると言えば容認したに違いない。実際、アリアナは親族の集まりがあればいつも参加させてもらえる、とテオに嬉しそうに語ったことがあった。女性の同席が許される儀式や宴席には、必ず夫婦で招待され、パパ・ロペスは誇らしげに「息子と娘」と紹介してくれるのだ、と。そして親族の誰かが異人種差別と受け取れる言動をすれば、必ずシーロより先にパパ・ロペスが怒ってくれるのだ、と。
 朝食がひと段落ついたところで、シーロ・ロペス少佐がケツァル少佐に尋ねた。

「来月大統領が在セルバの外交官達を集めてガーデンパーティを行うが、貴女の部署は警護の当番に入っていますか?」
「ノ。」

 ケツァル少佐は即答した。

「今回は入っていません。珍しく太平洋警備室から2名呼ばれていると聞きましたよ。」
「太平洋警備室から?!」

 シーロ・ロペスが珍しく驚いた表情を見せた。

「あんな遠くから、わざわざ?」
「スィ。恐らく、研修も兼ねるのだと思います。派遣された隊員達も向こうに行ったきりでは、ホームシックになるでしょうから。」

 そう言えば、現在の太平洋警備室は首都から派遣された隊員で構成されているのだ。テオは警備班車両部のガルソン中尉は彼等に元いた場所の様子を聞きたいのではないかな、と思ったが、黙っていた。軍隊は郷愁に浸る場所ではないのだ。

 

第11部  石の目的      8

   人の血を吸う謎の石「サンキフエラの心臓」を回収した神官からは、それっきり何も言ってこなかった。もとより神殿に何も期待していないケツァル少佐と部下達は日常に戻った。一度カサンドラ・シメネスから「石はどうなりましたか?」と問い合わせがあったが、電話に応対したロホが「神殿が引き取...