2021/11/09

第3部 終楽章  10

「つまり、そのピアニストは・・・」

 エル・ティティ警察の署長アントニオ・ゴンザレスは、スパイシーに煮込んだ豆を蒸した米の上に載せて混ぜ合わせながら言った。

「普通の人間になる為に、神様の修行をしに行ったんだな?」
「神様の修行ではなくて、力を使わないようにする訓練だよ。」
「同じことだ。」

 テオも同じ料理を食べながら、2週間分の出来事を養父に説明していた。ゴンザレスはジャガー騒動には興味を示さなかったが、ミーヤ遺跡での偽チュパカブラ騒動は面白がって聞いていた。そしてジャガー騒動とチュパカブラ騒動が麻薬と言う単語で繋がっていたことを知ると、不愉快そうな顔をした。警察官なら当然の反応だった。 

「この国では麻薬関係の犯罪を犯すと、最短でも10年以上の懲役刑だ。国内で麻薬を売れば最悪死刑判決が出ることもある。お前達が関わったビアンカ・オルトと言う女性が本当に麻薬売買に関係していたのなら、ステファン大尉に殺されても彼女は文句を言えない。お前の話を聞く限りでは、彼女は実際に関わっていた様子だがな。問題は、ピアニストだ。そいつは本当に麻薬密売に関係していないのか? その嘘つきの女の弟だろう?」
「彼の護衛に当たった大統領警護隊の隊員達が交代で彼の家の中を捜索したけど、何も出てこなかったそうだ。」
「ピアニストは”シエロ”だろう?」
「警護隊も”シエロ”だよ。それに彼等は一族の人間が”ティエラ”のふりをしてもすぐに見破ってしまえる。」

 ゴンザレスはそれ以上”ヴェルデ・シエロ”の話題を続けることを避けた。セルバ人としての暗黙のルールだ。古代の神様の子孫達を噂のネタにしてはいけない。

「ピアニストは今、アスクラカンにいるんだな? 父親の純血至上主義者の親族に出会ったりしないのか?」
「彼の世話をしている人々がそんなことにならないよう、見張っているさ。」

 テオはふとあることに興味が湧いた。

「親父、アスクラカンのミゲール家って知ってるかい?」

 ゴンザレスがちょっと笑った。

「サンシエラ農園の所有者のミゲールのことか? 知らなかったからこの州ではモグリだな。」
「サンシエラ農園って、シエラ・コーヒーの? あれは東海岸の農園じゃなかった?」
「アスクラカンがあの農園の発祥の地だ。昔植民地時代にサンシエラと言うスペイン人がプランテーションを築いた。サンシエラは本国に奥方がいたが、セルバでも女をこしらえた。その女が”シエロ”の血を引く先住民だったそうだ。子供が何人か生まれて、スペイン人の主人は裕福な暮らしをしていたが、セルバが独立運動を始めると早々に本国へ逃げて行った。その時、彼は現地妻と子供達にミゲールと言うスペイン臭い名前と農園を与えたんだ。それであの家族は農園に始業者の名前サンシエラを付けて、残された農園を上手く経営し、莫大な財産を築いたって話だ。恐らく”シエロ”の血を引いているから、神様の加護があったんだろうって噂だよ。今、駐米大使をしているミゲールはサンシエラの曾孫だな。他にも手広く事業を展開している孫や曾孫達がいる。アスクラカンのガソリンスタンドの9割はサンシエラの系列だよ。スーペルメルカド(スーパーマーケット)だって、社長はサンシエラの孫だ。」

 そう言ってから、ふとゴンザレスはあることに気づいた。

「お前が付き合っている警護隊の少佐はミゲールだったな?」
「付き合ってると言えるかどうか・・・」

 テオは苦笑した。

「大事な親友だ。うん、彼女は駐米大使ミゲールの養女だ。」

 ゴンザレスが難しい顔をした。

「そんな金持ちの家の娘と付き合っているのか?」
「だから、付き合っているって程じゃ・・・」

 付き合っているのだろうか? テオは考えてしまった。ケツァル少佐は最近彼を名前で呼んでくれる。キスもしてくれるし、デートの誘いも彼からするより彼女からかけてくる方が多くなった。これは、交際していると言って良いのだろうか? 手を繋いで歩いたこともあるし・・・。

「あんな富豪の娘が、この家に嫁に来るとは思えんな。」

とゴンザレスが言った。だからテオは言った。

「それより以前に、彼女が誰かの妻になるって考えられないよ。彼女は家庭に入るタイプじゃないからね。」

 早く嫁に行け、とミゲール大使に言われた時の、ケツァル少佐の反発顔を思い出しながらテオは呟いた。


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