「貴方をこの国に住まわせて良いものかどうか、判断するのは私達ではありません。」
と少佐が申し訳なさそうに言った。
「部族の長老達が決めることです。」
「年寄りが決めるのか・・・」
何となく理解した。研究所でも研究の方針を決めていたのは、ワイズマン所長やライアン博士、ホープ将軍などの上層部、ずっと年長の人々だった。シオドアやエルネスト、アリアナ達は彼等が許可しなければ好きなことが出来なかった。興味を抱くものを見つけたら、それが他の研究にどんなメリットがあるのか、実験や方程式で証明して見せなければならなかった。
ステファン中尉が躊躇しながら口を挟んだ。
「貴方は目立っていましたから、許可をもらえるのは難しいかと・・・」
「俺が目立った?」
「スィ。”曙のピラミッド”に近づきました。」
何だか遠い昔の話の様に思えた。まだ一月も経っていないじゃないか。
「ピラミッドに近づくことがタブーだと言うことは聞いた。だけど、そんなに大事かい?」
「タブーを犯したこと自体は、もう時効です。貴方はタブーをご存知なかっただけですから。しかし、ある御方が貴方に興味を抱いてしまわれたのです。」
「ある御方?」
少佐と中尉が目を合わせた。今度は、誰が言うか押し付け合っている様に思えた。やがて少佐が溜息をついて打ち明けた。
「ピラミッドに住まうママコナです。」
伝説の巫女だ。シオドアは巫女が実在するのかと驚いた。
「ママコナが何故俺に興味を抱くんだ?」
「貴方が彼女の結界を破ってピラミッドに近づけたからです。貴方は何者かと彼女が私達に問いかけて来ました。」
ステファン中尉が苦笑した。
「私は白人の血が入っているので、ママコナの声は聞こえても言葉を聞き取れません。頭の奥で何か蜂がブンブン唸っている感じで、煩いだけなのですが、少佐やロホやアスルの様な純血種の人々は言葉が理解出来るだけに却ってウザイらしいです。」
「それはテレパシー?」
「多分、そうでしょう。ママコナだけが使えるのです。」
一瞬少佐と中尉が目で会話した。何か相談したのか、とシオドアは思った。まだ彼等は隠していることがいっぱいあるのだ。何処までシオドアに打ち明けるべきか話し合っているのだろう。少佐が2本目のビールを半分まで空けて、ママコナに言及した。
「現在のママコナはまだ子供です。だから好奇心が強く、何でも知りたがります。彼女の教育は長老達の役目ですが、街中で起きること、貴方がピラミッドの結界を破ったような不測の事態に彼女が興味を持っても長老達は応えられません。彼女は在野の一族に質問の答えを得られる迄何度も問いかけて来ます。」
「それは迷惑な巫女様だな。」
「今回は、私が貴方は偶然入り込んだ観光客に過ぎないと誤魔化しました。ママコナはそれで満足して問いかけを止めましたが、長老の中に貴方を警戒する動きが見られました。」
シオドアはハッとした。それで少佐は俺をオクタカス遺跡へ行かせたのか。俺が4日間グラダ・シティを離れていれば、ママコナは俺を完全に忘れ去り、長老も忘れるだろうと踏んだのか。ステファン中尉は本当に俺を護衛していたのだ。
「もう俺は巫女様から忘れられたのだろう?」
「それが、もっと厄介なことが起きてしまいました。」
少佐がステファン中尉を見た。中尉がシオドアに説明した。
「オクタカス遺跡で、消えた村の話が出ましたね。覚えておられますね?」
「スィ。ボラーチョ村だったね。」
「グラダ大学のイタリア人が興味を抱きました。」
「リオッタ教授だ。うん、何だか知らないけど、ご執心だった。」
「あの人は村の情報を集めようと熱心過ぎました。」
シオドアはリオッタ教授を国立民族博物館の前で見かけたことを思い出した。あの時は考古学の先生だから博物館を訪問するのは当たり前だと思った。
「消えた村は実在しました。」
と中尉が言った。
「我々が生まれる前の出来事なので、私は詳細を知りません。私が生まれた街に、その村から出稼ぎに来ていた人々がいました。彼等は故郷が消えてしまったことを知っていました。悲しんでいましたが、村の話を家族以外に話すことはタブーになっていました。」
「待てよ・・・」
シオドアは中尉を見つめた。
「それを知っているってことは、君の家族も消えた村の出稼ぎ組だった訳だ?」
「スィ。母方の祖父でした。」
「まさか・・・その消えた村は”ヴェルデ・シエロ”の村?」
「スィ。村に何が起きたのか、祖父は知りませんでした。年末の休暇に同郷の人数人で帰省したら、村がなかったと言っていました。」
「集団移住したのかな?」
シオドアは少佐を振り返った。少佐は肩をすくめた。彼女にも知らないことはあるのだ、と言いた気だった。兎に角、と中尉が話を元に戻した。
「リオッタ教授は消えた村を調査しようと躍起になりました。遺跡の言い伝えなどを知りたいと、村の住人の行方を探していたのです。当然、彼の活動の様子は我々の長老達の耳に入りました。」
突然、シオドアは嫌な予感がした。”ヴェルデ・シエロ”の村を表立って調査なんかされたら、それまで静かに能力を封印して生きてきた多くの”ヴェルデ・シエロ”が迷惑する。危険に曝される。
「まさか、リオッタ教授は・・・」
少佐が目を伏せた。
「残念ながら、貴方が私の家に来られた夜に、お亡くなりになりました。」
「・・・」
「彼は文化保護担当部に、村の消失事件を問い合わせて来ました。それで私は初めて、彼が遺跡から戻ってから何をしていたのか知りました。その直後に、長老の1人から連絡が入りました。蠅を1匹叩く、と。」
「蠅だと?!」
シオドアは思わず立ち上がった。
「リオッタ教授を蠅だと言ったのか?」
「ドクトル、落ち着いて下さい。」
ステファン中尉が声をかけた。
「純血至上主義者は冷酷な言葉で人々を呼びます。私の様なメスティーソを”出来損ない”と呼ぶのです。彼等にとって人間は純血の”ヴェルデ・シエロ”だけなのです。」
「古代の神様の中にもファシストがいるんだな。」
シオドアは精一杯皮肉を言った。
少佐が顔を上げた。
「私は数日の猶予を願いました。仕事柄、教授が悪い人ではないと知っていましたから、助けたかったのです。しかし、長老は、私が目を瞑らなければ、私の”出来損ない”の部下を殺すと脅して来ました。」
え?とシオドアはステファン中尉を見た。中尉が言った。
「私は自分で身を守れます。しかし、デネロス少尉はまだ現場に出たことがなく、実戦経験がありません。少佐は彼女を守る為に、リオッタ教授に警告のメールを送られました。即刻国外退去せよと。」
「リオッタは従わなかった・・・」
「理由がわからないのですから、無理もありません。ただの嫌がらせと受け取ったのでしょう。」
「俺が少佐のアパートでご馳走を食って、アスルに眠らされている間に教授は・・・」
「アパートの階段から落ちたそうです。」
落とされたのだ。シオドアは目を閉じた。