テオが現場へやって来た。石を踏んづけないように用心して歩いて来たので時間がかかった。石は危険だ。足を置いた弾みに石自体が滑って怪我をする羽目になる。石の下に蠍や毒蛇が潜んでいる場合もある。彼はあまり夜間に野外へ出る人間ではなかったが、エル・ティティの町は屋内でも毒がある生物が侵入することがあるので、用心深くなっていた。出来れば”ヴェルデ・シエロ”を一人巡査として雇って欲しいほどだ。ゴンザレス家に下宿させてやるから来てくれないかな、と思いつつ、彼はデネロスとギャラガの2人の少尉が待つ大岩の前へ辿り着いた。
「さっき空気がビーンと震動したが、カルロが気を発したのか?」
「スィ。でも消えてしまいました。」
「誰が?」
「カルロが・・・」
テオは暗がりの中で光っている4つの金色の目を眺めた。”ヴェルデ・シエロ”の目だ。彼等は夜になると金色に目を光らせる。一人だけ例外を知っているが、そいつがここにいない。
ギャラガがテオのために地面をライトで照らして見せた。
「大尉の足跡です。ここで引き摺られた様になって、ここで乱れています。抵抗した跡だと思います。」
テオが犯罪捜査の刑事みたいに地面にかがみ込んで砂の上の痕跡を観察した。ステファン大尉の靴跡はあったが、他の人間の足跡はなかった。デネロスが岩を指差した。
「ここに”入り口”があるんです。カルロはここへ入ってしまったんだと思います。」
「足跡の状態から判断すると、自分から入ったんじゃなくて、引き込まれた感じだな。しかし誰かがいて、彼を捕まえた様な形跡がない。」
テオは引きずった様な跡の最初の位置と、デネロスが示した空間の”入り口”の距離を見比べて推測った。大人の腕1本の長さしかない。彼はデネロスに尋ねた。
「”入り口”って吸引力があったっけ?」
彼女は首を傾げた。
「多分、閉じかけている”穴”だったら・・・」
ギャラガはその言葉を聞いて、空間をじっくり見つめた。心なしか”入り口”がさっきより小さくなっている様な気がした。
「この”入り口”、縮んでいるんじゃないか?」
テオが立ち上がった。なんとなくカルロ・ステファンの身に何が起きたか想像出来た。
「あいつ、ドジを踏みやがったな。」
と彼は呟いた。
「カルロはその”穴”を見つけて、指か手を入れてみたんだ、きっと。”穴”は閉じかけているから、彼を吸い込もうとした。きっと勢いが強くて、彼は抵抗出来なかったんだ。咄嗟に彼はポケットの中の物を掴み出してばら撒いた。この場所に注意しろと俺達に伝えたかったんだ。恐らく一瞬の出来事だったんだろう。」
「彼、何処へ行っちゃったんでしょう?」
デネロスの声が微かに震えた。泣き出しそうになっている。テオは暗闇の中の、彼には見えない”穴”を見つめた。これが閉じてしまったら、ステファンの行方が掴めなくなる。
彼はデネロスに言った。
「俺はこれからカルロを追いかける。」
え? と2人の大統領警護隊の隊員が驚いて声を上げた。危ないから駄目だ、と言われる前にテオはデネロスに言い聞かせた。
「”通路”は必ず”出口”があるだろう? それもセルバ共和国の何処かにあるに違いない。これが塞がったら、カルロを探すのが難しくなる。だから俺はこれからこの中に入る。君は夜明け迄待って、2人の二等兵を連れて基地へ撤収しろ。そして少佐に連絡を取るんだ。俺はカルロを見つけたら、ここに戻らずに少佐に連絡する。多分、その方が早いからね。」
デネロスは彼の顔を見つめた。泣きたいのを我慢して、彼女は言った。
「”ティエラ”一人で”入り口”に入るのは無理です。」
それまで黙って2人のやりとりを聞いていたギャラガは、”入り口”を見た。使ったことはないが、”ヴェルデ・シエロ”なら通れる筈だ。彼は思い切って言った。
「私が先導する。」
デネロスが彼を見た。駄目だと言われるかと思ったら、彼女は言った。
「お願いするわ。テオを守って。必ず3人で戻って来て。」