その日が金曜日だと思い出したのは、車がそろそろグラダ・シティへ入ろうとする頃だった。既に夕食時間になっていた。そしてエル・ティティへ行くバスの時間も迫っていた。これは乗れそうにないと判断したテオは、ケツァル少佐がギャラガ少尉に休憩の為にドライブインに入るよう指示した時に、決意した。車がドライブインの駐車場で止まると、彼は降りる前にゴンザレスに電話をかけた。
週明けの試験のための問題がまだ出来上がっていないこと、臨時の急用で国の南部へ出かけていたこと、バスに乗り遅れたことを正直に話し、今週末は帰れないと告げた。ゴンザレスはちょっとがっかりした様だが、了承してくれた。そしてテオが「ちょっと珍しい体験をした」と言うと、次回の帰省の時に聞かせてくれることを楽しみにしている、と言った。
電話を終えると、車外で待っていた少佐が署長には悪いことをしたと言った。テオに謝ったのではなく、ゴンザレスに謝罪を述べたのだ。
ドライブインで簡単な夕食を済ませ、最後はテオが運転した。門限までまだ時間はあったが、一番最初にギャラガを大統領警護隊本部前で下ろした。
「明日は軍事訓練ですから、いつもの時間にいつもの場所に集合です。」
少佐は出張で疲れている部下に情け容赦なく翌日の予定を告げた。テオが彼女に確認した。
「土曜日の軍事訓練は任意の参加だったよな?」
「そうですが、それが何か?」
彼はギャラガに声をかけた。
「疲れが残っていたら休んでも良い筈だ。」
ギャラガが少佐を見た。少佐は肩をすくめてテオに言った。
「参加するか休むかはアンドレの自由です。」
「明日の訓練は何処でするんだ?」
「明日決めます。」
彼女はギャラガを振り返った。
「昨日と今日の報告書は週明けに提出しなさい。期日は月曜日の1600です。」
「承知しました。お休みなさい。」
ギャラガは敬礼して本部の通用門へ走り去った。
テオはゆっくりと車を出した。
「君をアパートに届けて俺は歩いて帰る。歩きながら試験問題を考えるよ。」
「駄目です。」
と少佐がキッパリと言った。
「考え事をしながら夜道を歩くものではありません。貴方の家の前まで運転して下さい。そこから私は自分で運転して帰ります。」
「じゃぁ、そうする。」
大統領警護隊本部からテオが住むマカレオ通りを通って少佐が住む西サン・ペドロ通りへ行くにはちょっと遠回りになる。しかし少佐は常にテオや部下の安全を第一に考えるのだ。彼はその心遣いを嬉しく思った。
走り慣れた道を通り住宅地に入った。週末なので庭で宴会をしている家があったりして、夜遅くなっても賑やかだ。これなら不良ジャガーも出て来ないな、とテオは思った。
自宅前に来ると、文化・教育省の職員駐車場に駐めておいた筈のテオの車が玄関前の駐車スペースに駐まっていた。テオは念のためにポケットを探った。
「家の鍵も車の鍵も俺のポケットにあるんだが・・・」
「そうですか、不思議ですね。」
と少佐が人ごとみたいに言った。テオは車を停めて、車外に出た。後部席から荷物を下ろしていると、少佐も降りてきた。
「今回は急な協力要請に応じていただいて、感謝します。」
と彼女が業務の終了として挨拶した。テオは微笑んだ。
「俺は滅多にない面白い体験をさせてもらって、感謝している。アスルと連絡が取れたら、俺が家賃を取ることにしたと伝えてくれないか。どうしても彼と同居したい訳じゃないが、彼が中尉に昇級する価値がある仕事をしていると認めている、と言ってくれ。」
少佐が笑った。
「承知しました。彼も内心は喜んでいますよ。」
彼女はテオの唇に「おやすみなさい」のキスをして車に乗り込んだ。