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2022/02/15

第5部 山の街     17

  ケツァル少佐が昼休みの直前にメールを送って来た。

ーーちょっと出かけませんか? 歩いて行ける距離ですが。

 ただそれだけの内容だ。デートなどではない、と思いつつもテオは心が躍った。大統領警護隊文化保護担当部と行動を共にすることは、いつも楽しい。その相手が少佐だと最高だ。どんな酷い状況でも我慢出来る。彼は返信した。

ーー出口で待っている。

 急いで研究室を施錠して出かけた。徒歩10分の距離、と言っても、実は大学のキャンパスはそれなりに広いので、門まで歩くと時間がかかる。15分かけて文化・教育省の出入り口に到着した。幸い少佐は彼が到着してから2分後に現れた。いつものカーキ色のTシャツにデニムパンツ。本日は一日中事務仕事です、と言う日のスタイルだ。荷物はハンドバッグではなく斜め掛けバッグだ。多分、財布と拳銃が入っている、とテオは予想した。
 彼女はテオを見ると、立ち止まりもせずに、「来い」と手で合図した。やっぱりデートではない、と心の中で苦笑しつつ、テオはついて行った。
 通りを横断して、ビルとビルの間を抜け、複雑な迷路の様な細い道を歩いた。市街地の中ほどにこんな迷宮の様な場所があるなんて意外だった。テオは己のグラダ・シティに対する知識がまだまだなことを痛感した。毎日通う職場の目と鼻の先だ。
 10分程歩いて、不意に開けた空間に出た。ビルに囲まれた四角い平地で、地面はコンクリート敷きだった。歩いて来た道の反対側に自動車2台分の幅の道路が伸びていた。その先はどこかの大通りだ。
 空間を囲む3辺は壁だったが、1辺はガレージで、自動車修理工と思われる男女が数台の車に取り組んで修理をしたり、塗装を行なっていた。テオはそれらの車が軍用車両であることに気がついた。車体に緑色の鳥の絵が描かれている車もあった。
 それに気を取られていると、一人の軍服姿の男性が近づいて来て、ケツァル少佐の前で立ち止まり、敬礼した。少佐も敬礼を返したので、テオは振り向き、その男の顔を見て、思わず笑顔を作ってしまった。

「ガルソン大尉!」

と呼んでしまってから、相手が降格された身であることを思い出して、焦った。

「・・・じゃなかった、ガルソン中尉。 ブエノス・タルデス!」

 肩章の星が一つ減ったガルソン中尉が微笑して、彼にも敬礼した。

「ブエノス・タルデス、ドクトル・アルスト。」

 大統領警護隊警備班車両部に転属させられた、と聞いたことをテオは思い出した。

「ここは貴方の職場ですか?」
「ノ、今日は車の部品調達です。普段は本部内の車両整備場にいます。」

 ガルソンが近くの修理工達の休憩所らしき場所に置かれている椅子へテオと少佐を案内した。

「貴方にもう一度お会いして、お礼を言いたかったのです。それで副司令にお願いして文化保護担当部に連絡をつけて頂きました。勿論、文化保護担当部にもお礼を言いたかったのです。」
「お礼って?」
「キロス中佐の名誉と命を助けて頂きました。そのお礼です。」

 サスコシ族のディンゴ・パジェが逮捕後に事件の真相を全て白状した。白状したと言うのは不正確だ。司令部幹部達の強力な読心能力によって、ディンゴはカロリス・キロス中佐に対して行なった気の爆裂による攻撃と、路線バスを転落させ、己の関与を隠す為に目撃者となり得た乗員乗客37人を焼き殺したことを認めざるを得なかった。
 被害者であることが判明したキロス中佐は降格を免れたが、退役せざるを得なかった。事件の発端が彼女が個人的な感情を制御出来なかったことにあったからだ。しかしガルソンは彼女が中佐の身分のままで退役出来たことを喜んでいた。そして彼女が極刑を免れたことに安堵していた。
 ケツァル少佐が感情を抑えた顔で彼に質問した。

「ご家族はどうされています?」

 ガルソンの微笑みが柔らかくなった。

「妻子は私について来てくれました。警備班なので私は官舎住まいですが、彼等は軍関係者が多く住むトゥパム地区に部屋を借りられたので、そこに住んでいます。警備班の家族持ちは2週間に1日休みをもらえるので助かっています。」

 テオは安心した。少なくともホセ・ガルソンの家族は離散せずに済んだのだ。ケツァル少佐もやっと微笑を浮かべた。

「トゥパム地区には大統領警護隊の隊員の家族が多いので、奥様とお子さんも早く慣れてお友達が出来ると良いですね。」
「グラシャス。」

 テオはパエス中尉、いや、パエス少尉のことも気になったが、恐らくガルソン中尉には元部下の近況は知らされていないだろう。
 また機会があれば、一緒にバルで一杯やろうと言って、テオはガルソン中尉と別れた。
 再び来た道を辿って帰った。

「彼等が再び出会うことはないんだろうな。」

とテオは呟いた。少佐は否定も肯定もしなかった。ただ彼女はこう言った。

「失った信頼をいつか取り戻せたら、彼等はもっと自由に活動出来るでしょう。」

 彼は溜め息をついた。

「俺は事故の原因がわかれば少しは楽になるかと思ったが、運が良くて一人だけ生き残ったと知ったら、また悲しくなった。」
「何故です?」

 少佐が彼の顔を覗き込んだ。

「今生きていることを感謝して、喜ばなければいけません。37人の命の分だけ、貴方は人生を楽しむべきです。」

 テオは彼女を見た。罪人の子として牢獄で生まれた事実を知った時、彼女は確かに落ち込んでいた。しかし、すぐに気を持ち直し、元気を取り戻した。今では誇り高く僅か3人のグラダ族の族長として生きている。
 テオは囁いた。

「君がキスをしてくれたら、人生を楽しもうって気分になれるかな。」
「試しますか?」

 少佐が悪戯っぽく微笑んだ。

 


2022/02/14

第5部 山の街     16

  大統領警護隊遊撃班は、逃亡した大罪人ディンゴ・パジェを追跡した。アスクラカンのサスコシ族には戒厳令が敷かれ、2日間外出を禁じられたそうだ。
 エミリオ・デルガド少尉はファビオ・キロス中尉と組んでパジェ家がある地区と川を挟んだ地区を担当した。そこにサスコシの族長シプリアーノ・アラゴの地所があり、デルガドは顔見知りとなったミックスのピアニスト、ロレンシオ・サイスにディンゴ・パジェを警戒するよう注意しに訪問した。するとアラゴの妻が、彼女はディンゴの顔を知っていたので、農園の向こうのジャングルへ入って行くディンゴを見たと証言した。
 直ちに遊撃班はジャングルで山狩を行った。一般人の立ち入りも禁止され、アスクラカンの農村地帯は緊張感に包まれた。
 デルガドはキロスと共にジャングルの中に分け入った。2人共海辺育ち、都会育ちなのでジャングルでの捜索活動はかなりの緊張感を伴う任務となった。
 途中でキロスが水の木を見つけ、彼等は短い休憩を取った。その時、デルガドは森の中を歩く白い物を見たような気がした。
 彼はキロスに気になるものを目にしたので、確認して来ると言った。勿論会話は全て”心話”だ。キロスはデルガドが見たものを”心話”で見て、青くなった。

ーー見てはならないものだ。

と彼はデルガドに警告した。

ーー追うな。

 しかし、デルガドは白い物を追った。キロスはついて来なかった。
 真っ白なジャガーがデルガドの前を歩いていた。斑紋すらない純白のジャガーだった。ジャガーは途中で立ち止まり、彼を振り返ったが、逃げるでもなく、怒る訳でもなく、再び歩き始めた。デルガドはそれを誰かのナワルだと確信した。ジャガーもディンゴ・パジェを追跡しているのだ。
 デルガドは気を放ってキロスを呼んだ。数分後にキロスが追いついた。彼はやはり白いジャガーと関わりを持つことに抵抗を示したが、大罪人を追わねばならない。2人は結局白いジャガーに導かれ、ディンゴ・パジェが身を潜めていた茂みを発見した。
 そこからの捕物は2人の遊撃班の精鋭の活躍だった。ディンゴ・パジェは抵抗したが、所詮戦いには素人だった。キロスとデルガドは彼を生け捕ることに成功した。大仕事をやり遂げた彼等は、白いジャガーが姿を消していることに気がついた。
 キロスはデルガドに新たな警告をした。

ーーさっき見た物は誰にも語るな。あれは聖なる生贄となる者だ。古の儀式は既に廃止されたが、あの者は誰にも知られたくない筈だ。見た物を忘れろ。

 話を聞いたテオは内心デルガド達を羨ましく感じた。 白いジャガーを目撃したなんて、物凄い幸運じゃないか! 彼は興奮を隠してデルガドに尋ねた。

「それで、君は考古学の先生に何の用事なんだい?」
「ここのケサダ教授は一族の方でしょう。見てはいけない物を見てしまった時、どうすれば良いのか、教えてもらいたいのです。」

 テオは微笑した。

「その答えは、キロス中尉から言われたじゃないか。語るな、忘れろ、だよ。」

 デルガド少尉はちょっと不満顔だったが、やがて、「そうですね」と納得した。

「教授に語ったら、掟を破ることになります。」
「俺にも言っちゃったな?」
「忘れて下さい。」

 テオとデルガドは青空の下で笑った。



 

第5部 山の街     15

  カロリス・キロス中佐の処分に関する情報を聞かないまま、1ヶ月過ぎてしまった。テオの中ではシコリが残っていた。バス事故の真相への手がかりがすぐ目の前で途切れてしまったのだ。彼はそのやるせない気分を忘れるために仕事にのめり込んだ。学生も大学事務局も、アルスト准教授がそれまでにない程熱心に研究に励むのを見たことがなかったので、驚いた。学生達とも熱心に語らい、内務省からのアカチャ族遺伝子の分析に関する質問状にも長い講義を行って、役人の頭を混乱させ、2つの部族の間に遺伝的な親戚繋がりはないと断定して見せた。

「あるとしたら、東西の交通が盛んになった今世紀の婚姻によるもので、少なくとも1世紀以上前にはこの部族間に交流はなかった。」

 内務省は仕方なく、アカチャ族とアケチャ族にそれぞれ保護政策助成金を出すことを決めた。そのニュースはサン・セレスト村にも、南部国境にも届いたのだろう。テオは村の診療所のセンディーノ医師と、ブリサ・フレータ少尉からそれぞれお礼の電話をもらった。

「別に俺の手柄じゃないですよ。元々両方の部族に交流がなかったと言う証明をしただけですから。」

 フレータ少尉からは、思いがけない情報があった。

ーーキロス中佐からお手紙をもらいました。
「中佐から?! 彼女は元気なのか?」
ーースィ。現在は退役されて、グラダ・シティ郊外の家にお住まいです。子供達に体操を教える仕事をされているそうです。
「じゃ、体も治ったんだ!」
ーースィ。私に、もし大統領警護隊を辞める時は、仕事を手伝って欲しいと書いてありました。私はまだ退役するつもりはありませんが。
「君の仕事は厳しいかい?」
ーー楽ではありませんが、日々充実しています。大勢と喋って暮らすのは楽しいですね。

 閉塞した村の厨房で一日一人で働いていた女性が、今頃きっと活き活きと南の国境で走り回っているのだろう。
 キロス中佐の無実が証明されたに違いない。と言うことは、バスを転落させたのは、ディンゴ・パジェと言う男だったのだ。テオは少しだけ気分が楽になった。
 その件に関する、少し詳細な事実を知ったのは、フレータ少尉と電話で話をした2日後だった。
 テオは大学のカフェでシエスタをしていた。ベンチで昼寝をしている彼の頬に誰かが葉っぱでちょっかいをした。目を開くと、グラシエラ・ステファンが微笑んで見下ろしていた。

「アルスト先生、お客さんですよ。」

 顔を動かすと、背が高いほっそりとした若い男が立っていた。
 テオは上体を起こした。

「エミリオ!」
「ブエノス・タルデス。」

 エミリオ・デルガド少尉は私服姿だった。彼はグラシエラを振り返り、

「案内を有り難う。」

と言った。グラシエラは頷き、笑顔でテオに手を振って歩き去った。本当にデルガド少尉を案内して来ただけのようだ。
 テオがそばの椅子を指すと、デルガドはそこに座った。

「本当は別の人を訪ねて来たのですが、今日は大学に出ておられなかったので、貴方を探していました。」
「別の人?」

 デルガドは周囲をそっと見回してから答えた。

「考古学の先生です。」

 ああ、とテオは頷いた。

「ケサダ教授以下当大学の考古学部の教授陣は、今日セルバ国立民族博物館の新館完成披露式に出かけているんだよ。」
「そうでしたか・・・警護隊にはそんな情報が来なかったもので・・・」

 デルガドは頭を掻いた。



第5部 山の街     14

 「ロホの料理が不味いと言うことはありません。」

 アスルが帰宅するカーラの見送りに部屋の外に出た時に、ケツァル少佐が言った。

「ただマレンカ家の味付けは独特なのです。ね、ロホ?」

 彼女に話を振られて、ロホは渋々言い訳した。

「実家は祈祷師の家柄なので、食事に香辛料を色々とたっぷり入れるのです。人によっては辛すぎると感じるようで・・・」
「薬の味が強いものもあります。」
「あれは滋養のハーブを大量に・・・」

 テオとギャラガは笑った。

「まさか、それをグラシエラに振る舞ったんじゃないよな?」
「・・・」
「彼女に食べさせたのか?」
「彼女は美味しいと言ってくれました。」

 その場面を想像して、またテオ達は笑った。
 アスルが戻って来た。彼が席に着くと、少佐が、「では」と言った。事件の報告会の始まりだ。一同は座り直した。

「元太平洋警備室所属のホセ・ラバルは免官され、少尉の地位を剥奪されました。気の爆裂を用いて指揮官カロリス・キロス中佐の暗殺を図り、同中佐とブリサ・フレータ少尉を負傷させた罪で、終身禁固刑を言い渡されました。」
「終身禁固刑?」

 テオの発言に、ロホが説明した。

「本部の地下にある牢獄に死ぬ迄閉じ込められます。」

 テオは沈黙した。未遂に終わった暗殺だが、超能力で人を殺害しようとすること自体が、重い罪と見做されるのが”ヴェルデ・シエロ”の掟なのだろう。その証拠にアスルもギャラガも反応しなかった。

「カロリス・キロス中佐の処分はまだ審議中です。と言うのも、彼女が3年前のバス事故にどれだけ関わったのか、はっきりしていないからです。但し、指揮官職は更迭され、新たな指揮官が既に派遣されました。」
「ディンゴ・パジェは長老の元に出頭していないのですか?」

とギャラガが尋ねた。その声には、初めからあの男を信用していませんよ、と言う響きが込められていた。ロホの方は失望した表情だったが、何も発言しなかった。

「ディンゴ・パジェは逃亡しました。遊撃班が彼を追跡しています。彼の親族はサスコシ族長老会の監視下に置かれています。彼等はディンゴが接触すればすぐに大統領警護隊に通報する義務を負わされました。もし守らなければ反逆罪に問われます。」
「ディンゴを追跡しているのは大統領警護隊だけかい?」

 テオの質問に、少佐は「ノーコメント」と言った。”砂の民”が動いているのかどうか、それは大統領警護隊に知らされないのだ。テオは不満だったが、口を閉じた。
 少佐が続けた。

「ホセ・ガルソン大尉は更迭されました。太平洋警備室は厨房のカルロ・ステファン大尉以外隊員全員が入れ替えられました。ガルソンは中尉に降格され、本部警備班車両部に本日付で転属となりました。」

 車両部が左遷部門である筈はないが、指揮の副官だった人間にとっては屈辱だろうとテオは思った。大統領府で働く人々の自動車の整備・管理をして、時には運転手も務める部署だ。それにガルソンは故郷から遠い首都で勤務するのだ。家族はどうなったのだろう。しかし、そこまでの報告はなかった。

「ルカ・パエス中尉は少尉に降格。彼は北部国境警備隊に転属しました。太平洋警備室にいたので、恐らく海上警備になるでしょう。実際に船に乗るので、地上で勤務していた太平洋警備室の人間にはきついかも知れません。」

 北部国境は砂漠と海岸を警備する。パエスは砂漠を希望したかも知れないが、懲戒処分なので希望が叶えられる可能性は低い。

「ブリサ・フレータ少尉は降格はありませんが、南部国境警備隊の厨房係に転属です。隊員は大統領警護隊と陸軍の混合編成ですから、大所帯です。収監した密入国者の世話も厨房係の担当ですから、忙しい部署です。」

 フレータは自ら希望したのだ。彼女は一番格下だったので、上官達が降格され厳しい戒めを受けた分、罪が重くならずに済んだ。しかし新しい任地の仕事は決して楽ではない。南部国境はサン・セレスト村と違って湿気が多く暑い地域だ。西部高地で生まれ育った彼女にはきつい生活が待っている。

「もし、キロス中佐がバス事故に関わっていたら、どんな処分になるんだ?」

とテオは訊いてみた。気の爆裂を受けて脳にダメージを受けた状態で37人の命を奪ってしまったとしたら、どこまで司令部は彼女の言い分を受け容れてくれるだろうか。

「どんな状況であれ・・・」

とアスルが言った。

「大勢の市民を死なせたんだ。極刑は免れない。」

 ギャラガも呟いた。

「噂で聞いた限りでは、生きながらワニの池に放り込まれる。」

 少佐が溜め息をついた。

「恐らく、それはディンゴ・パジェが負うことになるでしょう。」

 ロホが囁いた。

「ディンゴは”砂の民”に捕まるのと、遊撃班に捕まるのと、どちらがましか、考えているでしょうね。」
「自殺するなんてことはないよな?」

とテオは心配した。

「彼が真相を語らないと、キロス中佐が極刑に処せられてしまう恐れもあるだろう?」
「それを司令部は一番危惧しているのです。」

 テオはふと顔を上げた。

「ディンゴ・パジェの罪を一番最初に察知した”砂の民”は、あの人だ。」

 ロホ、アスル、ギャラガが彼を見た。少佐が天井を見上げた。

「彼の手下がどれだけ早く彼を見つけ出すか、それが問題です。」

  

第5部 山の街     13

  グラダ・シティに帰って3日間、テオは本業に没頭した。カタラーニもガルドスも論文代わりになると言う「餌」に釣られて遺伝子の分析に精を出した。そしてイグレシアス内務大臣の思惑に反する結果を出すことに成功した。

 アカチャ族とアケチャ族は遺伝子的に見て血縁関係が遠い別々の部族である。

 報告書を内務省に提出して、サン・セレスト村遺伝子分析チームは解散した。木曜日の午後、ケツァル少佐からメールが届いた。夕食のお誘いだった。場所が彼女の自宅だったので、これは週末のサン・セレスト村事件の捜査状況の報告だな、と彼は予想した。
 宴会ではないが一応招かれている側としてワインを買って持って行った。車は自宅に置いて歩いて行くのだが、アスルも呼ばれているとわかったので、やはり報告会だなと得心した。

「何度も集まるのは良いけど、マハルダが除け者になっていると拗ねたりしないかな。」

と心配すると、アスルが「けっ」と言った。

「彼女は任期が終われば思い切り少佐に甘えるさ。」

 少佐のアパートには既にロホとギャラガが到着しており、家政婦のカーラの手伝いをしていた。アスルはカーラの手伝いは己の役目だと自負していたので、ちょっとむくれた。

「たまにはゆっくりしろよ。」

とロホが弟分に言った。

「君は最近働き過ぎだ。マハルダの分まで事務仕事をしているんだからな。」

 大統領警護隊の男3人がキッチンで働いているのを見ると、テオも何かするべきかと不安を感じた。しかし、キッチンはカーラも入れて4人でいっぱいだ。参加すると却って邪魔になると気がついて、彼は客の立場に徹することにした。
 ケツァル少佐は主人だし上官なので、ソファに女王様然として座っているだけだ。テオが向かいに座ると、彼女が囁いた。

「フレータ少尉が退院して太平洋警備室に戻ったそうです。」
「早かったな。転属はまだかい?」
「事件処理が終わる頃に処分が決定します。それまでは、元の任地で勤務です。」
「フレータは国境警備隊を希望したが、ガルソン大尉とパエス中尉は村に家族がいるから転属は厳しいだろうな。」

 しかし少佐はそんな同情をしなかった。

「本部に嘘の報告を3年間続けたのです。転属は優しい方ですよ。免官や不名誉除隊もあり得るのです。もし転属になれば家族を一緒に連れて行けば良いのです。」
「ガルソンは、家族は村にいる身内が面倒を見てくれると言っていたが・・・」
「懲罰処分を受けた軍人の妻子がどんな気持ちで村で暮らしていけると思いますか?」

 テオは黙り込んだ。大統領警護隊司令部が、3年間嘘の報告を続けた太平洋警備室に対してどんな裁定を下すのか、誰にも分からない。だが、嘘を見抜けなかった本部も、いい加減だったんじゃないか、と彼は思った。
 料理がテーブルの上に並ぶと、食事が始まった。乾杯はなしだ。しかしワインは振る舞われた。みんなカーラの料理を褒め、家庭料理をじっくり味わった。

「そう言えば、ロホも指導師の資格を取っているから、厨房で修行したんだな?」

とテオが話を振ると、ギャラガがへぇっと上官を見た。

「ロホ先輩の料理をまだ食したことがありません。」
「そのうちに・・・」

とロホが話を終わらせようとすると、アスルが呟いた。

「試さない方が良いぞ、アンドレ。大尉の料理は罰ゲーム用だ。」

 何だよ、とロホが彼を睨みつけた。少佐がクスクス笑い、テオはアスルの言葉の意味を考えた。

「料理は下手なのか、ロホ?」
「人には得手不得手があります。」

 ロホはそう言いつつ、アスルにオリーブの実を投げつけた。


2022/02/13

第5部 山の街     12

  テオが毎週末の帰省からグラダ・シティに戻る時に乗車するバスがもうすぐオルガ・グランデを出発すると言うので、ケサダ教授は急いで休業中の居酒屋を出てバスターミナルへ歩き去った。テオとケツァル少佐はエル・ティティから車で来たその日にその3倍の距離をバスで戻る気分になれなかったので、再び”入り口”を探して歩いた。

「ケサダ教授はムリリョ博士に太平洋警備室の事件を伝えるかな?」

とテオが呟くと、少佐は「どうでしょう」と言った。

「今回の事件は教授が担当する仕事ではありませんし、博士にも無関係です。長老会のメンバーとして報告を受けることはあるでしょうが、事件が完結してからになるでしょう。それにサン・セレスト村で起きた事件は大統領警護隊が関わっています。”砂の民”は優先権を持ちません。」
「本部に護送されたラバル少尉は、バス事故の真相をどこまで知っているのだろう。まさか恋人の罪を一人で背負ってしまうつもりじゃないだろうな。」
「キロス中佐の記憶を内部調査班がどこまで引き出せるかで、少尉の審判の行方が変わることは確かです。ディンゴ・パジェがどこまで正直になれるかで、少尉の未来が決まるでしょう。」

 テオはサン・セレスト村で会ったホセ・ラバル少尉の顔を思い出した。無口で硬い寂しい表情をした男だったな、と思った。同性を愛するのは彼の自由だ。ただ彼は軍人で、セルバ共和国の軍隊はまだ同性愛を認めていない。上官に知られたら除隊処分になると覚悟の上でディンゴ・パジェと交際していたに違いない。そして遂に上官に見つかった時、その上官は彼に密かに恋をしていた女性だった。そこから彼等の悲劇が始まり、路線バスに乗った37人の命を奪う大惨事に発展した。そしてその事故がテオ自身の人生を変えた。
 
「何だかどっと疲れを感じた。」

 テオはグラダ大学の研究室にある冷蔵庫の中身を思い出し、気が重くなった。

「明日からアカチャ族のD N Aを分析しなきゃいけない。」
「助手に任せられないのですか?」

 彼はあくびを噛み殺した。

「そうしよう。カタラーニとガルドスにやらせて、論文の代わりにする。俺は昼寝する。」

 レンタカー屋の前に来ると、驚いたことにアスルが店から出て来た。敬礼を交わしてから、少佐が彼に尋ねた。

「サン・セレスト村は近かったのですね?」
「まぁ・・・」

 暴走族並みにスピードを出すアスルは頭を掻いて、チラッとテオを見た。

「殆ど1本道でしたから。」
「ステファン大尉は臨時指揮官を上手くこなしていましたか?」
「大丈夫だと思いますよ。ガルソン大尉とパエス中尉でしたっけ? 残っている2人のブーカ族と役割分担して3人で太平洋警備室を回しているようです。」
「オエステ・ブーカ族って言うそうだね。」

とテオは口を挟んだ。

「オルガ・グランデ周辺に住み着いたブーカ族らしい。グラダ・シティのブーカ族とどう違うのかわからないけど。」

 するとアスルはちょっと笑った。

「見た目は同じだ。グラダ・シティのブーカ族は政治にかなりの人数が関わっている。それも国政だ。セルバ共和国を動かしているのは彼等と言っても良いくらいだ。反対にオエステ・ブーカは権力闘争で負けた派閥の子孫で、農民だ。多分オルガ・グランデの市政に殆ど参加していない。オルガ・グランデはどちらかと言えば”ティエラ”の街なんだ。」

 すると少佐が部下に要請した。

「帰京しようと思いますが、”入り口”が見つかりません。一緒に探してくれます?」

 アスルが上官を見た。そしてちょっと首を傾げた。

「少佐、貴女の後ろに大きな”入り口”が開いていますが・・・」

 ケツァル少佐は傷ついたフリをした。

「知っています。でもこんな人通りの多いところで消えたり出来ませんよ。」


第5部 山の街     11

「誰もカロリス・キロスがエル・ティティでバスに乗るところを見ていないのですね?」

とケサダ教授が念を押した。

「彼女がそこでバスに乗ったと言うのは、ディンゴ・パジェと言うサスコシ族の男の口頭証言だけです。」

とケツァル少佐が認めた。

「パジェの車にキロス中佐が乗ったと言うところ迄は、中佐の”心話”による証言とパジェの口頭証言が一致しています。バスを追いかけてくれと中佐が言ったことも同じです。でもその先が、中佐の記憶にはありません。パジェは中佐がエル・ティティでバスに乗ったと口頭証言しましたが、中佐は記憶していません。」
「それなら、サスコシの男が嘘をついたのです。」

とケサダ教授は断定した。

「唯一の生存者であったドクトル・アルストは脚を折ったり、全身に打撲傷を負う大怪我をしました。 キロスは脳にダメージを受けており、その状態で無傷で転落するバスから逃れられる筈がありません。彼女はバスに乗らなかったのです。」
「では、ディンゴ・パジェは何の為にそんな嘘を・・・」

 テオは言いかけて、嫌な考えが頭を過ぎり、ゾッとした。

「バスを落としたのは、ディンゴ・パジェだった?」
「現場に他の原因がなければね。」

 教授は瓶の中の水をごくりと飲んだ。

「パジェはエル・ティティでバスに追いつけたのでしょうか? そもそもバスはエル・ティティで停車したのですか?」

 テオは考えた。前夜警察署で事故当時の資料を読んだケツァル少佐が「ノ」と言った。

「エル・ティティで停車したなら、誰かがバスから降りたか、乗ったかです。しかし犠牲者にエル・ティティの住人はいませんでした。降りてエル・ティティに到着する迄のバスの様子を証言した人もいませんでした。バスは、アスクラカンからオルガ・グランデ迄ノンストップで走っていたのです。」
「では、ディンゴ・パジェはバスを追いかけてエル・ティティを通過したのでしょう。キロスはバスの乗客に用があったので、オルガ・グランデで追いついても良かったのです。しかしパジェはそんな遠くまで行きたくないと思った筈です。」
「彼はバスを止めようとした?」
「恐らく。落とすつもりはなかったと思います。しかし、あの細い未舗装の山道で大きな車両を急停止させればどうなるか?」

 ケサダ教授がテオと少佐を見比べた。学生に質問する先生そのものだ。テオが答えた。

「急停止をかけたことによってハンドルを取られたバスは、崖から落ちた・・・」
「そんなところでしょう。火が出たので、パジェはそのままバスを焼いてしまった。彼の車が後ろを追いかけて来るのを目撃していた乗客がいたかも知れませんからね。ドクトル・アルストは運が良かったのだと思います。きっとバスが転落する際に窓から投げ出されたのです。そしてパジェの目に留まらなかった。」

 テオは泣きたくなった。本当に、ただ運が良かっただけなのか? だがどんなに考えても、それ以外に彼が助かった理由を思いつけなかった。
 ケサダ教授が少佐を見た。

「キロスはどうやって太平洋警備室に戻ったのです?」

 少佐が首を振った。

「それも彼女の記憶にありません。パジェは彼女がバスに乗ったのを見て、アスクラカンに帰ったと言ったそうです。」
「意識が混濁している人間が一人で太平洋岸に帰れる筈がありません。パジェは彼女が何も覚えていないことを確信して、通りかかった”ティエラ”を”操心”か何かで動かし、彼女を送らせたのでしょう。」
「何故彼女を殺さなかったのですか?」
「それはパジェに訊いてみないことには・・・」

 教授は苦笑してから、己の考えを述べた。

「彼の恋人のラバルは上官を死なせたと思い込んで帰ったのでしょう。だから、パジェはラバルを安心させる為に生きている中佐が必要だった。中佐は脳を損傷しているから、記憶がない。生かして帰し、ラバルに見張らせたのです。もし彼女が記憶を取り戻したら、その時に始末してしまえば良いと思ったかも知れません。」

 ケサダ教授の推理は説得力があった。テオはディンゴ・パジェがロホの忠告通りに長老の元に出頭したとは到底思えなかった。それを教授に告げると、教授は言った。

「そんな場合の為にピューマが存在するのです。」


第5部 山の街     10

  ケサダ教授はテオとケツァル少佐を1軒の居酒屋へ連れて行った。店はまだ日が高いからと言う理由ではなく、日曜日なので休業していた。教授は慣れた様子で鍵がかけられているドアを開き、2人を中に招き入れた。ブラインドを通して陽光が差し込み、屋内は明るかった。厨房に近いテーブルで年配の男性が数人カード遊びをしていたが、教授が「場所を借りる」と一言言うと、素早く立ち上がり、店の奥に姿を消した。
 少佐は彼等の関係を敢えて訊かずに、男達が使っていたテーブルの隣に腰を降ろした。それでテオも座ると、教授が厨房から冷えた水の瓶を3本持って来た。
 椅子に腰を落ち着かせると、彼はテオと少佐を見た。

「さて、何があったのか、教えて頂けるかな?」

 それでケツァル少佐が”心話”で知り得た情報を彼に伝えた。指導師の試しを終えたカルロ・ステファン大尉が太平洋警備室に派遣され、そこで指揮官カロリス・キロス中佐が心の病に罹っていることを部下達が本部に隠していることを知ったこと、ステファンの祓いを受けた中佐と部下のフレータ少尉が、同じ部下のラバル少尉によって気の爆裂で暗殺されかかったこと、ラバルは逮捕され、キロス中佐は”心話”で3年前にアスクラカンで起きたことを告白したこと。

「キロス中佐は3年前エル・ティティで起きたバス転落事故に関係していると思われる証言をしましたが、その部分の記憶だけが酷く曖昧で、実際のところ、バスに何が起きたのか判然としません。バス事故の唯一人の生き残りであるドクトル・アルストはどうしてもその部分を知りたいと思っているのです。」

 テオも言った。

「俺の記憶でその部分だけが抜け落ちて、何も思い出せません。俺はどうしても知りたい。何故37人の人々が死ななければならなかったのか、知りたいのです。」

 ケサダ教授は遠い過去の出来事を聞いている、そんな顔だった。無理もない、彼は事故に関して、全く無関係だったのだから。

「つまり、その女性中佐は部下の男性が同性の恋人と会っていた場面に遭遇し、逆上して彼等と口論になった。恋人の男が気の爆裂で彼女を打ちのめした。」
「スィ。」
「まず、それは大罪です。気の爆裂を人間に向けて使うことは禁止されています。」
「知っています。それは、サスコシ族の男の罪です。キロス中佐はもっと大きな罪を犯した可能性があります。」
「彼女はダメージを受けた脳を抱えたまま、バスに乗り込み、一族の者の血液を外国に売却した疑いのある医師に検査を受けた人間の名簿を出せと迫ったと、あなた方は考えたのですね?」
「スィ。そして医師に拒まれ、名簿を気の力で焼き払おうとした。しかし脳は傷ついていた。だから彼女は人間に火を点けてしまった・・・どうでしょう? 俺の推理はおかしいですか?」

 ケサダ教授がケツァル少佐に視線を向けた。

「キナ・クワコをその瞬間に跳ばしたりしていませんね?」
「していません。」
「ふむ・・・」

 教授はテオに視線を戻した。

「何故貴方は助かったのです?」
「俺もそれを知りたいです。」
「キロスも助かった。」
「彼女がバスに乗っていたなんて知りませんでした。昨日初めて知ったのです。それも、彼女を打ちのめしたサスコシの男が教えてくれたのです。彼女の記憶にはバスに乗ったことが残っていない様なので・・・」

 少佐が頷いた。

「キロス中佐は、ラバル少尉の恋人に車でバスを追いかけてくれと言いました。そこまでの彼女の記憶は私に読み取れました。しかし、その後のことは彼女の記憶が混沌として、どうしても読めませんでした。仕舞いには私自身が頭痛に襲われて、先に進めませんでした。」
「呪いがかかった脳の記憶など、読まない方がよろしい。」

とケサダ教授は言った。いつもの様に淡々としている。それがこの人の生来の性格なのか、それとも養父ムリリョ博士に厳しく仕込まれた結果なのか、テオにはわからなかった。ただ、彼の目の前に座っている男は、現代のセルバ共和国で生きている”ヴェルデ・シエロ”の中で最強の超能力者なのだ。その大きな力を保持していることで、彼は余裕を抱いているのかも知れない。
 暫く考え込んでいたケサダ教授が視線を上げた。

「キロスがバスに乗ったのはどの辺りでしたか?」
「エル・ティティです。」
「誰か彼女がバスに乗るのを目撃しましたか?」
「それはロホがサスコシの男ディンゴ・パジェから証言を取りました。」
「”心話”で?」

 え?とテオは返事に窮した。ロホからの報告にもギャラガからの報告にも、そこのところは口頭になっていた。いや、ディンゴ・パジェは個人情報を洗いざらい知られるのを嫌って、全て口頭で証言したのだ。
 ケツァル少佐もそれを思い出し、いきなり彼女は不機嫌になった。

「私の部下達は詰めの甘い人間ばかりです。」

と彼女は悔やんだ。ケサダ教授は教え子達の失敗を無視した。元より文化保護担当部の捜査は非公式で彼等が土曜日の軍事訓練として独自に行ったものだ。少佐が「失礼」と断って、店舗の隅っこへ行った。そこで電話を出して、誰かにかけた。恐らくロホかギャラガに尋問方法の確認をとっているのだ。
 テオは溜め息をついた。真相に近づきそうになると逃げられる、そんなことの繰り返しに思えた。
 教授が彼に尋ねた。

「昨日病院にいたと言うピューマに貴方は顔を見られましたか?」
「見られていないと思いますが、確信出来ません。」

 そしてテオの方からも尋ねた。

「貴方は”目”や”耳”から今回の事件を何も聞いていらっしゃらないのですね?」

 すると教授は苦笑した。

「私はこの街ではそんな手下を持っていません。」
「では、さっきのミラネスと言う人は?」
「彼は市役所の職員です。西部地方の遺跡を発掘する時に、うちの学生達に色々と世話を焼いてくれる親切なお役人ですよ。」

 多分、ムリリョ博士の”目”か”耳”なのだ、とテオは思ったが、それ以上突っ込むのは止めた。
 少佐がテーブルに戻って来た。

「ロホに、本部へ報告する際に、口頭での証言であると必ず付け足すよう注意しておきました。」

 教授が笑った。

「証言を取ったと聞くと、すぐに”心話”で得た情報だと思い込む、一族全体の悪い癖だ。」

 少佐が赤くなった。

第5部 山の街     9

 「先刻のセニョール・ミラネスは、貴方の”目”か”耳”ですね?」

とケツァル少佐が尋ねた。ケサダ教授は微笑を浮かべたが肯定も否定もしなかった。彼は着替えた繋ぎを入れたらしいリュックサックを肩にかけ、テオと少佐を眺めた。

「まさか、遺跡を見学に来たと言う訳ではないですね?」

 少佐が傷ついたふりをした。

「私はこれでも考古学を学んだ人間ですよ、教授。新発見の遺跡の近くへ来たら、見たくなるのは当たり前でしょう。」

 テオも頷いて見せた。

「俺が見に行こうって彼女を誘ったんです。」
「だが、オルガ・グランデに来た本当の目的は別でしょう。」

 ケサダ教授が歩き出したので、2人は付いて行った。薄暗い教会から外に出ると陽光が眩しかった。少佐が大股で歩く彼の横に並び、早口で言った。

「昨日、陸軍病院でピューマと出会しました。」
「そうですか。」

 教授は動じなかった。無関係だと言いたげに歩き続けた。少佐が珍しく彼に揺さぶりをかけようとした。

「彼は仕事をしくじった様です。大統領警護隊内部調査班と鉢合わせして、一悶着あった様です。」
「内部調査班?」

 教授が歩調を全く崩さずに彼女を振り返った。

「大統領警護隊の内部で何か失態がありましたか?」

 テオは普段通りのケサダ教授のポーカーフェースに少し苛っときた。

「大罪人に尋問しようとして、彼は失敗したんですよ。そこに内部調査班が来た。」
「大罪人とは、穏やかではないですね。」
「ええ、大統領警護隊は絶対に真相を外部に知られたくないでしょう。」
「でもピューマの耳に入っています。彼はどれほどの大罪なのか、理解しているでしょうか。」

 不意に教授が立ち止まったので、少佐とテオは勢いで数歩前に進んでしまった。振り返ると、教授が尋ねた。

「あなた方は私に何を求めているのです?」


第5部 山の街     8

 ”入り口”がありそうな場所を探しながら、前日の早朝に出て来た場所に向かって歩いていると、ケツァル少佐がふと足を止めた。”入り口”を見つけたかと思って、テオも足を止めた。

「見つけたかい?」
「スィ。でも別の物です。」

 少佐が民家の屋根の向こうに見えている塔を指差した。

「教会です。サン・マルコ教会ですよ、床下に遺跡がある・・・」
「ああ、あそこか。」

 アンゲルス鉱石が坑道拡張工事をしていてぶち当たった遺跡がある場所だ。文化保護担当部の指揮官であるケツァル少佐の好奇心が疼いた様だ。テオはそれを敏感に感じ取り、提案してみた。

「時間がありそうだから、ちょっと覗いてみようか?」

 2人は大きく迂回する曲がった道路を歩いて行き、大して大きくもない教会に15分後には行き着いた。オルガ・グランデにはもっと大きな大聖堂があり、そこは観光客も訪れることがあるのだが、サン・マルコ教会は無名に近く、観光マップにも載っていなかった。教会の前は大概広場だったり、道路の幅が広く取ってあるものだ。サン・マルコ教会の前も道路が広くなっていた。しかし屋台などは出ておらず、土産物屋もなかった。靴屋や革製品の加工所が数軒看板を出していたが、日曜日なので閉まっていた。
 教会の扉は少し開いていたので、簡単に中に入れた。木製の長椅子が正面の祭壇に向かって並び、中央の通路の中ほどに男性が一人立っていた。カーキ色のジャンパーの下にTシャツを着込み、腰から下はデニムパンツにスニーカーを履いた中年の男性で、床石を剥がして口を開けている穴を覗き込んでいたが、テオ達が入ると振り返った。
 テオは声を掛けた。

「ブエノス・タルデス!」
「ブエノス・タルデス。」

 男も挨拶を返した。彼の足元に小さな看板が立てかけてあった。

 地下遺跡調査中

 それを見て、ケツァル少佐が緑の鳥の徽章を出して彼に見せた。

「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐です。新しく発見された遺跡を見に来ました。」

 すると男性がポケットに入れていたストラップ付きのI Dカードを出した。

「オルガ・グランデ市役所の文化財保護課のミラネスです。以後お見知り置きを。」

 それでテオも名乗った。

「グラダ大学生物学部で准教授をしているアルストです。ミゲール少佐に誘われて遺跡を見に来ました。もしミイラの遺伝子を調べたければ、私の研究室にご依頼下さい。」

 ミラネスが微笑した。

「恐らくここにいるミイラは全員オルガ族の神官だと思います。もし不審なミイラがあれば検査をお願いします。」

 少佐とテオは穴のそばへ近づいた。階段が地下へ降りていた。小さな裸電球がラインに繋がれて3つばかり、階段の周辺を照らしていた。穴の深さは 10メートルはあるだろうか。遺体を置く岩棚は穴から見えなかった。

「不審なミイラと言えば・・・」

とミラネスが言った。

「ここが発見された時に、墓泥棒のミイラがありました。」
「知っています。私の研究室で荷解きしました。」

 おや、とミラネスがテオを見て笑った。

「それじゃ、教授が仰っていた遺伝子学者と言うのは、貴方でしたか。」

 教授? とテオが聞き返すと、ミラネスが穴の底に向かって怒鳴った。

「グラダ・シティからお友達が来られていますよ、教授!」

 ケツァル少佐が両手を頭の上に置いた。まさか恩師が来ているとは・・・。そんな顔だった。
 返事がなかったが、穴の底に人間の頭が見えた。ライト付きのヘルメットを被った男性で、上をチラリと見上げて、階段を登って来た。
 フィデル・ケサダ教授だった。普通の人間の様にヘッドライトを装着してヘルメットを被り、動き易い様に繋ぎの服を着ていた。彼は客を見て、ブエノス・タルデスと挨拶した。そしてミラネスを振り返った。

「見学は終わった。後片付けをしておくから、君は帰ってもよろしい。日曜日に駆り出してすまなかった。」

 ミラネスは微笑して、教授に挨拶し、テオと少佐にも笑顔で別れを告げると教会から出て行った。
 ケサダ教授は穴の下の照明の電源を切り、床石を元に戻した。テオも手伝いながら尋ねた。

「”シエロ”のミイラは混ざっていなかったのですね?」

 ケサダ教授が彼を見て、微笑した。

「幸いにね。」

 床石がきちんと穴を塞ぐと、教授は「地下遺跡調査中」の看板を抱えて教会の奥へ運んで行った。
 少佐が床石を眺めた。他の箇所の石と変わらない。目印らしきものが付いていないので、祭壇からの石の数で入り口を探さなければならないのだろう。この入り口を見つけたのは、市役所の文化財保護課のお手柄だ。
 繋ぎを脱いで手と顔を洗ったケサダ教授が戻って来たのは10分以上後だった。

第5部 山の街     7

  ブリサ・フレータ少尉の病室には女性が一人見舞いに来ていた。少尉とよく似た顔で、姉妹だとわかった。少尉が彼女を姉だと紹介し、ケツァル少佐とドクトル・アルストだと彼女に紹介してくれた。妹の上官だと知った女性は、気を利かせてロビーの売店に行ってくると言って部屋を出て行った。
 フレータ少尉はまだ頬にガーゼを貼っていたが、前日より血色が良くなり、ベッドの上に起き上がっていた。”ヴェルデ・シエロ”らしく回復が早いのだ。

「気分はいかがですか?」

と少佐が尋ねると、「ビエン(良いです)」と答えた。そして訊かれる前に言った。

「昨晩、内部調査班が来ました。」
「どんなことを訊かれましたか?」
「最初に私の体調を気遣ってくれて、それから爆発事故当時のことを訊かれました。最後はキロス中佐とラバル少尉の仲はどうだったかと・・・私には昨日貴女にお話したこと以外に話すことはありませんでした。」

 テオが尋ねた。

「君は太平洋警備室に配属されてから、ずっと厨房で勤務していたのだろう? 食事はいつも中佐とラバル少尉と3人一緒だったよね?」
「スィ。」
「2人の食事の時の様子に変化はなかったかい? 3年前に突然中佐の様子が変わってしまう前と後で・・・」

 フレータ少尉が考えこんだ。

「あの2人は普段、あまり会話をしなくて・・・どちらも私には世間話などで話しかけてくれましたが、中佐とラバル少尉が話をする時はいつも仕事で生じた問題ばかりでした。3年前の中佐の突然の異変から後は、中佐が殆ど口を利かなくなり、目もどこを見ているのかぼんやりした状態で、ラバル少尉も私も見えていない感じでした。」
「3年間ずっと?」
「スィ。あ、でも・・・女の私には時々話しかけてくれました。料理の出来具合の感想や、厨房の設備の具合や、村の出来事とか・・・昔通りでした。」
「他の部下達には?」
「ガルソン大尉には、副官ですから、時々指示を出されました。本当に時々です。まるで思い出したかのように。後はずっと沈黙して座っているだけでした。」
「食事の時のラバル少尉には?」
「殆ど無視でした。少尉も中佐が危ないことをしないように見張るだけで・・・。」
「危ないこと?」
「熱湯が入った薬缶を触ったり、包丁の置き場に近づかないように・・・」
「ああ、そう言うこと。」

 ラバル少尉は恋人が中佐に致命傷を与えてしまったと思い込み、一足先に勤務場所に戻った。しかし中佐は生きていて、脳に受けたダメージで朦朧とした状態のまま帰ってきた。少尉は恋人と連絡を取って、中佐を監視していたのだろう。指導師の祓いを受けていない中佐が正気に帰る可能性は低いと踏んで。そして幸いなことに副官のガルソン大尉が中佐の異常を本部に隠してしまった。少尉は適当な時期を見計らって大統領警護隊を去り、恋人とどこかへ行くつもりだったのではないか。しかし、本部は3年も経ってから太平洋警備室の異常を察知して、指導師のカルロ・ステファン大尉を送り込んで来た。そこからラバル少尉の計画は崩れたに違いない。
 
「内部調査班は貴女の処遇について何か言いませんでしたか?」

 ケツァル少佐がフレータ少尉の将来を気遣って尋ねた。フレータ少尉が寂しそうに笑った。

「退役年齢まで少尉のまま、サン・セレスト村の厨房で勤務するか、国境警備隊の厨房で勤務するか選ぶように言われました。もしくは、退役して故郷に帰るか・・・」

 ケツァル少佐はちょっと考えた。そして言った。

「私は貴女にどれを選べとは言えません。ただ、国境警備隊の厨房係は、捕らえた密入国者の食事の世話もしなければならないので忙しいですよ。隊員も大統領警護隊だけではなく、陸軍国境警備班の合同編成ですから、太平洋警備室に比べると大所帯です。」

 するとテオには意外に思えたが、フレータ少尉の目が明るく輝いた。

「国境警備隊に行かせてもらえるのでしたら、そちらが良いです。」

 閉塞的な太平洋警備室よりマシだと思えるのだろう。ケツァル少佐が微笑んだ。

「次に本部の人が来たら、そう告げなさい。昇級は望めないかも知れませんが、新しい出会いがあるかも知れません。」
「グラシャス、少佐!」

 別れを告げて部屋を出ようとして、テオはふと思いついた質問をしてみた。

「少尉、君はカイナ族だったね。カイナ族にカノと言う家族はいるかい?」
「カノですか?」

 フレータ少尉はちょっと首を傾げ、数秒後に何か思い出して首を振った。

「古い家系ですね。もう離散して、いませんが。」
「離散した?」
「スィ。植民地時代に白人の血がかなり入ってしまった家系で、セルバ共和国が独立した時にカイナ族の他の家系から仲間外れの様な仕打ちを受けたために、オルガ・グランデから離れて東へ移って行ったと聞いています。」
「それじゃ、カノ家には早くから白人の血が流れていたんだね?」
「そう聞いています。」
「グラダ・シティにカノ家の子孫がいてもおかしくない?」
「寧ろ、そちらの方が生き易いのではないでしょうか。白人の血が入ると気の制御が難しくなります。”ティエラ”になって生きていく方が幸せな人生を送れると思いますよ。」

  フレータに別れを告げて、テオとケツァル少佐は病室を出た。階段を下りながら少佐が囁いた。

「アンドレの白人の血はかなり昔からのものの様ですね。」
「うん。彼の父親が本当に白人だったのか、ちょっと怪しくなってきたな。」




2022/02/12

第5部 山の街     6

  食堂を出て陸軍病院の前に来ると、病院の敷地内に搬送用のバンが駐車しているのが見えた。バンの前後にジープが1台ずついるのを見て、ケツァル少佐が「先を越された」と呟いた。

「内務調査班か?」
「恐らく、キロス中佐を陸軍基地に運んで、そこから空軍機でグラダ・シティに護送するのです。」
「事情聴取は終わったのかな?」
「多分、私が得たのと同程度の情報を中佐は伝えたでしょう。内部調査班は馬鹿ではありません。中佐がまだ何か隠していると考え、本部で尋問するのです。司令部は指導師の集団ですから、どんなに中佐が頑固に情報を隠しても打破されてしまいます。」
「ダメージを受けて記憶が曖昧になっていた時間のものも、引き出されるのか?」
「脳のどこかに記憶が残っていれば全て・・・心を盗まれるのと同じ状態です。」

 司令部はキロス中佐から真相を引き出せるだろう。しかしテオに、3年前バスの中で何が起きたか教えてくれない。
 テオはやるせない気分になった。自分が真相を知らなければ37人の犠牲者が浮かばれない、そんな気持ちだった。

「司令部は君にも教えてくれないのか?」
「私は完全な部外者ですから。」

 少佐も悔しそうだ。

「俺は部外者じゃない。3年前、何が起きたか知りたいんだ。」

 テオは歩き出した。病院の門をくぐった。少佐が黙ってついて来た。行くなとは言わない。病院は面会を受け付ける時間帯だった。ジープと搬送車の横を通り、正面入り口から建物の中に入った。車のそばには警護の兵士が立っていた。
 内部は普通の病院と変わらない。面会に来た家族や友人達とソファに座って話をしている入院患者や、面会者に付き添われて散歩をしている患者、スタッフと話をしている面会者。
 エレベーターの扉が開いて、ストレッチャーに乗せられた患者が兵士に囲まれて出て来た。看護士が点滴の装備を支えてくっついていた。包帯に包まれたキロス中佐の顔ははっきりと見えなかった。思わず近づこうとしたテオの腕を、少佐が後ろから掴んで引き止めた。

「中佐は麻酔で眠っています。」

と彼女が囁いた。

「一族の人間を護送する時の常識です。」

 キロス中佐は危険人物と見做されている。ダメージを受けて3年間夢と現を行き来していた彼女の精神状態を司令部は信用していない。
 ストレッチャーの後ろから内部調査班の2人が現れた。調査班の少佐がテオとケツァル少佐に気がついて顔を向けた。ケツァル少佐が彼に視線を合わせた。
 ストレッチャーと兵士達と内部調査班は外へ出て行った。
 グッと彼等を睨みつけたテオに、後ろから少佐が囁いた。

「内部調査班に、貴方がバス事故の生き残りで、事故原因の真相を知る権利がある、と伝えておきました。」
「向こうは何て?」
「上層部に伝えておく、と。」

 テオはアスルの十八番の「けっ」と言いたくなった。
 少佐はエレベーターを見た。

「フレータ少尉はまだここにいるようですね。」
「彼女は本部が知りたがるような情報を持っていないからだろう。」
「もう一度彼女に会ってみませんか?」

 彼女は既に階段に向かって歩き始めていた。テオは搬送車にストレッチャーが乗せられるのを見ていたので、気がつくと既に彼女は階段を上りかけていた。急いで追いかけた。

「フレータに今更何を訊くんだ?」
「何も得ることはないかも知れませんが、彼女はカルロが着任する迄、中佐とラバルと3人で毎日食事をしていたのでしょう?」

 あっとテオは思った。どうして今迄それを思い出さなかったのだろう。フレータ少尉はキロス中佐とラバル少尉の関係を知っていたのかも知れないのだ。

 


第5部 山の街     5

  余計なことを言った罰として、アスルはオルガ・グランデまでの運転を任された。テオはゴンザレスとハグし合って別れを告げ、再び西に向かった。途中で事故現場を通過した。昨夜は暗くなりかけていたので、気づかずに通り過ぎてしまったことを、彼はちょっぴり恥ずかしく思った。車内で犠牲者達に祈りを捧げた。こんな時だけクリスチャンになるのもどうかとは思うが、祈ることしか彼等にしてやれない。一人だけ生き残ったことに罪悪感を抱いた時期もあったのだ。身元が判明してアメリカに連れ戻された時だ。記憶を失う前の己がどれだけ我儘で身勝手で他者への思いやりの欠片もない人間だったと知った時だ。何故一人だけ死ななかったのかと苦しんだこともあった。だが、今は違う。事故の真相を明らかにする為に生き残ったのだ。彼はそう信じていた。
 軍隊流と言うか、”ヴェルデ・シエロ”流と言うべきか、アスルは山間部の細い道路をぶっ飛ばして昼前にオルガ・グランデに到着した。陸軍病院の近くでテオとケツァル少佐は車を降りた。2人を降ろすと、アスルはそのままサン・セレスト村に向かって走り去った。昼食はどうするのだろうとテオはちょっと心配した。市街地を出ると飲食店はほとんど見当たらないのだ。
 ケツァル少佐はそんな心配を全然していなくて、昨日昼食を取った店に入って、再びお昼ご飯を食べた。内部調査班はもうキロス中佐から事情聴取をしただろうか。ラバル少尉の同性の恋人を見て逆上した中佐の、個人的な動機で始まった事件を、彼等はどう処理するのだろうか。

「正直なところ、ちょっと失望している。」

とテオは言った。少佐が黙って彼を見た。

「不謹慎な考えだが、バス事故の原因が一人の女性の嫉妬心だったと言う話に収まりそうだから。国家的な陰謀があって、それを阻止する為に中佐が起こした事故だったなら、犠牲者も少しは浮かばれるんじゃないかと思ってしまったんだ。」
「確かに中佐は嫉妬心からラバル少尉と口論になり、彼の恋人から気の爆裂を浴びせられました。そして正常な判断を下せない状態で、鉱山労働者の血液を外国に売却した医師を追いかけました。バスの中で何が起きたのかはわかりませんが、少なくとも痴話喧嘩ではなかった筈です。」

 テオは何気なく店の厨房の方を見た。コックが羊の肉を焼く匂いが漂っていた。

「もしかすると、中佐はバルセル医師に労働者の名簿を渡せと迫って拒まれたんじゃないかな。医者にすれば突然バスに乗り込んで来た軍人の女に大事な商売道具を渡したくなかったろうさ。或いは、名簿なんて持っていなかったかも知れない。医者が名簿を持ってアスクラカンに行ったと言うのは、アンゲルス社長から中佐が引き出した情報だろ? バルセルは名簿を自宅に置いて出かけたのかも知れないじゃないか。兎に角、中佐は名簿を手に入れることが出来なかった。」

 カウンター越しに、コンロの炎が一瞬高く上がるのが見えた。羊の脂が滴り落ちたのだ。

「キロス中佐は朦朧とした頭で思ったんじゃないか? 名簿を渡してもらえないのなら、ここで焼き払ってしまおう、と。」

 少佐が彼の想像に驚いて口を開けた。そして小さく頷いた。

「彼女は焼いてしまったのですね、名簿ではなく、バルセルと乗客達を・・・」
「そして運転士までも・・・”ヴェルデ・シエロ”が含まれているかも知れない名簿を外国に渡すぐらいなら、バスの乗員乗客を皆殺しにしてでも阻止しようと彼女は思ったに違いない。」
「そして一族の力が及ばない貴方だけが燃えなかった・・・」
「おかしな話だが、それしか思いつかない。」

 いきなり少佐が皿の上の食べ物を口に忙しく運び出した。さっさと食べて、さっさとキロス中佐に会おうと言うことだ。テオも慌ててフォークを持ち直した。

第5部 山の街     4

 就寝したのが何時だったのか、テオは覚えていない。2人並んで天井を見上げながら、ラバル少尉とディンゴ・パジェの今後を考えたりしているうちに眠くなって寝てしまった。目が覚めた時はもう日が昇りかけていて、台所でケツァル少佐が豆を煮込む匂いが漂っていた。家の外に出て共同井戸で顔を洗っていると、アスルがやって来た。朝食の支度だ。

「自宅に帰った巡査の分は必要ないぞ。」

と言うと、アスルはわかっていると言いたげにチラリと見返しただけだった。
 朝食は大統領警護隊とゴンザレス家の2人で台所と居間の好きな場所で取った。ギャラガが気を利かせて夜勤の巡査へパンとコーヒーの差し入れを持って行った。

「さて、今日の予定ですが・・・」

 ロホが少佐にお伺いを立てるかの様に上官を見た。

「土曜日の軍事訓練は終了です。」

と少佐が宣言した。

「ロホとアンドレはアスクラカンで得た情報を本部の内部調査班に報告しなさい。向こうが越権行為だと言えば、私の命令でしたことだと言いなさい。事実ですから。」

 テオはロホがちょっと悲しそうな顔をしたことに気がついた。密かに恋路を楽しんでいた軍人と民間人の細やかな幸福が突然の上官の出現で壊されてしまったことへの、同情だろうか。 ギャラガの方は平然としていた。もしかするとサスコシ族の男に何か気に障ることを言われたので、同情する気にならないのかも知れない。
 ロホは上官の言葉に短く「承知」と答えた。そして少佐に、貴女は? と尋ねた。

「私はオルガ・グランデに戻ってもう一度キロス中佐に会って見ようと思います。」

 彼女が振り返ったので、テオは「俺も行く」と言った。彼女が頷いた。アスルが尋ねた。

「私はどうしましょうか?」
「貴方はサン・セレスト村へ行って、カルロにこれ迄にわかったことを伝えて下さい。彼は遊撃班から撤収命令が出る迄あの村から動けません。恐らく何が起きていたのか、内部調査班は遊撃班に教えないでしょうから、きっと彼はヤキモキして過ごしていることでしょう。」
「ガルソン大尉とパエス中尉に情報を与える必要はありませんね?」
「必然性はありません。彼等が庇ってきた上官が、極めて個人的感情でラバル少尉との間に問題を起こし、その結果自分が傷ついてしまったことを知れば、彼等はどうするでしょうか。」
「なんだか惨めです。」

とアスルが呟いた。

「彼等は自分達のキャリアに傷が付くことも辞さない覚悟で上官を庇って来たのに。」
「3年前バスの中で何が起きたのか、真相が解明される迄、太平洋警備室の2人には情報を与えない方が良いでしょう。司令部が真相解明前に彼等を更迭してしまう可能性もありますが、恐らく彼等にキロス中佐が明かす真相を本部が教えると思えません。」
「では、ステファン大尉に情報を伝えたら、グラダ・シティに帰還します。」

 少佐が立ち上がったので、男達も立ち上がった。敬礼を交わし、ロホとギャラガは外へ出て行った。ロホのビートルに彼等が乗り込む音が聞こえた。
 アスルが素早く動いて食事の後片付けを始めた。オルガ・グランデまで、昨夜使用したレンタカーで3人一緒に戻るのだ。テオは署へ行って、巡査達に挨拶した。

「いきなり押しかけて、すまなかった。」
「構わないよ、大統領警護隊と同じ屋根の下で仕事をしたなんて、末代までの自慢になる。」

 大袈裟だな、とテオは笑った。

「だけど、良い人達だったな。」

と別の巡査が言った。

「みんな親切だった。もっと怖い連中かと思っていたけど。」
「うん、テオが語っていた通りの気の良い人達だ。」
「大統領警護隊はセルバ国民を守っているんだ。悪いことさえしなければ、国民には優しいんだよ。」

とテオは言った。
 家に帰ると、ゴンザレスが居間の椅子に座って、困惑していた。大統領警護隊が台所で皿や鍋を洗ったり、寝室に掃除機をかけているのだ。田舎の警察署長はとても困っていた。ケツァル少佐がモップ掛けも必要ですかと訊いた時、彼は結構と即答した。

「それは倅の仕事だ。客にしてもらうことじゃない。」

 少佐が真面目に反論した。

「我々は客ではなく、業務でここを使用しました。撤収に際して掃除をするのは当たり前です。」
「しかし・・・」
「親父!」

 テオは声をかけた。

「この人達はいつもしていることをしているだけだ。口出しするなよ。」

 すると後ろでアスルが言わなくとも良いことを呟いた。

「そのうち少佐の家になる可能性もあるしな・・・」



第5部 山の街     3

  アントニオ・ゴンザレスの家は平家で、エル・ティティの庶民の普通の家屋だった。部屋の配置も単純で、入り口を入るとすぐに居間、その横に台所と食堂、奥に寝室がその家の家族の数や裕福度によっていくつか造られていた。ゴンザレスの家は寝室が2つ、夫婦と息子の部屋だったが、妻子を疫病で失った彼は、狭い方の息子の部屋だった寝室に移った。仕事を終えて帰宅すれば寝るだけだったから、広い方の夫婦の寝室は数年間空き部屋だった。物置代わりに使っていたが、若いテオを養子にした時、ガラクタを捨てて新しく息子になった男に譲った。
 テオにしても週末に帰るだけだから、広い部屋は勿体無いと言ったのだ。しかしゴンザレスは彼に使って欲しかった。

「この家はいつかお前に譲るんだ。今からでも早くない、主人の部屋を使え。」

 テオはゴンザレスにもまだ新しい恋をする機会があるのに、と思ったが、厚意を有り難く受けることにした。もしかすると、ゴンザレスは新しい恋人が出来たら、この家を出て行きたいのかも知れない。天に召された妻と息子の思い出を新しい女性と共有することは出来ないのだろう。いっそのこと他人である養子とその彼女に使ってもらった方が良い、と考えているに違いない。
 そう言う訳で、テオの寝室には、今、ケツァル少佐がいて、夫婦の為の幅があるベッドの両端に彼女と彼は座っていた。寝るにはまだ少し早い時間だが、ゴンザレス家にテレビはない。昔はあったが、故障して、そのまま修理もせずに放置して、今やアナログの地上波用テレビは使えない。

「何か手がかりでもあったかい?」

とテオは調べ物の成果を尋ねた。すると少佐は言った。

「何も出ませんでした。しかし、それが却って奇妙です。」
「奇妙?」

 少佐は携帯で何かを検索した。そして見つけた写真をテオに見せた。それは崖から転落して谷底に横たわるバスの画像だった。南米の山岳地帯で起きた事故だ。

「このバスは100メートルの高さから落ちて、潰れています。」
「うん、潰れているな・・・」
「乗客の半数が不幸にも亡くなりました。」
「半数?」
「47人中19人です。」
「ほぼ半数だな・・・」
「バスは焼けていません。生存者もいます。」

 テオは画面から視線を外して少佐を見た。少佐はまた別の画像を出した。それも別の国で起きたバスの転落事故だ。

「これも、死者が出ましたが、バスは焼けていません。」
「バスは転落しても焼けなかった?」
「ガソリンタンクに火が付けば燃えます。でも、火を出したバスでも、何もかもが焼けて残らないと言う事故はありませんでした。エル・ティティの事故は犠牲者全員が焼けていたでしょう?」

 テオは黙り込んだ。彼は火傷を負っていなかった。左大腿骨骨折と全身打撲、無数の挫創、それが救助された直後の彼の状態の記録だった。
 少佐が続けた。

「犠牲者の記録に目を通しました。身元が判明した人は、火傷を負っていなかった体の部分や歯形が判断材料になっています。骨折や大きな衝撃を受けて亡くなった人もいますが、37人全員が火傷を負っていました。おかしいでしょう? 車外に投げ出された人まで焼けていたなんて。」

 テオは身震いした。

「誰かが、バスの中の人間全員を焼き殺そうとしたのか?」

 少佐が空中を眺めながら囁いた。

「体に火が付いてパニックに陥った運転士が、ハンドルを切り損ねて、バスを崖から落としたのだと思います。バスが落ちて火が出たのではなく、火が先に出て、バスが落ちたのです。」

 テオは深呼吸した。息が苦しい。頭痛もした。いつの間にかケツァル少佐が隣に座り、彼の背中に手を当てていた。

「大丈夫ですか?」
「ああ・・・バスの中で起きたことを想像しただけだ。思い出した訳じゃない。」

 テオは顔を上げて彼女を見た。

「きっと俺はその場面を目撃している。ただ、何が起きているのか理解していなかったと思う。目の前で信じられない出来事が発生して、頭の中が真っ白になった筈だ。俺の脳はそれを認めるのを拒否したんだ。」
「貴方だけが焼けなかった。貴方は私達の”操心”が効きません。それを考えると、恐らく・・・」

 少佐が不意に語気を強めた。

「火をつけたのは一族の人間です。そしてあの時バスに乗っていた”シエロ”はカロリス・キロス中佐一人だけだった筈。」



2022/02/11

第5部 山の街     2

 アスルは別に手の込んだ料理を作った訳ではなかった。普段と同じように鶏肉と野菜を煮込み、米を蒸して、皿にそれらを盛り付け、付け合わせに彩が美しく見える様に野菜を置いただけだ。しかし、その彩が若い巡査達を感激させた。エル・ティティの街の飲食店でそんな盛り付けの食事を出す店は、デートの時ぐらいしか利用しない。彼等は交代で署長の家の狭い食堂で食事をしたので、その間テオとアスルはずっと給仕と皿洗いをしていた。

「この町で大勢で会食出来る場所と言ったら、教会か町の広場しかないんだ。」

とテオは言い訳した。アスルは別に給仕係が苦にならなかったので、その言い訳を無視した。彼は巡査と大統領警護隊が食べ終えてやっと2人の順が回って来た時に言った。

「あんたは、俺がバス事故が起きた時間に跳んで、実際に起きたことを見ないのかと思っているんじゃないか?」 

 テオは皿から顔を上げた。ちょっとびっくりした。本当に彼はそう考えたこともあったのだ。しかし、すぐにそれは無理だと気がついたので、自分の中で却下した。

「俺が少佐とカルロと”星の鯨”の聖地に行った時・・・」

 アスルが彼を見つめた。

「グリュイエ少尉が少佐とカルロの前に現れた話を聞いただろ?」
「ああ・・・」

 グリュイエ少尉は、アスルの後輩だった。アスルに憧れて文化保護担当部に配属されることを望み、その希望が叶った日に、グラダ・シティでバス事故に遭って亡くなった。テオはカルロ・ステファン暗殺計画を解明する為に、ケツァル少佐とステファン、ロホと共にオルガ・グランデの地下深くにある”暗がりの神殿”へ下りて、そこから偶然”ヴェルデ・シエロ”の英雄達が亡くなってから集まる聖なる場所に行き着いた。そこで少佐とステファンはグリュイエ少尉の霊と遭遇したのだ。
 少尉の亡くなり方を少佐から聞かされた時、テオは其れ迄何故アスルが彼に対して毛嫌いする態度をとっていたのか理由がわかった気がした。

「君が彼を救おうと彼の最期の瞬間に跳んだ話を少佐から聞いたんだ。君は彼を救えなかった。」
「あいつは自分が助かる為にバスの残骸を吹き飛ばしたら、救助の為に集まりつつあった市民を巻き添えにするとわかっていた・・・」
「もし君がエル・ティティのバス事故の現場に跳んだら、また君を苦しめると思ったんだ。」

 アスルは「けっ」と言った。それっきりその話題は出なかった。もし過去に跳んで当時の人を救助したら歴史が変わる。それは絶対にしてはならないことだとオクターリャ族の掟で定められている。きっと規則以上の恐ろしい時間の法則か何かがあるのだ、とテオは予想していた。

「キロス中佐の記憶に事故の瞬間がない。アスクラカンのサスコシの男はバスが事故に遭う場面を見ていない。俺にも記憶がない。また調査のやり直しだ。中佐が異常な状態になった原因はわかった。だけど、中佐がバスに乗ったのなら、絶対に何かが起きたんだ。」

 アスルが何かを考えながら、ゆっくりと言った。

「あの事故のニュースを聞いた時、俺達はロザナ・ロハスを追っていた。あの女が強い呪いの力を持ったネズミの神像を持っていると思い込んでいた。だから、バス事故は、ネズミの神様が呪いの力を発揮させたのだと思った。」
「うん。それで少佐がここの警察署に来て、初めて俺は彼女と出会ったんだ。結局ネズミはその時既にアンゲルス社長の寝室に置かれていたが。」
「つまり、ネズミはバス事故とは関係がなかった。」
「関係があるとしたら、脳にダメージを受けて朦朧としたキロス中佐しか考えられない。」
「だが、俺達にはテレポーテーションとか、バスから飛び出して無傷で助かるなんてことは出来ない。」
「人間だもんな。」
「スィ。それに脳にダメージを受けた者がそんな急場で脱出出来る可能性もない。」

 その時、家の入り口のドアが開く音がしたので、テオとアスルは口を閉じた。一番最後に食事を取る為に、ゴンザレス署長が勤務を終えて帰って来たのだ。テオよりも早くアスルが席を立ち、署長の食事を用意した。普段から上官の世話をしているので慣れている。台所のテーブルの前に座ったゴンザレスは、目の前に置かれた皿を見て目を細めた。

「若い連中が、店の飯より美味かったと褒めていたが、実に良い匂いだ。評判は本物だな。」

 アスルは照れ臭かったので黙っていた。彼等は再び食事を再開した。

「それはそうと・・・」

とゴンザレスがアスルを見た。

「貴方達はどこで寝るんだ? 大尉が寝袋を持参していると言っていたが、少佐は女性だ。床に寝かせる訳にいかない。」
「お構いなく。我々は慣れている。」
「いや、大統領警護隊を床に寝かせたなんて知ったら、州警察の偉いさんが煩い。と言っても、この町の宿屋は1軒しかないし、グラダ・シティから来た人が泊まれる様な部屋じゃない・・・」

 ジャングルの木の上でも平気な大統領警護隊はゴンザレスの心配を無用だと思っているので、アスルはテオを見た。署長に心配するなと言え、と目で訴えてきた。ゴンザレスはケツァル少佐がお金持ちのお嬢様だと知っているから心配しているのだ、とテオは思い当たった。だから彼は養父を宥めた。

「少佐は女性だけど、ジャングルの野営や砂漠での野宿に慣れているんだ。軍隊にいたら、どんな状況でも眠れる訓練を受けるんだよ。だから親父が気に病む必要はないんだ。」
「しかし、都会と違って、ここは山の町だ。夜中は冷えるぞ。」

 するとアスルが妥協案を思いついた。

「署長、貴方の警察署には、監房はいくつある?」
「3房だが・・・」

 答えてゴンザレスが彼の質問の意図を悟った。

「監房で寝るのか?」
「寝台はあるだろ?」
「あるが・・・」
「そこに男は寝袋を置いて寝る。少佐は・・・」

 アスルがテオを見た。ゴンザレスもテオを見た。テオはドキッとした。

2022/02/10

第5部 山の街     1

  エル・ティティ警察の署長アントニオ・ゴンザレスは署に集結した”ヴェルデ・シエロ”達にコーヒーを出すと、当惑した面持ちで養子のテオドール・アルスト・ゴンザレスを見た。4人の若い巡査達も心なしか部屋の隅に集まって大統領警護隊を眺めている様な雰囲気だ。尤も彼等は実際のところ彼等の机の前に座っていただけだ。彼等の気分が萎縮しているのだ。テオは警察官達に申し訳ない気持ちだった。しかしケツァル少佐以下、ロホ、アスル、そしてギャラガは、警察官達の気分を推し測ることもなく、3年前のバス事故の調査資料と引き取り手がない犠牲者の遺品やバスの残骸を署の資料室で調べていた。長閑な田舎町で発生した大事故だったので、当時の資料は多かった。エル・ティティ警察は事故原因の調査や、犠牲者の身元確認の為によく働いたのだ。テオの身元調査の記録もあった。

「デジタル化していればグラダ・シティでも閲覧出来たのにな。」

とテオが言うと、ギャラガが小さな声でいった。

「本部もこんな様なものです。」

 書類仕事が苦手なアスルは、時計を見た。彼等は午後になってから、オルガ・グランデとアスクラカンをそれぞれ発ち、エル・ティティで合流したのだ。そろそろ夕食を作る頃だ、とアスルは思った。それでテオに声を掛けた。

「ここの連中は晩飯をどうするんだ?」
「夜勤当番以外は自宅に帰って食べるんだ。」

 アスルは少佐をチラリと見た。ケツァル少佐は部下の心の動きを敏感に察した。彼女は資料を捲りながら言った。

「きちんと署長の許可を得てからになさい。」

 アスルは敬礼すると、資料室を出た。テオは急いで彼を追った。
 ゴンザレスの机の前に立ったアスルは署長に敬礼してから用件を述べた。

「貴官の家の厨房をお借りしたい。」

 ゴンザレスが巡査から提出された報告書から顔を上げた。大統領警護隊の中尉の言葉の意味がすぐに理解出来なかったのだ。するとテオが後ろから「通訳」した。

「彼が家の台所を使って晩飯を作りたいと言ってるんだ。」
「・・・中尉が?」

と言ったのは、一番古参の巡査だ。ちょっと驚いていた。大統領警護隊と言えばセルバ共和国の軍隊の中で最もエリートだ。それが料理をしたいと言っている。テオが説明した。

「彼は料理が得意なんだ。俺のグラダ・シティの家に下宿しているんだ。家賃を安くする代わりに、手が空いている時に食事の支度をしてくれるんだが、凄く腕が良い料理人だ。」

 すると独身の巡査達の目が輝いた。テオは署長を見た。ゴンザレスが当惑して言った。

「家の台所は大人数の料理を作れる様な設備じゃないぞ。」
「心配無用。」

とアスルが言った。

「野営で慣れている。」

 流石に軍人だ、と巡査達が囁き合った。テオはゴンザレスに期待感を込めて視線を送った。ゴンザレスが頷いた。

「メルカドが閉まる前に買い物をしなきゃいかんぞ。それに誰が食材の金を払うんだ?」

 資料室の戸口にケツァル少佐が姿を現した。彼女がアスルに財布を投げ渡したので、ゴンザレスもテオに紙幣を数枚差し出した。

「うちの若いもんの分だ。お前も一緒に買い物に行って来い。」

 


第11部  紅い水晶     10

  ケツァル少佐がロカ・エテルナ社の駐車場に車を停めたのは午後1時を少し回った頃だった。セルバ人なら昼食を楽しみ、昼寝を考える時間だ。少佐は指示された階の指示された場所に車を置いて、すぐ背後にあった扉の中に入った。ガラス張りの渡り廊下を通り、次の扉を開くと、そこはロカ・エテルナ社...