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2022/03/14

第6部 訪問者    1

  テオドール・アルストが授業を終えてホワイトボードの文字を消していると、事務員が教室に入って来た。来客があるがこの場所に通しても良いか、と訊くので、テオは教室を次の科目の講師の為に空けなければならないのでカフェで会う、と告げた。事務員は客にカフェへ行くよう伝えると言った。

「ベアトリス・レンドイロと言うジャーナリストです。黄色のスカーフを首に巻いていますよ。」

 テオはその客の名前に聞き覚えがあるような気がしたが、どこでその名を見たのか聞いたのか思い出せなかった。事務員は大きなクシャミをして、教室を出て行った。
 教室を片付けてから、テオはカフェへ行った。昼食にはまだ時間が早く、カフェにいるのは授業の予習をしている学生達ばかりだった。
 鮮やかな黄色のスカーフを首に巻いた白人と思われる女性が座っていた。薄い緑色のサングラスをかけていたが、テオが声をかけると眼鏡を外して立ち上がった。

「シエンシア・ディアリア誌のレンドイロです。有名な遺伝子学者のアルスト准教授にお目に書かれて光栄です。」

 テオはその雑誌を読んだことがなかったが、名前は知っていた。そしてレンドイロの全身から漂う香水の香りが強いことにちょっと退いた。握手をして、着席を促し、2人は向かい合って座った。

「今日はどの様な御用件でしょう?」
「アルスト先生のご専門ではないので、お気を悪くなさらないよう願いますが、」

とレンドイロが切り出した。

「サン・レオカディオ大学考古学部がクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の許可を取ったことはご存知ですね? 先生は大統領警護隊文化保護担当部の隊員達と親交がおありだと伺っております。」
「彼等とは親しい友人です。サン・レオカディオ大学のモンタルボ教授とも顔見知りです。それが何か?」
「発掘作業の取材をしたいのですが、モンタルボ教授は大統領警護隊の許可がなければ取材の為の同行を認めないと仰るのです。」

 つまり、テオからケツァル少佐に顔つなぎして欲しいと言うことか。それにしても・・・

「発掘作業に同行すると言うことは、貴女も海に潜られるのですか?」
「スィ。ダイビングは得意です。素潜り漁の漁師の密着取材の経験があります。取材の協力金も微々ながら支払います。どうかミゲール少佐に許可を頂けるよう、先生からお願いして頂けませんか?」

 媚びるような目つきでレンドイロが見つめてきた。多分、彼女は美人なのだろう。魅力的と見る男性も多いのだろう。しかしテオは先住民やメスティーソの女性の方が好みで、彼女には魅力を感じなかった。少なくとも、彼女の色気で心が揺らぐことはなかった。
 彼女が名刺を出した。出版社名と彼女の名前が書かれていた。肩書きは編集長だ。テオはその名刺と同じものを見た記憶があった。

「もしかして、貴女は以前ここの考古学部を訪問されたことがありましたか?」
「スィ!」

 レンドイロが元気良く答えた。

「ケサダ教授に面会しました。あの時は、遺跡取材の許可を頂けましたが、教授とお会いしたのはあの面会の時だけで、その後の相手をしてくれたのは学生や助手だけでしたわ。」

 彼女が笑った。テオも笑った。ケサダ教授はあの時、クシャミに悩まされた。客の香水にアレルギー反応が出たのだ。テオは彼女に尋ねた。

「素敵な香りの香水ですが、なんという銘柄ですか?」

 するとレンドイロは聞いたことのないマイナーなブランド名を教えてくれた。テオはそれを記憶した。後で分析して教授のアレルギーの原因を突き止めてやろう。

「少佐には話しておきましょう。しかし、許可が出る保障はありませんよ。」


第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...