間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。
「貧血ですか?」
「そう見えますか?」
「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」
「彼は怪我をしていません。」
「そうですか、兎に角代用血液を注入します。」
救急隊員達はストレッチャーの上にトーレスを移動させた。素早くバイタルチェックを行い、代用血液の点滴を始めた。ロホは液剤が緩やかにチューブに落ちて行く様を見た。トーレスは生きている。
患者を救急車に乗せると言うので、ロホはストレッチャーを階段から下ろすのに手を貸した。ギャラガも走って来て手伝った。
ケツァル少佐は家の中が薄暗くなっていることに気がついた。時刻はまだ午後3時になっていなかった。空が曇っているのだ。
ストレッチャーが階下へ辿り着いた時、窓の外で稲妻が光り、突然滝のように雨が降り出した。セルバではスコールがよく来るので珍しくないが、この時はまだ季節的にそんなに多くない時期だった。開放されたままの玄関から雨が降り込んで来た。
「面倒だな。」
と救急隊員の一人が呟いた。患者を雨で濡らしてしまうのだ。しかし雨が止むの待って患者の治療を手遅れにしてしまう訳にいかない。点滴のパックを手にしていた隊員が近くにいたギャラガに声を掛けた。
「2階からシーツを取ってきます。それまでこれを持っていて下さい。」
ギャラガに点滴パックを押し付けると、彼は階段を駆け上がった。ケツァル少佐は、彼女に頼めば良いのに、と思いつつ、廊下の突き当たりの窓から見える空を見ていた。真っ黒な雲の向こうの端が白く見え、スコールは10分もすれば小降りになるだろうと思われた。
トーレスの寝室からシーツを掴んで救急隊員が走り出して来た。彼はシーツの端を踏んだのか、一瞬足を止め、ちょっと屈んだがすぐに体勢を整え、階段を駆け下りた。
トーレスの体にシーツを掛けると、救急隊員達は門の外に停まっている救急車に向かって走った。一緒に走ったギャラガが搬送先となる病院の名を尋ね、ロホが彼に救急車に同乗して行って来いと命じた。救急隊員は大統領警護隊が同乗することに一切文句を言わず、トーレスとギャラガを乗せると扉を閉じて走り去った。
慌ただしく去っていく救急車の音を聞きながら、ケツァル少佐は電話を出し、カサンドラ・シメネスに掛けた。ディエゴ・トーレスを保護して病院に搬送させたことを告げてから、彼女はふと廊下に視線をやった。そしてギクリとなった。
紅い石がない!
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