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2023/02/01

第9部 古の部族       1

  チャパが言った通り、カーブを3つ過ぎると民家が見えた。少し離れて緑色の平地もあったので、どうやらトウモロコシ畑と思われた。ぽつりぽつりと建っている民家の外観は土壁に瓦を載せたもので、どれも平家だ。伝統的な農耕民の家だ、とマイロはちょっと明るい気分になった。サシガメがいるかも知れない。

「あの村へ立ち寄ろう。」

彼が指差して言うと、チャパが「え?」と言う顔をした。

「先住民の村ですよ。」
「それが問題かい? いかにもサシガメがいそうじゃないか。」
「僕はこっちの先住民との付き合い方を知りません。」

 暫く車内に沈黙が漂った。マイロはグラダ・シティでも先住民と付き合った覚えがなかった。少なくとも研究者と学生として言葉を交わしたことはあっても、普通の住人の家を訪ねたことはない。考えて、マイロは質問した。

「贈り物が必要だろうか?」
「そんな物は要らないと思います。村をただ訪問するだけなら・・・でも僕らは家の壁の中にいる虫を探すでしょう?」

 そうだ、いきなり他所者が来て自分の家の壁を見せろと言ったら、誰でも愉快じゃない。マイロは後部席に体を向けて、リュックから水筒を出した。そして中の水を外に捨てた。

「水を分けてもらおう。」

 チャパは無言で次の分岐で村に向けてハンドルを切った。

「言葉はスペイン語で通じるよな?」
「電気が通っているから、テレビを持っているでしょうし、大丈夫でしょう。」

 言われてみれば、電柱が街の方から並んで立っていた。未開地ではないのだ。未舗装の細い道路を走って、最初の民家の前に車を停めた。
 前庭に鶏がいた。古いピックアップトラックが1台駐車していた。裏手に洗濯物が干されているのがチラリと見えた。どこかで犬が吠え、家の中から初老の女性が出て来た。マイロが車から降りると、ちょっとびっくりしたようだ。それがマイロの肌の色に驚いたのか、ただ知らない人が来たから驚いたのかは不明だった。チャパも運転席から出たので、マイロは「オーラ!」と声をかけた。水筒を見せた。

「今日は。少し水を分けていただけますか?」

 女性は無言でマイロからチャパに視線を映した。チャパが挨拶した。

「今日は。僕達はグラダ・シティから来ました。これからオルガ・グランデの市街地に行きます。」

 すると女性は手で「そこで待て」と合図して、家の中に入って行った。マイロは助手を振り返った。チャパが苦笑した。

「どうやら、女性は見知らぬ男性と口を聞かない、って言う風習が残っているみたいです。」

 その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、家の中から先刻の女性より少し若く見える男性が出て来た。服装は普通にボタンダウンのシャツにデニムボトムだ。マイロは以前チャパが見せてくれた挨拶を思い出して右手を左胸に当てて見せた。

「ブエノス・タルデス(今日は)。」

 男性はちょっと眉を上げて、それから同じ動作をした。

「ブエノス・タルデス。どんな御用ですか?」

 目は水筒ではなくマイロの額を見ていた。相手の目を見つめるのはタブーになっている国だ。マイロに訪問の真意を尋ねている、とマイロは感じた。こんな村に水を求めに来る旅人などいないのだろう。
 マイロは腹を決めた。


第11部  紅い水晶     19

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