2021/12/15

第4部 忘れられるべき者     13

 「ところで・・・」

 ケツァル少佐はテーブルの上の残り少なくなった料理を眺めながら尋ねた。

「貴方がストックしているD N Aは私のものだけですか?」
「それは”ヴェルデ・シエロ”のもの、て言う意味かい?」
「スィ。」

 テオはチラリと自分の寝室のドアを見た。寝室は、書斎も兼ねていた。そこにラップトップやU S Bなどの仕事道具を置いてある。

「正直に打ち明けると、マハルダと彼女の友人のメスティーソの子数人のデータも持っているんだ。マハルダが協力してくれて、比較検討する為のデータを作った。メスティーソだけど”ティエラ”との違いは少しわかってきた。どの因子がどんな能力に関係しているのかはわからないがね。でもD N Aを見て、”シエロ”の血を持っているか持っていないかはわかる。」
「部族の差はわかりますか?」
「難しいなぁ。マハルダはブーカだから、ブーカ族のメスティーソが多いんだ。それに血の割合でも因子の有無が違ってくるから。君達のD N Aは本当にデリケートなんだよ。」
「でも、大体ブーカ族であると言うことはわかります?」
「例えば、オクターリャが混ざっていたら、わかるかも知れないが・・・」

 すると少佐はリビングの方へ顔を向けた。

「アスル!」
「はい!」

 サッカー中継に集中していた筈のアスルが、ソファからパッと立ち上がった。やっぱり俺達の会話に聞き耳を立てていたんだ、とテオは可笑しく思った。少佐だって内緒話をしていても部下に聞こえて悪い話なら、こんな場所でしない。部下に聞こえても構わない、しかし部外者には聞かれたくない話だ。
 彼女がアスルに言った。

「ドクトルに貴方のサンプルを提供してもらえませんか?」

 少佐は「個人的興味」の件なので、命令はしない。しかし、部下からすれば上官の個人的な要請も命令に近い。
 アスルがテオを睨みつけた。少し勘違いしている、とテオは感じたので説明した。

「細胞を採取すると言っても、皮膚を切り取ったり血液を採取したりする必要はないんだ。綿棒で口の中の、頬の内側をちょっと擦ってくれたら良いんだ。」
「その程度か?」

とアスルが不安を押し隠しながら尋ねた。きっと注射を心配しているのだ。テオは立ち上がった。

「検査用キットがあるから、今採ってしまおう。俺のも比較用に採る。」

 彼が寝室へ道具を取りに行くと、少佐が部下に笑いかけた。

「貴方にも怖いものがあるのですね。」
「私は白人の医療が信用出来ないだけです。」

 ツンツンしているアスルのところへ、テオが道具を持ってやって来た。

「テレビで見たことがあるだろう? 綿棒でちょこっと擦るだけさ。」

 彼は1本の綿棒をアスルに渡し、己も1本手に取って口の中に入れた。やって見せると、アスルも素直に同じことをしてくれた。それぞれの綿棒を容器に入れ、油性ペンでTとAと書いて冷蔵庫に入れた。

「明日研究室に持って行く。問題は、本命の教授だな。」

 ケサダ教授は大学のサロンでコーヒーを飲みながら新聞を読むのが休憩時間の過ごし方だ。彼に怪しまれぬよう気をつけて紙コップを採取しなければ、とテオは考えた。
 アスルが上官に声をかけた。

「少佐、鍋にまだ鶏肉のほろほろ煮込みが残っていますよ。」
「そうですか。」
「皿はご自分で出して下さい。」
「私は食べに来たのではありません。」

と言いつつ、少佐はテオに目で命じた。「よそって」と。



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