ラベル 第11部 太古の血族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 第11部 太古の血族 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024/09/27

第11部  太古の血族       2

  泣く子も黙るファルゴ・デ・ムリリョ博士をパシリに使うのか? ギャラガは呆れてアンヘレス・シメネスを見つめた。しかし高校生の少女は臆することなく祖父を見ていた。ムリリョ博士は溜め息をつき、彼女に向かって手を差し出した。アンヘレスは右肩から斜に下げていたポシェットから薬袋を取り出し、祖父に手渡した。

「お薬はこれまでと同じ内容で、同じ服用で良いんですって。」

 ムリリョ博士は小さく頷いた。そしてギャラガを振り返った。ギャラガは一瞬焦った。アンヘレスと待ち合わせしていたなんて誤解されたくない。彼女は魅力的だが、まだ1回しか会ったことがないのだ。それも1対1ではなく、仲間と一緒に道端にいた彼のそばを彼女が偶然通りかかったのだ。彼女が話しかけたのは、テオドール・アルスト遺伝子工学准教授だ。あれから一度も会ったことも電話で話したこともない。

 いや、文化保護担当部の窓口に彼女が来たっけ?

 内心焦りっぱなしのギャラガに博士がじっと視線を向けていた。ギャラガは慌てて言った。

「レポートの提出期限ですが、2日程延期していただけませんか? 大統領警護隊の本部研修日がレポート期日と重なるので・・・」
「その前にレポートを書いてしまえば問題無かろう。」

 ムリリョ博士は冷酷に言い放ち、それ以上は何も言わずにさっさと歩き去った。
 遠ざかって行く祖父の後ろ姿を見送ってから、アンヘレスがギャラガに向き直った。

「いつもあんなの?」
「スィ。貴女のお祖父様は学生に厳しいですよ。」

 ギャラガは溜め息をついた。今夜から大急ぎで資料を集めて文章を作成しなければならない。3日後には研修が始まる。
 アンヘレスが窓の外を指差した。

「数分だけお時間を下さらない? あちらでお話ししましょう。」

 何の用事だろう、と思いつつ、ギャラガは承知して、2人で建物から出た。人文学学舎と自然科学学舎の間の庭には、ベンチとテーブルが点在していた。学生達がそこで勉強したり休憩しているのだ。
 彼等は空いたテーブルと椅子を見つけ、向かい合って座った。

2024/09/26

第11部  太古の血族       1

  アンドレ・ギャラガはスクーリングで大学の講義に出席した。通信制の学生なので、滅多にキャンパスに出ないし、出すのはレポートばかりだが、時々担当教官の講義がある。これには出なくてはならない。何しろ、彼の正規の担当教官は、ムリリョ博士だから。
 博士の講義は、セルバ国内の遺跡で発掘されたミイラから分かる古代の気候変動の話だった。文化や歴史ではなく、気候だ。古代のセルバがどの様な天候で、それが人民にどんな影響を与えたのか、政治や文化、社会情勢への影響をミイラの状態から考察するのだ。
 グロテスクな祖先のミイラの写真を学生達は2時間たっぷり見せられ、博士の時々の沈黙の重苦しさに耐えた。

「”ヴェルデ・シエロ”と呼ばれたとされる古代セルバ人は・・・」

と博士は講義の終盤になって、初めて特定民族の呼び名を出した。

「優秀な天文学や科学分析力で他部族を支配し、国土を治めていたが、結局のところ予測出来た天災から国民を守るところまでは十分な力を発揮出来なかった。旱魃や洪水を止めることは出来なかったのだ。そして人心は支配者から離れていった。恐らく土木工事に関する技術の限界が見えたのだろう。支配力が弱まり、為政者を出す部族の交代が各地で早まり、アケチャ族やオルガ族の勢力が強くなっていった。ミイラとなって現れる民族が変化するのは、この気候変動が激しくなった頃だ。神官や巫女、兵力を動かす司令官など、当時の支配者達は”ヴェルデ・シエロ”から東部はアケチャ族、西部はオルガ族に置き換わった。そして彼等は墓所も支配し、古いミイラを廃棄したのだ。よって、現在発掘されるミイラの99パーセントは現代人と変わらない民族で、”ヴェルデ・シエロ”と思われるものは1パーセントにも満たない。」

 学生の一人が手を挙げた。博士がそちらを見て、頷いたので、学生が質問した。

「”ヴェルデ・シエロ”は超能力が強過ぎて、生物学的に繁殖能力が劣り、絶滅したと真剣に語る人類学者がいますが・・・?」
「ミイラからそんな結論は引き出せない。」

と博士は真面目な顔で彼に言った。

「もし君と私がミイラとなって、後々の世に発掘されたとしよう。どんなに科学が進歩していても、君が私より繁殖能力が優れていると分析されることはない。」

 ギャラガは質問した学生の隣の女性が囁くのを聞いた。

「干物から生殖能力を判定するのは無理ってことよ。」

 彼は吹き出しそうになり、我慢した。ムリリョ博士は彼女の声が聞こえたのだろう、その女子学生に頷いて見せた。

「スィ、我々は今、人間の干物の話をしている。」

 女性が赤くなった。ギャラガは必死でニヤニヤ笑いを消した。
 博士は次のレポートの課題を口頭で告げ、講義を終えた。
 さっさと教室から出ていく博士を追いかけてギャラガが廊下に出ると、そこに若い女性が立っていた。ギャラガはちょっとびっくりした。

 アンヘレス・シメネスだ!

 ムリリョ博士の孫でケサダ教授の長女だ。アンヘレス・シメネスは祖父の顔を見て微笑んだ。

「お祖父様、用事を頼んでもよろしい?」
「なんだ?」

 博士はニコリともせずに孫娘を見た。それからギャラガが見ていることに気づいた。ギャラガは博士の機嫌を損ねたくなかったが、レポートの提出期限の延長を頼みたかったので、黙ってそこに立っていた。
 アンヘレスが言った。

「そこの大統領警護隊の人とお話しがあるので、お祖母様のお薬を持って帰ってくださらない?」


第11部  太古の血族       2

   泣く子も黙るファルゴ・デ・ムリリョ博士をパシリに使うのか? ギャラガは呆れてアンヘレス・シメネスを見つめた。しかし高校生の少女は臆することなく祖父を見ていた。ムリリョ博士は溜め息をつき、彼女に向かって手を差し出した。アンヘレスは右肩から斜に下げていたポシェットから薬袋を取り...