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2025/03/19

第11部  神殿        3

 テオは少し混乱していた。あまりにも、あまりにも、ママコナが普通の女性だったからだ。女神様の様な輝く女性を想像していた彼は、前を静かに歩いて行く女性の後ろを用心深くついて行った。通路は薄暗く、冷たい石に囲まれており、下り階段になった。急勾配ではないが、大きく螺旋状で長い階段だ。

「地下へ行くのですか?」

と尋ねると、彼女は振り返らずに頷いた。

「地下へ向かっていますが、今は地上にいます。」
「え?」
「ここはピラミッドの中です。」

あ、と思った。ママコナはピラミッドの上部でお祈りでもしていたのだろうか。

「貴女がスペイン語を話せるとは思っていませんでした。」

 素直に感想を口にすると、彼女がちょっと笑い声を立てた。

「一族の人々もみんなそう思っています。私が声を発しないと信じている人も多いのですよ。」

 彼女は足を止めて振り返った。テオも立ち止まった。2人の間は10段ばかり離れていた。あまり近づくと、上にいるテオが失礼を働いている様な気がしたので、彼は離れていたのだ。

「一族が私に抱いている妄想は承知しています。汚れなく、世俗のことに関心を持たず、ひたすら一族とセルバの国の平和と幸福を祈って生きている・・・と。」
「でも、貴女は普通の人なのですね?」
「勿論です。」

 ママコナは微笑んだ。

「偉大なのは、このピラミッドを建設したご先祖様です。」

 彼女は両腕を大きく回して見せた。

「このピラミッドの最上階にあるお部屋で私は世界中の一族の動向を見ることが出来ます。心に話しかけることも出来ます。でも、部屋から1歩でも出ると、もうただの女です。」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

「私は個室にパソコンを持っています。外には出られませんが、インターネットでいろいろな情報を得ていますし、言葉も勉強しました。英語やフランス語、中国語を読めますよ。芸能情報も政治や自然災害のニュースも知っています。外に出られなくても、毎日階段を昇り降りしているので、運動にもなります。最上階の部屋で日光浴もしています。」

 テオはポカンとして彼女を見つめた。 ”名を秘めた女の人”のそんな素顔を知っているのは、どれだけいるのだろう。それとも、もしかしてこれは、「平行世界」で、俺は間違えて違う次元に来てしまったのだろうか?
 するとママコナが彼を現実に引き戻した。

「私に今の生活を与えたのは一部の女官です。ですから、貴方に出会ったことを私は誰にも言いませんし、貴方も言わないでください。女官達が長老会や”砂の民”から罰せられます。」
「誓って、誰にも言いません。」
「では・・・」

 彼女はくるりと前に向き直った。

「急いで下に降りましょう。貴方が仰った神官の問題を解決しなければ。」

 

2025/03/17

第11部  神殿        2

「ええっと・・・どこから話しましょうか・・・」

 テオは考えた。目の前の女性が何者なのかわからないが、敵ではないだろうと言う意識はあった。それで、自己紹介から始めた。

「俺はテオドール・アルスト・ゴンザレスと言います。 グラダ大学で教員として働いています。俺のパートナーは大統領警護隊のシータ・ケツァル・ミゲール少佐です。」

 女性は黙って彼の顔を見ていたが、怒っている様でも警戒している様でもなかった。穏やかに静かに彼を見ていた。テオは続けた。

「神殿の神官の中に問題を起こした人がいて、少佐は神殿近衛兵の女性達と神殿に出かけました。俺は自宅で留守番をしていましたが、大学の同僚のフィデル・ケサダ教授と話をして、少佐が把握している問題を起こした神官に仲間がいることがわかったので、彼女に教えたいと思いました。教授が彼の家に帰るために”入り口”に入りかけたので、神殿への連絡方法を聞こうと駆け寄ったら、いきなりここへ来てしまいました。」

 笑い声が起きて、テオはびっくりした。目の前の女性が可笑そうに声を出して笑っていた。

「まぁ、閉じる”入り口”に吸い込まれてしまったのですね! そして先導者なしのままに、最後に思った場所へ跳んでしまったのです。白人の身で、大したものです!」

 そう言うことか・・・テオは昔カルロ・ステファン大尉が北部のラス・ラグナス遺跡で”入り口”にうっかり手を突っ込んで吸い込まれた事故を思い出した。

「白人の俺が跳んでしまうなんて、想像もしませんでした。」
「タイミングが良かったのでしょう。少しでもズレていたら、貴方は永久に暗闇の中を彷徨い続けるところでした。」

 そう言われて、ゾッとした。出来れば教授の自宅に跳んだ方が良かったかも知れない。すると、女性が言った。

「その教授は自分で”通路”をコントロールしていたのですね。力が強いので、白人の貴方を巻き込んでしまう空間の渦を作ってしまったのでしょう。そんなことが出来るのは・・・」

 彼女は何かを口の中で呟いたが、テオには聞き取れなかった。
 女性は彼に再びニッコリ笑いかけた。

「少佐のところへ行きたいですか?」
「スィ。道を教えていただければ・・・」
「白人に一人で神殿内を歩かせることは出来ません。私が行ける所まで案内しましょう。」
「グラシャス。ところで、貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 すると彼女はなんでもないように答えた。

「名はありません。 少なくとも、他人に教える名前はないのです。」

 テオは心の中で叫んだ。

 げっ! ママコナだ!!!!!



第11部  神殿        1

 「待って!」

 テオは空中に消えて行くケサダ教授に駆け寄った。神殿にいるケツァル少佐にすぐに連絡をつけたかった。夢中で教授に向かって手を差し出し・・・
 いきなり両足が宙に浮いた感触があった。

 え?!

 次の瞬間、彼の体は冷たく固い物に叩きつけられた。幸い頭部を打たなかったが、暫く体がショックで動かなかった。

 なんだ?

 ケサダ教授に衝撃波をくらって突き飛ばされたのかと思った。だが顔を上げると、そこは初めて見る風景だった。暗い空間、疎に松明の火が灯っている。壁は大きな石組みだ。彼は床に手をついて立ち上ろうとして、床も石畳だと気がついた。空気が冷たく、ブルッと身震いした時、背後から声をかけられた。

「お怪我はありませんでした?」

 スペイン語だが、とても丁寧で、少し訛って聞こえた。テオは座り込んだまま、振り返った。暗がりの中に、ボウッと光る人形の様に、女性が立っていた。若い人で、年齢は20歳前後か? 純血種のインディオだ。マハルダ・デネロスをもう少し幼くした感じで、暗がりに溶けてしまいそうな茶色の服を着ていた。普通の裾が長いチュニックで、脚にスパッツを履いているようで、足はサンダルを履いていた。髪の毛は長いのかも知れないが、やや後ろでお団子に結っていた。

「あ・・・いきなり現れてすみません・・・」

とテオは謝った。

「驚かれたでしょう? 俺もここへ来るつもりはなくて・・・」

 彼は重大な疑問を思い出した。

「ここはどこです?」

 女性がクスッと笑った。

「貴方が最後に頭に思い浮かべた場所です。」

 つまり”空間通路”の仕組みを知っているのだ。この女性は”ヴェルデ・シエロ”だ。テオはもう一度周囲を見回した。暗くてわからないが、かなり広い空間の中にいる気がした。

「まさかと思いますが・・・神殿ですか?」
「スィ。」

 女性がニッコリした。すると、この女性は巫女の世話をしている女官なのか?
 テオは相手を怯えさせないように、許可を求めた。

「立ち上がって良いですか?」
「スィ。」

 テオはゆっくりと立ち上がった。空中から石畳の上に放り出された時に打撲したのか、お尻がちょっと痛かったが、他に怪我はなさそうだった。

「白人が立ち入ってはいけない場所に入ってしまいました。すぐ出て行きます。」

 すると、女性が尋ねた。

「貴方は、どうやってここへ来たのですか? 白人が”通路”を通れると聞いたことはありませんが?」
 

第11部  神殿        3

 テオは少し混乱していた。あまりにも、あまりにも、ママコナが普通の女性だったからだ。女神様の様な輝く女性を想像していた彼は、前を静かに歩いて行く女性の後ろを用心深くついて行った。通路は薄暗く、冷たい石に囲まれており、下り階段になった。急勾配ではないが、大きく螺旋状で長い階段だ。 ...