テオは少し混乱していた。あまりにも、あまりにも、ママコナが普通の女性だったからだ。女神様の様な輝く女性を想像していた彼は、前を静かに歩いて行く女性の後ろを用心深くついて行った。通路は薄暗く、冷たい石に囲まれており、下り階段になった。急勾配ではないが、大きく螺旋状で長い階段だ。
「地下へ行くのですか?」
と尋ねると、彼女は振り返らずに頷いた。
「地下へ向かっていますが、今は地上にいます。」
「え?」
「ここはピラミッドの中です。」
あ、と思った。ママコナはピラミッドの上部でお祈りでもしていたのだろうか。
「貴女がスペイン語を話せるとは思っていませんでした。」
素直に感想を口にすると、彼女がちょっと笑い声を立てた。
「一族の人々もみんなそう思っています。私が声を発しないと信じている人も多いのですよ。」
彼女は足を止めて振り返った。テオも立ち止まった。2人の間は10段ばかり離れていた。あまり近づくと、上にいるテオが失礼を働いている様な気がしたので、彼は離れていたのだ。
「一族が私に抱いている妄想は承知しています。汚れなく、世俗のことに関心を持たず、ひたすら一族とセルバの国の平和と幸福を祈って生きている・・・と。」
「でも、貴女は普通の人なのですね?」
「勿論です。」
ママコナは微笑んだ。
「偉大なのは、このピラミッドを建設したご先祖様です。」
彼女は両腕を大きく回して見せた。
「このピラミッドの最上階にあるお部屋で私は世界中の一族の動向を見ることが出来ます。心に話しかけることも出来ます。でも、部屋から1歩でも出ると、もうただの女です。」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「私は個室にパソコンを持っています。外には出られませんが、インターネットでいろいろな情報を得ていますし、言葉も勉強しました。英語やフランス語、中国語を読めますよ。芸能情報も政治や自然災害のニュースも知っています。外に出られなくても、毎日階段を昇り降りしているので、運動にもなります。最上階の部屋で日光浴もしています。」
テオはポカンとして彼女を見つめた。 ”名を秘めた女の人”のそんな素顔を知っているのは、どれだけいるのだろう。それとも、もしかしてこれは、「平行世界」で、俺は間違えて違う次元に来てしまったのだろうか?
するとママコナが彼を現実に引き戻した。
「私に今の生活を与えたのは一部の女官です。ですから、貴方に出会ったことを私は誰にも言いませんし、貴方も言わないでください。女官達が長老会や”砂の民”から罰せられます。」
「誓って、誰にも言いません。」
「では・・・」
彼女はくるりと前に向き直った。
「急いで下に降りましょう。貴方が仰った神官の問題を解決しなければ。」