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2025/03/14

第11部  内乱        31

  ケサダ教授は話を続けた。

「私のナワルを見ただけでは、私が何族の出なのか、誰もわからないでしょう。ジャガーに変身出来る部族のどれか、それしかわからない。だから、私の成年式に立ち会った長老達は、私が他人と違う色のナワルを持つマスケゴと思っただけなのです。私をグラダと結びつけて考えるのは、イェンテ・グラダ村の生き残りが3人いたと知っている人物だけです。多分、現在最長老と呼ばれる年寄りだけです。それなら、その身内の神官を搾り込めます。」

 テオはここにケツァル少佐がいたらなぁ、と思った。彼女なら神殿内部のゴタゴタを綺麗さっぱり解決してくれそうな気がした。
「ところで」と教授が彼を見た。

「貴方は半グラダ同士の婚姻で純血種が生まれる確率はどの程度だと思われますか?」
「難しいですね・・・」

 テオは考え込んだ。単純に考えれば4分の1だろう。しかし遺伝子の組み合わせはそんな単純なものではない。彼は言った。

「限りなくゼロに近いと思いますよ。」
「そうでしょう。」

 教授が頷いた。

「ゼロに近い筈なのに、ケツァルと私が生まれた。まるで奇跡ですね?」

 彼は何を言いたいのか? テオは教授の目を見ないよう努めて、相手の額を見つめた。教授は言った。

「イェンテ・グラダ村の住民は、実際はほぼ全員が純血種のグラダだったのです。」
「あ・・・」

と声が出た。そうだ、数千年何世代も近親婚を繰り返して、彼等はもっと早く純血種を生み出すことに成功していたのだ! だが・・・テオは思ったことを言った。

「彼等はグラダの力の使い方を知らなかった。誰も教えてくれなかったから。だから、力のコントロールに苦しみ、麻薬に頼った・・・」
「そんなところでしょう。」

とケサダ教授は冷めた目で言った。

「一族に頼ったところで、一族もグラダのことなんて、わかりゃしません。イェンテ・グラダの連中は自分達で何とかしようとして失敗したのです。麻薬で堕落した仲間を見限って、3人の若者が出稼ぎ名目で村を出て行った。事実上は村から逃げたのです。そして一族による殲滅作戦を免れた。エウリオ・メナクはメスティーソの妻を得て、カタリナが生まれた。私の母はヘロニモ・クチャかエウリオか、どちらかとの間に私を産んだ。私が純血種なのは、そう言う理由です。カルロ・ステファンが白人の血を引いていてもグラダの力が強いのも、同じ理由です。エウリオ、ヘロニモ、私の母は純血種だったのです。」

 彼は苦笑した。

「私もケツァルも奇跡でもなんでもない、自然の摂理で生まれただけです。彼女の母親もきっと純血種だったのですよ。」

 「血にこだわるなんてくだらない」と教授は呟き、立ち上がった。

「私は私の子供達を政治に関わらせたくありません。子供達が成長して政治に興味を持つと言うなら、それは別の話です。今、神殿で起きていることは、大統領警護隊、長老会、神官達で解決して頂きたい。」
「わかっています。」

とテオは言った。

「貴方と貴方の家族のことを、今回の事件で出したりしません。貴方達は長老ムリリョの家族、それだけのことです。」

 ケサダ教授は彼を見て、微笑した。そして数歩後ろに退がって、空中に消えた。 見事な”空間通路”の使い方だった。

2025/03/10

第11部  内乱        30

  テオは味方である筈の人を目の前にして冷や汗をかいていた。ケサダ教授は己のナワルの秘密を誰にも知られたくないのだ。少なくとも、義父と妻しか知らないと思っていたのだ。
 下手に言い訳すると、却って泥沼に入るだろうと思ったテオは、素直に打ち明けることにした。

「実はバスコ兄弟の殺人事件の時に、セニョール・シショカが貴方に屈した理由を、ムリリョ博士から聞きました。貴方がシショカより強い理由を、です。貴方が本当の出自を明かさない理由です。」

 ケサダ教授はテオから視線を外し、暫く壁をぼんやり眺めていた。目はぼんやり、だが、頭の中では色々考えを巡らせているに違いない。テオは彼が何か言うのを待っていた。
 やがて5分も経ってから、教授が口を開いた。

「私が出自を秘密にしているのは、ムリリョ家が一族に私の出生に関して虚偽を言っている、と思われることを防ぐためです。」

と彼は言った。

「義父が私の母から私を預かった時、彼はただ幼い子供を大人の争いから守るつもりだけでした。私は既に神官の修行を始める年齢を過ぎていましたし、監視されて生きるのは誰でも苦痛です。だから彼と彼の妻は私を普通のマスケゴの子供として育ててくれました。私も彼等の努力を無駄にすまいと能力を隠して成長しました。成年式でナワルを見られたら、その時はその時です、博士は私の父親を知らなかったととぼければ、それで良かった。一族は私をグラダとして認定して終わる筈でした。しかし、私の毛色は黒くなかった。金色でもなかった。だから立ち会った長老達は、口をつぐんだのです。生贄など、誰もこの時代に行いたくないし、異常なカルトに教えたくもない。彼等は一族の平安のために、私の出自を隠しました。彼等の沈黙が私に『世に出るな』と命じたのです。」

でも、とテオは呟いた。

「誰かが、貴方の血筋を身内に教えた、あるいは、身内が長老の心を読んでしまった?」
「高齢で弱った長老と意思疎通を図った際に、秘密を読んでしまったのでしょう。 しかし、私をどうこうするつもりはないのです。たまたま最近私に息子が産まれ、世襲制の案を誰かが思いつき、誰かが己の先祖にグラダがいたと伝えらていることを思い出した、その3つでしょう。」

 ケサダ教授はテオに向き直った。

「恐らく、グラダの血筋を探せと言った神官、世襲制でグラダの血筋を持つ者を神官にしようと考える神官は、別の人間ですよ。」


2025/03/07

第11部  内乱        29

 「ムリリョ博士は、どんな返答をしたのです?」

 テオはちょっと不安になった。ケサダ教授の出自に疑問を持つマスケゴ族がいる。そして世襲制を提案した神官は、グラダ族の血を受け継ぐ神官が現れることを望んでいる。

「私も同じ質問を義父にしました。」

とケサダ教授は言った。

「義父は、『儂はオルガ・グランデの闘いに巻き込まれた現地の一族の女から、あの小僧を託されただけだ。義理息子の身元を知りたければ、”名を秘めた女”に訊けば良い』と答えたそうです。」
「それで神官は納得したのですか?」
「少なくとも、それ以上は食い下がったりしなかったようです。」

 そしてテオの話を促した。

「この話と今起きていることはどんな関係があるのですか?」

 それで、テオはどこから話そうかと迷った。

「これは、神殿の醜聞、貴方の一族の醜聞になるかも知れません。」

と前置きして、神官が世襲制の案を出したことから、一連の騒動が始まったことを話した。神官の世襲に反対した大神官代理ロアン・マレンカが世襲派のカエンシット神官、アスマ神官、エロワ神官の呪いを受けて、重体になっていること、3人の神官は神殿近衛兵の女性だけをエダの神殿に連れて行き、どうやらそこで世襲制の子供の母親を近衛兵から選ぶつもりだったらしいこと、ケツァル少佐とデネロス少尉が大神官代理の行方を探す手がかりを求めてエダの神殿に行き、女性近衛兵達と合流して、神殿を封鎖していた3人の神官を捕縛したこと、他の神官と彼女達はグラダ・シティの神殿に戻ったが、ムリリョ博士がテオのアパートに来て、まだ世襲派の神官や協力者がいる筈だと言い、文化保護担当部は神殿に向かったこと。
 ケサダ教授は暫く黙っていたが、やがて尋ねた。

「神官が世襲制の考えを持つに至ったのは、長老会の誰かがそんな案を口にしたから・・・それが最初ですね?」

 テオは思わず自分が語った話を頭の中で再考した。

「スィ・・・そうです・・・」

 教授が溜め息をついた。

「私の成年式を見た長老は全員この世にいません。しかし、話を聞いたことがある身内がいるのかも知れない。」
「すると・・・」

 テオはドキリとした。 白いジャガーを見た話を聞いたと言うことだ。

「白いジャガーとグラダを結びつけるのは早急では?」

 と彼が言うと、ケサダ教授が彼をジロリと見た。

「誰が白いジャガーですって?」

 え?とテオは戸惑った。教授のナワルが白いことを知っている、と彼は教授に言ったことがなかった・・・のか?


 

2025/03/06

第11部  内乱        28

 「教授、貴方って人は・・・」

 テオは床に尻餅をついたまま文句を言った。

「本当にお茶目だ。」

 ケサダ教授は微笑んで、彼に手を差し出し、立ち上がるのを手伝った。服装は昼間のダンディな彼のイメージと違って、深い緑色の無地のTシャツにラフな綿パンだ。完全に部屋着姿だった。
 テオは彼をソファに座らせ、キッチンからコーラの缶を2つ持って来た。

「博士の来訪を教えてくださって有り難うございました。」

 開口一番に礼を言った。教授は肩をすくめた。

「文化保護担当部がすぐに捕まる場所は何処か、と義父に訊かれたので、貴方のアパートを教えたのです。すると彼は直ぐにガレージに走った。だから、貴方に連絡しました。」
「博士は少佐に電話をかけなかったのですか?」
「恐らくかけたのでしょうが、繋がらなかったのだと思います。彼女は何処かへ出かけていたのですか?」
「エダの神殿と言う所です。」

 テオの返事を聞いて、教授が眉を上げた。ちょっと驚いていた。

「そこは・・・新しい大神官や神官を選ぶ場所です。」
「スィ、大神官代理が病気なのです。」

 ケサダ教授には初耳だったようだ。黙ってテオを見返したので、テオは腹を決めた。教授を呼び出したのは自分だ。何も教えない訳にいかない。

「凄く厄介な事態が神殿で起きています。文化保護担当部と俺は、ある意味、それに巻き込まれてしまいました。もし、貴方が面倒なことに巻き込まれたくないとお思いなら、俺はそれ以上喋りません。」

 すると、ケサダ教授がニヤリとした。

「お茶目な人間は面倒にちょっかいを出したがるものです。」

 そして、こんな質問をした。

「先日マスケゴの神官の一人が、ケサダの家系の出なのですが、その男が博士にこんな相談を持ちかけました。先日生まれた私の息子を養子にもらえないか、と。それと今回の面倒は関係ありそうですか?」

 テオはびっくりして、そして一瞬考え、電話を出した。教授に「失礼」と断ってからケツァル少佐にメールを送った。

ーーマスケゴの神官に用心しろ。

 それから、彼は教授に向き直った。

「博士はその相談を断ったのですね?」
「勿論です。私の血筋を簡単によその家系に与えたりしません。私の血筋とケサダの家系は何の繋がりもないのですから。」

 彼はさらにこう言った。

「義父が断ると、その神官は義父に質問しました。『貴方はあの娘婿をオルガ・グランデで拾って来たが、あの男の親は何者なのか? ケサダを名乗っているが、ケサダの家系に、あの男の親に該当する人間はいない』と。」

 テオはドキリとした。神官はケサダ教授の出自を疑っているのだ。


第11部  内乱        27

  ケツァル少佐の部屋にいた神殿近衛兵達は、彼女達には縁遠い”現代の女性の部屋”に感動していたが、そこへ少佐と男性達がやって来た。

「休む時間がなくなりました。これから神殿へ行きます。」

と少佐が宣言した。

「”通路”がないので、車を使います。近衛兵は私の車に、デネロスと男達はロホの車に乗りなさい。」

 テオは留守番だ。仕方がない、彼は大統領警護隊ではないし、”ヴェルデ・シエロ”でもない。神殿に近づくことすら許されない。
 身支度は1分も掛からなかった。彼等はテオに「おやすみ」と言って、コンドミニアムを出て行った。アッと言う間だった。
 いきなり静かになったリビングに、テオは一人残された。こんな時は寂しいし、己の無力さを感じた。何か能力があれば、協力出来ただろう。いや、彼等は”ヴェルデ・シエロ”でない彼がこの事件に関わるのを許さない。事件の舞台そのものが神殿だから。
 一人で待つのは嫌だった。だからと言って、話し相手がいない。こんな時、話が出来る人と言えば・・・。
 テオは電話は迷惑だろうと思い、メールを送った。

ーーまだ起きておられますか?

 すると、即答で返事が来た。

ーー大丈夫です。

 テオは思わず微笑んでしまった。ケサダ教授はムリリョ博士がテオ達の家に行くことを知らせてくれた。恐らく、その後どうなったのか、彼も気にしているのだ。博士の用事を教授は知らないだろうし、その後の展開も知らないだろう。
 テオは駄目もとで尋ねた。

ーー今から会えますか?

 すると、思いがけない返事が来た。

ーースィ、これからそちらへ行きます。

 そして、いきなり空中からケサダ教授が現れて、テオを心底驚かせた。

第11部  内乱        26

  互いの情報を交換し合った。テオと男性隊員達は少佐の報告を聞いて、先刻のムリリョ博士の言葉の裏付けを取った気分になった。少佐の方はムリリョ博士の言葉を聞いて、硬い表情になった。無理もない、まだ9人の神官の中に、3人の反乱分子の仲間がいるとムリリョ博士は言ったのだから。

「長老会はその隠れている世襲派の神官が誰か、見当をつけているのですね?」
「博士は俺達の質問に答えてくれなかった。しかし、あの人と長老会のことだ、きっと何か確信があるのだろう。」

 するとロホが思いがけない発言をした。

「”名を秘めた女の人”は、我々の頭の中を読めるんですよ・・・」

 テオ、少佐、アスル、そしてギャラガが彼を見た。ロホは続けた。

「あの女性は声ではなく心で会話をされます。だから、こちらの頭の中を全部読まれるのです。もし世襲制を考えている神官やその仲間が良くない連中だと、彼女が判断したら、長老会に彼女が不穏分子の排除を命じる・・・そうではないですか、少佐?」

 ケツァル少佐が頷いた。

「スィ・・・もしかすると、彼女は大神官代理が世襲派に襲われた時から、神殿内の不協和音に気がついていたのかも知れません。でも彼女は具体的に何をすべきか、すぐには判断出来なかったのでしょう。世俗のことは何もご存じない方です。誰に命じるべきか、何を命じるべきか、考えてしまい、時間が経ってしまったのだと推測します。」
「そしてやっと長老会に事態を教えた?」
「恐らく・・・隠れた世襲派の神官は”名を秘めた女の人”の力を忘れていたことに気がついたかも知れません。悪くすると・・・」

 テオはハッとした。

「”名を秘めた女の人”が狙われる?」

 彼はロホを振り返った。

「ロホ、ウイノカ兄さんに連絡を取れるか?」

 ケツァル少佐が電話を出した。彼女が誰かにかけた。

「キロス中尉? 神殿に出られましたか? すぐに”聖なる部屋”へ行けますか?」


2025/03/03

第11部  内乱        25

 テオが彼自身の寝室に入ってすぐに電話に着信があった。見るとケツァル少佐からだった。

ーー1人ですか?
「ノ、ロホ、アスル、それにアンドレがリビングにいる。」
ーーでは、1分後に行きます。

 テオは急いで寝室を出てリビングに向かった。そこでは大統領警護隊の男性隊員達が寝る体制に入っていた。アスルがソファに横になり、その側の床にシュラフに入ったギャラガ、ロホはクロゼットから引き出したマットレスを床に広げたところだった。
 そこへ、いきなり空中からケツァル少佐、デネロス少尉、そして男達が知らない女性兵士が3名湧いて出た。

「ワッ!」

とアスルが、彼らしからぬ叫び声を上げて跳ね起きた。ギャラガはシュラフからすぐに出られなくて、転がって物陰に身を隠した。ロホは荷物の横に置いた拳銃に手を伸ばし、そこで固まった。

「少佐・・・」

 テオは己の胸に落ち着け、と声をかけた。少佐とデネロスの後に続いた女性兵士は野戦用の服装だが、持ち物は大統領警護隊のリュック、ライフル、それに槍・・・槍だって?
 床の上に転がり出た女性達は素早く立ち上がった。少佐が先導者らしく、仲間に欠落がないか名前を呼んだ。

「デネロス!」
「スィ!」
「ナカイ!」
「スィ!」
「セデス!」
「スィ!」
「マリア・アクサ!」
「スィ!」
「よし、全員いますね。」

 ケツァル少佐は頷いてから、テオに向き直った。

「エダの神殿から戻って来ました。初顔合わせだと思いますが、3人の少尉は神殿近衛兵です。」
「神殿近衛兵に女性がいるのか?」

と思わず尋ねてから、テオは偏見で役職を見ていたな、と気がついた。

「事情は説明してもらえるのかな?」

 少佐はロホ達を見てから、デネロスを振り返った。

「マハルダ、3人の神殿近衛兵をあちらの部屋へ案内しなさい。向こうで一晩休みましょう。」

 テオはすかさず声をかけた。

「夕食の残りがあるから、食ってもいいぞ。俺達の朝飯のことは心配しなくて良い。」

 デネロスがニッコリ笑って、グラシャス、と言うと、少佐にもグラシャス、と言って3人の新しい仲間を率いてテオの区画を出て行った。近衛兵達はロホ達には挨拶もしなかった。ロホ達もそれを不満に思う様子はなかった。部署が違うと任務遂行中は上官の指示がない限り交流しないのだろう。
 ケツァル少佐が、アスルが退いたソファに腰を下ろした。

「では、手短に話しましょう。そちらも何かありましたか?」

 

 

2025/03/02

第11部  内乱        24

  ムリリョ博士が去ると、室内に張り詰めていた緊張感が一気に緩んだ。凶悪な犯罪組織と戦う時でさえ余裕の大統領警護隊でも、一人の年老いた大先輩は苦手なのだ。テオはアスルがドサリと音を立ててソファに腰を落とし、ギャラガが床に座り込むのを見た。ロホさえ脱力してソファにもたれかかった。

「大神官代理は呪いで癌になったのか?」

とアスルがロホに尋ねた。 ロホはそれまで内緒にしていた事情を知られて、ちょっとバツが悪そうな顔をした。

「本当は癌ではなく、細胞を痛めつけられているんだ。爆裂波を受けたからさ。だが誰にも手の施しようがない。ロアン様は、神官の誰がカエンシット達の仲間が掴み切れていなかったから、指導師を呼ぶことが出来ず、やむなく神殿を出て白人の医療に頼るしかなかったのだ。その前に、アスマ神官がケツァル少佐から預かったサンキフエラの石を試して治すふりをした。あの石は”ティエラ”のために作られたから、ツィンルには効かない。それをカイナ族のエロワ神官は知っていて、ロアン様には黙っていた。石に効力がないのかも知れない、と疑ったふりをしたエロワ神官が大統領府の厨房を人体実験をやらかして大騒ぎになった。ツィンルには効果がない石だと判明したので、ロアン様は諦めて、ビダル・バスコ少尉の母親の診療所へ行かれた。バスコ医師は指導師ではないから、治せないが、呪いだと見破った。彼女はロアン様に神殿を出て神官達から遠くへ行くよう進言し、大学附属病院に彼を入院させた。病名を癌と偽ってね。
 私がロアン様から頂いた情報は以上だ。神官が犯した犯罪だから、下手すると君達に害が及ぶかも知れないと思い、少佐が戻られるのを待ってから報告するつもりだった。」

 テオは苦笑した。

「そんな気遣いは無用だ、と言いたいが、守ってくれて礼を言うよ。俺達は神官がどの程度の範囲で権力を使えるのか、わからないからな。」
「長老会が毒されていないことは幸いだったな。」

とアスルが呟いた。

2025/02/28

第11部  内乱        23

 「それにしても・・・」

 テオは一つ納得出来ないことがあった。

「たった3人の神官が謀反を起こした訳でしょう? それもサスコシとカイナ族だと聞きました。他の神官は、ブーカ、オクターリャ、マスケゴ、グワマナ、彼等の方が人数が多いし、強いんじゃないですか? どうして3人の神官が大神官代理を呪うことを見抜けなかったのか、阻止出来なかったのか・・・」
「どうしてだと思う?」

 ムリリョ博士が不気味な微笑みを一瞬浮かべた。ロホが暗い顔をした。

「テオが挙げた残りの神官の中に、まだ誰か裏切り者がいるのですね?」

 博士は答えなかった。しかし彼は沈黙を以て肯定することが多い。そして、表立って公表しない時は、”砂の民”が粛清に動くのだ。ムリリョ博士には裏切り者の特定が出来ているのだろう。しかし公表出来る物的証拠がないのかも知れない。いや、状況証拠だけでも”ヴェルデ・シエロ”の幹部達は評決を下す。長老会は隠れた裏切り者の神官の処分を”砂の民”に一任したのだ。
 テオは神殿で働いているロホの兄ウイノカ・マレンカが心配になってきた。彼が今回の内乱に巻き込まれていることは確実だ。どちらの陣営に巻き込まれているのか、テオにも仲間にもわからない。だが、粛清の対象になって欲しくない。
 彼は博士に尋ねた。

「神殿内で働く近衛兵や女官や事務官って言うかそう言う労働者は、事件に加担しているんですか?」

 博士がピクリと眉を動かした。ロホがテオを見たが、何も言わなかった。言わなかったが、テオがウイノカを案じているのだと悟った。

「悪いこととわかって手を貸していたら、処罰されるだろうな。」

とだけ博士は言った。
 彼は椅子から立ち上がった。そしてロホに言った。

「長居した。儂に連絡を取る必要はない。お前の叔父が神殿を訪ねることがあれば、それが返答になる。」


2025/02/27

第11部  内乱        22

 「弱い呪いは、指導師の資格を持つ者であれば祓える。しかし、死に至る呪いは、かけた本人でなければ解けないと言われている。」

 テオはムリリョ博士が何を言いたいのか、ぼんやりと理解した。ロホの親族に、他人がかけた死に至る最悪な呪いを緩和させる力を持つ人がいるのだ。テオはその人と会ったことがないし、名前も知らないが、その人が頭部を”ヴェルデ・シエロ”の爆裂波で損傷した一般人を救った話を最近聞いた。

「博士は大神官代理の病を治したいと仰るのですか?」

 テオはムリリョ博士が他人に口を挟まれるのを嫌うことを承知で尋ねた。

「大神官代理は末期の膵臓癌だと聞きましたが・・・」

 すると、やはり思ったことをアスルが口に出した。

「癌ではなく、爆裂波の傷なのですか?」

 ムリリョ博士は2人を交互に見た。その目は怒っていたが、若者達の不作法を怒っているのではなかった。

「おう、それよ! 白人の医療では癌としか言いようがなかっただろうが、ロアン・マレンカが膵臓を傷つけられ、機能不全になってしまったのは、カエンシットの大馬鹿者の仕業だ!」

 ギャラガが大きく息を吐いた。

「それは、大罪です! 一族への叛逆ですよ、博士!」
「左様、叛逆だ。」

 ムリリョ博士はロホに向き直った。

「本来なら、これは長老会の中で話し合われ、外部には漏らさぬ次元の事案だ。カエンシット、アスマ、エロワの3人は叛逆者として処分されねばならない。しかし、あの者達に大神官代理にかけた呪いを解かせる訳にはいかぬ。さらに暴走する恐れがあるからな。」
「それで、私の叔父に大神官代理の治療を依頼したいと?」

 この「叔父」は親族の目上の男性と言う意味だ。ロホの両親の兄弟ではない。
 ムリリョ博士は頷いた。

「長老会の総意だ。最初に世襲制の考えを口にした長老は深く反省し、引退する前に大神官代理が快復することを願っている。」
「叔父に連絡を取ってみます。」

とロホは少し自信なさそうに言った。必ずしも彼の叔父が大神官代理を救えると確約出来ないのだ。
 アスルが博士に質問した。

「3人の叛逆者は捕まえてあるのですね?」
「勿論だ。」

 博士はムッツリした顔で答えた。

「神殿近衛兵の女性部隊がとっ捕まえた。お前達の指揮官とブーカの小娘も一緒だ。こんな時は・・・」

 彼はボソッと言った。

「男の近衛兵共はあれやこれや思案が多くて動くのが遅いことよ・・・」



2025/02/26

第11部  内乱        21

 「ママコナ様はどんな夢を見られたのです?」

 ママコナは名前ではない。巫女と言う意味だ。セルバ共和国でママコナと言えば普通は”曙のピラミッド”に住まう大巫女のことを意味する。国民の誰も彼女の顔を見たことはないし声も聞いたことがないが、彼女が存在していることは周知の事実だった。彼女はセルバ共和国を大きな自然災害から守っている、そう言う信仰が古代から連綿と続いているのだった。だから、彼女が見る夢も、神官達は大真面目で解釈を試みる。

 テオの質問に、ムリリョ博士は困った様な目をした。

「あの聖なる娘は、白いジャガーの夢を見たと言ったのだ。」

 え? っとテオは思った。ロホもアスルもギャラガも動じた様子を見せなかったが、沈黙が驚きを表している、とテオは思った。

「その・・・白いジャガーの夢の意味は・・・?」
「大神官の代替わりだ。」

 すると歴代の大神官代理が代わる度に、その前に巫女様は白いジャガーを夢に見ているのか。
 テオは、”名を秘めた女の人”がケサダ教授と会ったことがないことを知っている。しかしママコナは全ての”ヴェルデ・シエロ”の本質を知っていると言われている。彼女がケサダ教授の家に息子が生まれたことを知らない訳はないだろう。半分グラダの男の子だ。純血種の”ヴェルデ・シエロ”だ。大神官になる資格を持つ子供だ。そして、現在の大神官代理は瀕死の病状にある。”名を秘めた女の人”は、ケサダ教授の息子を大神官候補にせよと夢でお告げをしたのだろうか。
 しかしムリリョ博士は、孫のことを心配しているのでもなさそうだった。

「ロアン・マレンカは呪いで死の床に着いている。呪いを祓えば、彼は復調する・・・」

 博士の視線がロホに向けられた。ロホがドキリとした表情になった。

2025/02/23

第11部  内乱        20

  ムリリョ博士がセキュリティカメラに映った。カメラを睨んでいるので、テオはインターコムで部屋の階数を告げた。 ”ヴェルデ・シエロ”はエレベーターの使用を好まないが、年を取った博士は渋々ながらエレベーターで上がって来た。テオはエレベーターを降りたところの狭いロビーで出迎えた。彼の階は最上階でドアが2つある。どちらもケツァル少佐所有の部屋だが、テオが使用している部屋へ博士を招き入れた。
 博士は夜分遅い訪問を詫びることなく、リビングに入った。そこではロホ、アスル、ギャラガが整列して博士を迎えた。博士は床の片隅に集められた毛布やシュラフをチラリと見てから、若者達に頷いた。

「お前達、3人が大神官代理に面会したのか?」
「その通りです。」

 代表してロホが答えた。博士がまた尋ねた。

「ロアン・マレンカは病気の原因を言ったか?」

 アスルとギャラガがロホを見た。大神官代理と”心話”で話をしたのはロホだけだ。ロホは宙に視線を向けて、肯定した。

「スィ、大神官代理はカエンシット神官に呪いをかけられたと仰いました。」

 え?! とテオはロホを見た。アスルとギャラガも目を見張って上官を見た。ムリリョ博士だけが表情を変えずにロホを見つめた。

「カエンシットに呪われたと言ったか?」
「呪いをかけたのはカエンシット神官一人、しかしアスマ神官とエロワ神官が力を貸したと・・・。」

 博士はいつも不機嫌そうな顔をしている人だが、この時は鬼の様な形相になった。

「神官が人を呪うなど、あってはならぬ。ましてや大神官代理を害するとは。」
「訊いて良いですか?」

とテオが口を出した。ムリリョ博士が彼の存在を思い出した様な目で振り返った。

「なんだ?」
「そもそも今回の出来事は、何が原因で起きているのですか? 神官同士の権力闘争ですか?」

ふん! と博士はいつもの表情に戻った。苦虫を潰した様な顔だが、これが普段の表情だ。

「権力闘争? ああ、その通りだ。長老会と神官達が合同で会議を開いた時に、長老の一人が最近の神殿の影響力低下を嘆いたのだ。政府が神殿の言うことを聞かぬとな。神殿の意向は長老会の意向であり、一族の安定の為のものである。政府が打ち出す政策は決してセルバ人民に幸福を約束するものとは限らぬ。ごく少数の大企業や富豪に幸福を与えるだけだ。だから、もっと神殿の力を政府に及ぼすべきだ、と。すると別の長老が、”名を秘めた女”が最近見た夢の話をした。しなくとも良い余計な話だ。」

 テオは科学者だが、セルバに住み着いて以来、呪いや夢の話にすっかり慣れっこになってしまっていた。セルバ人はキリスト教徒が大半を占めるが、古代からの呪いや夢占いも信じている。だからムリリョ博士の話を彼は真剣に聞くことが出来た。

第11部  内乱        19

  実際のところ、ムリリョ博士がやって来るのにどのくらい時間がかかるかわからなかったので、アスルはリビング中央のソファの上に横になり、ギャラガもいつもの様にシュラフに体を入れた。テオはロホと向かい合ってテーブルに着いて、アルコール度数の低いビールを飲んだ。

「実を言うと、俺は君が俺には教えてくれていない秘密を抱えているような気がするんだ。」

とテオは言った。昼間、ロホは病院で病気の大神官代理と”心話”で話をした。その後、少し口数が少なくなったのだ。大神官代理が3人の神官と後継者選考に関する方法で意見の対立があった、と語ったことは、食事の時にテオ、アスル、ギャラガに話してくれた。しかし彼は部下の2人と目を合わさず、何か含んでいるような話し方をした。アスル達もそれに気づいている様子だったが、彼等は上官を信じて何も言わなかった。
 ロホは小さな溜め息をついた。

「貴方方に言わない方が安全だと思ったので、少佐が戻られるまで私の胸の内にしまっておくつもりだったのです。しかし、ムリリョ博士がここに来られると言うことは、それに関係していることかも知れません。」
「ムリリョ博士と一緒に俺達も聞いた方が良いのかな? それとも、俺は白人だから知ってはいけないことなんだろうか?」
「白人だから、と言う理由で貴方を疎外するつもりはありません。多分、本当は私も知るべきでなかったのかも知れません。」

 彼は一瞬視線を宙に泳がせた。

「こんな場合、サカリアスやウイノカだったら、どうするかなぁ・・・」
「ウイノカ?」

 テオは懐かしい名前を聞いた様な気がした。神殿で事務関連の業務をしているとロホが信じていた2番目の兄だ。しかし、テオと出会ったウイノカは、彼もまた大統領警護隊の隊員で神殿近衛兵と言う役職だと言っていた。そしてロホは、長兄からその2番目の兄の正体を知らされたばかりだった。

「2番目の兄ウイノカ・マレンカは神殿近衛兵だったのです、テオ。大統領警護隊の司令部直下の役職で・・・ああ、貴方は彼に会って毒の分析を依頼されたのでしたね。」
「スィ、サカリアスはウイノカが大神官代理から勅命を受けて、グラダ族の子孫を次の大神官に立てようとする神官の動きを報告する役目をしていたと言ったんだよな? その神官達は長老会に唆されている・・・。」

 テオは疑問を感じた。ムリリョ博士は長老会の一員だが、養子のケサダ教授がグラダ族であることを必死で隠している。彼は長老会から浮いているのだろうか。
 その時、コンドミニアムの正面玄関を入ったところにある各入居者の郵便受けに取り付けられたチャイムが鳴った。


2025/02/21

第11部  内乱        18

 大統領警護隊文化保護担当部の友人達がテオの部屋に泊まることになった。寝具の準備は必要ない。彼等はどんな場所でも眠れる訓練を受けているし、テオの部屋にはソファがあるし、彼等は頻繁に泊まっていくので、毛布やクッションはクローゼットに入っている。
 銘々が好きな場所に寝場所を作っていると、テオの携帯に電話がかかって来た。画面を見ると、考古学のケサダ教授だったので、何の用だろうと思いつつ電話に出た。

「オーラ・・・アルストです。」

 ケサダ教授の低い声が向こうで囁いた。

ーー博士がそちらへ行きます。

 そして切れた。え? とテオは思わず電話を見つめた。博士とは、ファルゴ・デ・ムリリョ博士のことに違いない。あの白人嫌いの博士が俺のところへ? 
 困惑する彼の呼吸に気がついたアスルがそばに来た。

「良くない知らせか?」

 テオは彼を見た。

「良いのか悪いのか、わからない。ムリリョ博士がこちらに来ると、ケサダ教授から前触れがあった。」
「え?」

 ロホもギャラガも驚いてテオを振り返った。

「ムリリョ博士がここへ?」
「何の用事ですか?」

 アスルが心配そうな表情になった。

「ドクトル、あんた、何か彼を怒らせるようなことをしたか?」
「ドクトルだけじゃないだろう。」

とロホが呟いた。

「私達全員で、大神官代理の病室に押しかけてしまった。そのメンバー全員がここにいるんだからな。」
「”砂の民”恐るに足らずです。」

とギャラガが不安を吹き飛ばそうと空元気で言った。

「ここにいるのは、ブーカとオクターリャ、そして不祥グラダです。マスケゴに負けませんよ。」
「博士が一人で来るとは限らないぞ。」

とテオは言ったが、”砂の民”が複数で粛清に乗り出した話は聞いたことがなかった。それに博士の性格なら、どんな問題も単独で対処するだろう。

「出来るだけ、平素の態度で迎えよう。」
「いや、不意打ちを食らったふりをしよう。」

とアスルが提案した。

「ケサダ教授が俺達に告げ口したとバレても気の毒だろう。」

 

2025/02/20

第11部  内乱        17

  例によって、エダの神殿の内部で実際に何が起きていたのか、神官からの説明はなかった。ただ9人の神官は、捕縛されている3人の神官が世襲制採用を唱え、他の神官と対立したこと、大神官代理の病に何らかの関係があること、グラダ族の血を引く子孫を探せと言う案が実は3人の神官の親族の子供を神官に据えるための方便であったと近衛兵と文化保護担当部の隊員に教えてくれた。

「彼等自身は子を成せない。神官は子供の時に選ばれ一生独身で終わる。しかし親族から新たな神官が出れば、己の権力を維持出来る。」
「独身だったら世襲制は絶対不可能でしょう?」

とデネロス少尉はいつもながら大胆に発言した。神官の話を遮るなど、最低の非礼なのだが、ケツァル少佐は容認した。話を遮られたマスケゴ族の神官がムッとした顔になったが、女性達は誰もデネロスの発言を咎めなかった。彼女は正論を言ったのだ。神官は結婚も事実婚も出来ない、それが古代からの伝統でしきたりだった。

「確かに、世襲制は無理だ、今のしきたりではな・・・」

 マスケゴ族の神官は溜め息をついた。

「権力を握るとしきたりを変えられると考えたのだ、彼等は・・・」

 超能力の使用を不能にする「抑制タバコ」を吸わされて意識朦朧としている3人の神官を他の神官達が運ぶ準備をしていた。近衛兵は手伝わない。彼女達の任務は警護で雑用ではない。

「”入り口”が近くに現れるのが、1時間後だ。」

とスワレ神官が言った。 空間通路の入り口のことだ。普通は出現している”入り口”を探して使うのだが、神官ともなると空間の歪みの動きを計算し、”入り口”や”出口”の出現を読み解ける。これは神官以外の修行をしていない人間には不可能なことだ。

「”入り口”がグラダ・シティの神殿に繋がる時間はそれほど長くない。我々は眠らせた3人を連れて神殿に戻るが、近衛兵の半分は別通路で戻ってもらわなくてはならない。文化保護担当部も申し訳ないが・・・」
「お気遣いなく。」

と少佐は言った。キロス中尉も、そんなことは承知していると頷いた。

「後発の人員は決めておきます。神官様達は出発までお休みください。今まで強いストレスのもとでいらしたのでしょう。」

 女性の心配りに、スワレ神官は頭を下げた。

「かたじけない。我々は普段近衛兵と口をきくことも少ない。話す相手はもっぱら男の近衛兵ばかりで、君達は遠い存在だった。これからは、君達のことも頼りにしていこう。」
「どうしてここへ女性ばかり連れて来たのですか?」

と、またデネロス少尉が尋ねた。するとグワマナ族の神官が答えた。

「破廉恥な理由だ。あの3人は自分達の子供を作りたかった、とだけ答えておく。」


2025/02/18

第11部  内乱        16

「指導権を取り戻すだと?」

 フレータ神官が吐き捨てるように呟いた。

「過去にも何度かその様な言葉を聞いたな・・・それが何を意味するのかわかっているのか?」
「”ティエラ”は我々の何億倍もの人口だぞ。もし我々がセルバの支配権を取れば、彼等は我々の能力を恐れ、抹殺しようとするだろう。今でも我々が犯罪に手を染めたと思えばすぐにでも殺しにかかる筈だ。我々は表に出てはいかん。これまで通り、裏からそっと我々の都合の良い様に政治を動かすのだ。」
「世界中で色々な神が祀られているが、その神が表に出たことがあったか? 歴史に残る争いごとや出来事は全て信仰する人間が起こしたことで、神が行ったものではない。神は姿を表すものではない。」

 ロムベサラゲレス神官も諭すように言った。しかしアスマ神官もカエンシット神官も黙り込んだままだった。
 セデス少尉が外へ見て、報告した。

「8人出て来ましたよ、1人は縛られている様に見えます。」

 キロス中尉と2人のアクサ少尉が会所の外に出た。ひょろりと背が高い神官と中尉が言葉を交わし、やがて彼等は一緒に会所に入って来た。会所は広い空間だったが、12人の男と7人の女が入ると狭く感じられた。縛られた3人の神官は中央の床に座るよう命じられた。
 ひょろりと背が高い神官が、ブーカ族のスワレと名乗った。彼はケツァル少佐を見て、ちょっと複雑な表情を見せた。

「我がスワレの家系と貴女の家系は因縁があるようだ。」

 きっとケツァル少佐の両親と因縁があったエルネンツォとトゥパルの兄弟と、この神官は家族だったのだろう。トゥパルは、グラダ族の復活を試みたイェンテ・グラダ村の生き残りの一人、ニシト・メナクに憑依され、彼自身が老いて力尽きた後はその体を支配されてしまった。トゥパル・スワレの肉体は、ニシト・メナクとして、ケツァル少佐の父シュカワラスキ・マナ、エルネンツォ・スワレを殺害し、その他の人々も巻き添えにして傷つけた罪で処刑された。
 ケツァル少佐はスワレ神官に敬を示して言った。

「過去の因縁は今を生きる我々には関係のないこと。どうか神官様の正しきご判断でこの場を収めて頂きますよう、お願い致します。」


2025/02/15

第11部  内乱        15

  最初にエダの神殿から出て来たのは、髪が白くなりかけた男と少しぽっちゃり体型の男だった。服装はアスマ神官とカエンシット神官が着ているのと同様の貫頭着にベルトを締めた神官服だった。キロス中尉が会所から出て、彼等を迎えた。

「お呼びだてして申し訳ありません。」

 2人の神官は用心深く足を進めた。アスマ神官とカエンシット神官が張った結界を案じているのだ。サスコシ族の結界を恐る能力の弱い部族で2名の神官・・・カイナ族か、とケツァル少佐が思った時、セデス少尉が囁いた。

「頭が白いのがカイナ族のフレータ神官、もう片方はグワマナのロムベサラゲレス神官です。」

 ケツァル少佐はもう少しで笑そうになった。フレータもロムベサラゲレスも知人にいる名前だ。恐らく神官達は彼等の親戚だ。我が一族はなんて狭い世界に住んでいるのだろう。
 キロス中尉が2人に声を掛け、挨拶してから会所に案内して来た。建物に用心深く足を踏み入れた2人は、縛られて目隠しされているアスマ神官とカエンシット神官を見て、立ち止まった。

「この2人を逮捕したのですか?」

とフレータ神官が感情を抑えた声で尋ねた。ロムベサラゲレス神官の方は、明かにホッとした表情を浮かべた。

「では結界は消えたのですね?」
「実は結界は消えていないのです。」

 とケツァル少佐が言った。

「お2人を通すために私が一時的に結界を消しました。もう張り直しています。」

 2人の新しく現れた神官は彼女を振り返った。ロムベサラゲレス神官が微笑んだ。

「もしや、ケツァル少佐ではありませんか?」
「スィ。お初にお目にかかります。」

 少佐は軍隊式に敬礼で挨拶した。そしてデネロスは紹介しなかった。それは彼女を軽んじたのではなく、彼女の名前を味方と確定した訳ではない人物に教えたくなかったからに過ぎない。

「他の神官はどうされています?」

と少佐が質問した。フレータ神官が神殿を入り口のドアの向こうに見えるかの様に振り返った。

「すぐにブーカとオクターリャ、マスケゴが来ます。残念ながらもう一人のカイナの同僚は来ないかも知れない。彼はそこの・・・」

 彼は縛られている同僚を振り返った。

「サスコシの2人と同じ思想を持ちまして・・・恥ずかしいことに、今日のこの失態を招いた原因となる悪き思想です。」
「何が悪き思想か!」

とアスマ神官が呟いた。

「我々は呪い師でも預言者でもない、神の一族ぞ! ”ティエラ”どもに死んだ民族と言われ続けて闇の世界で生きてきた。もうたくさんだ! 今こそ強い指導者の元でセルバの指導権を取り戻すのだ!」


2025/02/14

第11部  内乱        14

 神官は全部で12人の筈だ。 ”ヴェルデ・シエロ”は7部族だが、グラダ族は正式認定されているのは3人で、神官を出していない。また、オクターリャ族は滅多に表に出て来ないので、1人しかいない。だから、現在の内訳はブーカ族3人、オクターリャ族1人、サスコシ族2人、マスケゴ族3人、カイナ族2人、グワマナ族1人と近衛兵達はケツァル少佐とデネロス少尉に教えてくれた。
 サスコシ族の2人の神官は今会所に軟禁されいるので、残るのは10人、もしアスマ達が言った通りに彼等の味方をしている神官がブーカ族2人、マスケゴ1人、グワマナ1人、そして「あとサスコシ1人」いるなら、戦う相手としては厄介だ。それにしても・・・

「サスコシ族の神官はお2人でしたよね?」

とデネロス。ケツァル少佐が言いたいことを先に言ってくれるので、少佐は彼女に任せることにした。

「人数の計算が合いませんけどぉ?」

 アスマ神官もカエンシット神官も黙っていた。マリア・アクサ少尉が「ふん!」と言った。

「女が計算出来ないとでも?」
「ハッタリをかましたのよ。」

とカタリナ・アクサ少尉も言った。

「グワマナがグラダ懐古主義だなんて、信じられないわ。それにマスケゴもね。あの部族は部族純血主義を大事にしているのよ。部族ミックスを産むくらいなら、白人と結婚する人達だし。」

 それは偏見だろうと思ったが、少佐は黙っていた。サスコシ族だって純血至上主義者がいることで悪名高い。
 ナカイ少尉が仲間に注意を促した。

「神殿から誰か出てくるわ!」



 

2025/02/12

第11部  内乱        13

 「我々は決して暴力など使わぬ・・・」

 アスマ神官はムッとして答えた。もっとも”ヴェルデ・シエロ”にとって物理的な暴力だけでなく、精神波で相手の身体に危害を加えることも暴力だ。呪いは暴力の中でも最も卑怯なやり方だ。

「エダの神殿内の神官達にこちらへ来ていただきましょうよ!」

とデネロス少尉が提案した。彼女は最も頼りになる上官を見た。

「少佐、無理でしょうか?」
「無理ではありません。」

 ケツァル少佐は少し面白いと感じていた。神官は普段威張っている。滅多に大統領警護隊の前に出て来ないし、神聖な存在として直接話しかけることも出来ない立場の人々だ。その人々を神殿の外に呼び出す。

「エダの神殿の中にいらっしゃると言うことは、とても好都合です。私の”感応”が遠くへ散開することもありません。」
「”感応”を使うのですか?」

 キロス中尉が少し衝撃を受けた。 ”感応”は普通親が子を呼んだり、上官が部下を呼ぶときに使う。目上の人に目下の人間が使うのは非礼だ。しかし、彼女の部下達は異論を唱えなかった。みんな好奇心に満ちた目でケツァル少佐を見ていた。キロス中尉は自身も同じだと感じた。

「私もやってみてよろしいですか?」
「スィ。内容を統一しましょう。」

 一瞬少佐と中尉は視線を合わせた。神官達を呼び出す言葉を打ち合わせたのだ。そして2人の女性は互いに微笑み合い、一瞬表情を凍結させた。ほんの一瞬だ。瞬きより短い時間だった。
 アスマ神官とカエンシット神官が微かに唸った。彼等は妨害の時間すら与えられなかった。それにいつの間にか2人は他の近衛兵に小さな結界で包まれていて、彼等自身の”感応”を使える状態でもなかった。
 デネロスは近衛兵達が槍とアサルトライフルを持つのを眺めた。近衛兵達は今朝まで仕えていた神官達に敵対することも厭わないのだ。

2025/02/07

第11部  内乱        12

 「”名を秘めた女の人”は女性にばかり話しかけられ、我々神官を無視なさる・・・」

とアスマ神官が言ったので、女性達は驚いた。確かに、当代の大巫女にはその傾向がある。彼女はハニカミ屋で、男性と言葉を交わすことをあまり好まない。その代わりセルバ共和国内の純血種の”ヴェルデ・シエロ”女性にはどんどん話しかけてくる。本当はミックスの女性にも話しかけているのだが、ミックスの”ヴェルデ・シエロ”はママコナの心の声が理解出来ないのだ。
女性ばかりに大巫女が話しかけることに、今まで不満を言い立てた男性はいなかった。本当に必要ならば、彼女はちゃんと神官に肉声か侍女を通して言葉を伝えていたのだ。アスマ神官やカエンシット神官が大巫女から疎外されていると感じたのであれば、それは伝言役の侍女が彼等を避けていたとしか思えなかった。

「”名を秘めた女性”は大神官代理にお言葉を伝えていらっしゃったのでしょう。他の神官には彼から伝わると思われているだけなのでは? 貴方を除け者にしているのではないと思います。」

とデネロス少尉が臆することなく意見を述べた。近衛兵達が賛同するかの様に頷いた。

「彼女はまだ23歳か24歳です。男性と接することなく成長されました。直接男性と言葉を交わされるのは、もしかするとちょっと怖いのかも知れません。」

とカタリナ・アクサ少尉も呟いた。

「近衛兵が新しく着任する際に、”名を秘めた女の人”の謁見を受けます。私の時に、彼女は女性には微笑まれましたが、男性には緊張したお顔で挨拶されました。異性に慣れておられないのだと、私には感じられました。普段は数人の侍女だけを相手にお暮らしになられている方です。男性の体格を見て、怖いと感じられているのでしょう。」

 ケツァル少佐が話を下に戻そうとした。

「アスマ神官殿、エダの神殿の中は、現在どの様な状況になっているのです? 貴方と同じ考えの方が、反対される方達と対立されて、暴力に訴えているのではないでしょうね?」



第11部  神殿        12

 テオは用心深く尋ねた。 「白人の俺が、貴方方の秘密を知り過ぎると、生きてここから出られないような気がするのですが、俺は今どんな立場にいるのでしょう?」  最長老が近くの棚に心なしかもたれかかった様に見えた。 「貴方の立場は、ピラミッドの中に現れた時から危険な位置にあります。神殿...