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2024/07/05

第11部  石の目的      4

  テオは南部国境警備隊に派遣されているブリサ・フレータ少尉から電話をもらった。フレータ少尉はオルガ・グランデ出身のカイナ族で、太平洋警備室で10年以上勤務していたが、不祥事で国境へ転属になったのだ。尤も本人は閉塞的だった海辺の村から人間の往来が盛んな国境で働くことに喜びを感じているのだ。

ーー本部研修で次の週明けからグラダ・シティに1週間滞在します。

と挨拶の後で彼女は弾んだ声で報告した。テオも喜んで、どこかで出会おうか、と提案した。すると彼女は言った。

ーーガルソン大尉・・・じゃなくて、ガルソン中尉とキロス中佐にお会いしたいので、一緒にいかがですか?

 テオは嬉しくなった。彼はまだキロス中佐とはまともに会ったことがない。太平洋警備室の元指揮官で、不祥事の大元を作ってしまった責任を取って退役した人だ。現在は子供を対象とした体操教室を運営しており、異人種の血が混じるミックスの”ヴェルデ・シエロ”の子供達の教育も行っている。

「俺も一緒に行って良いのか?」
ーースィ! と言うか、まだガルソン中尉と連絡を取っていないので、ドクトルにお願いしたいのですが・・・?

 テオは考えた。ガルソン中尉は警備班車両部で、大統領のガーデンパーティーの準備に関係しているのではないだろうか。少なくとも来賓の車両の警備はするのではないか?

「連絡は取れるけど、彼が時間を作れるかどうか保障出来ない。だけど、キロス中佐に話を通してもらえる可能性はあるな。」
ーーお願いします。

 フレータ少尉はケツァル少佐に頼ることを考えていない様子だ。ケツァル少佐は彼女の直属の上官ではないし、任務内容で重なることは一つもない。
 実のところテオは自分が直接ガルソン中尉と連絡が取れない場合はケツァル少佐に頼もうと思っていた。

「今夜俺の方から君に電話しても良いかな? 何時頃が都合が良い?」
ーー2100を過ぎれば、いつでも。

 と答えてから、フレータ少尉はちょっと躊躇ってから付け加えた。

ーーステファン大尉によろしくお伝えください。


2024/07/04

第11部  石の目的      3

  マハルダ・デネロス少尉が監視業務から解放される、と言うことはセルバに雨季がやって来ると言うことだ。雨季と言っても、一日中雨が降っている訳ではない。1日のうちの雨が降る時間が多くなる、と言うことだ。つまり、セルバでは乾季でも低地地方は必ず雨が降るのだ。ただ雨季の降雨量は乾季のそれよりずっと多いから、油断は出来ない。

「どうして大統領は雨季にガーデンパーティーなんか開くんだ?」

と遺跡・文化財保護課の職員が新聞を開いてぼやいていた。大きな行事が催されれば交通規制が行われて市民は迷惑するのだ。雨の日に迂回させられるなんて御免だ、とその職員はブツブツ言っていた。通勤コースが大統領官邸へ行く道路と重なっているのだろう。
 デネロス少尉はカレンダーを眺めて、アリアナの赤ちゃんの子守りをする日とデートの日が重ならないようにセッティングすることに熱中していた。ギャラガ少尉が頼んでおいた書類のチェックがまだだったので、ギャラガは咳払いして彼女の注意を現実に向けようとした。

「先輩、キロス中尉はそんなに暇なんですか?」

 デネロスは顔を上げて後輩を見た。

「暇じゃないわ、遊撃班はガーデンパーティーの警備で忙しいのよ。彼の空き時間と子守の時間と実家の畑の手伝いのバランスを考えているのよ!」
「その前に俺が渡した書類に目を通してもらえません?」

 部下達の小さな喧嘩を聞かないふりをして、ケツァル少佐はアスルの机に承認済みの書類を置いた。発掘許可が出た団体の監視と護衛をする陸軍の人数をアスルが手配しなければならない。アスルは書類の枚数を確認した。

「今期の申請は少ないですね。」
「却下が多かったのです。」

 少佐は面倒臭そうに言った。

「同じ遺跡に人気が集中していました。一番信用がおける団体を選んだだけです。」
「人気のある遺跡ですか?」

 アスルはもう一度書類をめくった。

「ああ・・・オクタカスとカブラ・ロカですか・・・サラの審判の遺跡が人気なのですね。」
「外国の団体はその2箇所に的を絞っていますね。共同発掘の提案もあるので、貴方の方で警備規模の手配をして、可能であれば発掘隊の人数追加を許可します。」

 アスルは小さく溜め息をついた。オクタカスとカブラ・ロカはジャングルの奥地で、そこに派遣されると2、3ヶ月は戻れない。しかし呪いのかかった石像とか厄介な墓とかはないので、監視は楽だ。

「監視業務に慣れている陸軍部隊に任せて、俺達は週一で見回ると言うのは、駄目ですか? サボる提案ではなく、他にも巡回したいので・・・」

 アスルはデネロスと違って複数の遺跡を担当している。少佐は頷き、「任せる」と言った。


2024/07/03

第11部  石の目的      2

 賑やかに朝食を食べた後、アリアナは赤ちゃん達と準備された部屋へ去った。遠縁の女性も一緒だった。テオが、彼女は乳母になるのかと訊くと、パパ・ロペスが首を振った。

「彼女はあくまで補助だ。子供達に躾を施すだけだ。子守は別に雇う。」

 雇われる子守は恐らく普通のセルバ市民だ。メスティーソとして生まれた孫達に、パパ・ロペスは”ヴェルデ・シエロ”であることを押し付けるつもりはないのだ。孫達がどう生きていくのか、それは孫達に任せるつもりだった。もしこれが、ムリリョ家だったら、そうはいかないだろう、とテオは思った。ファルゴ・デ・ムリリョ博士は寛容な面を見せるが、それでも純血至上主義者なのだ。子供が白人と婚姻するなどもってのほかだし、メスティーソの孫を持つのを恥と思うに違いない。ただ、サスコシ族の純血至上主義者と違って、異人種の血が混ざる家族を排斥することはしない。例え「恥」と思っても、己の血を受け継ぐ子孫は絶対に守る、それがあの人だ。
 アリアナは幸せだ。ロペス家はシーロの代迄純血を保ってきたが、父親は一人息子が幸せになるのであれば、どんな種族と結婚しようが気にしないのだ。多分、アリアナがアフリカ系であってもアジア系であっても、シーロが妻に迎えると言えば容認したに違いない。実際、アリアナは親族の集まりがあればいつも参加させてもらえる、とテオに嬉しそうに語ったことがあった。女性の同席が許される儀式や宴席には、必ず夫婦で招待され、パパ・ロペスは誇らしげに「息子と娘」と紹介してくれるのだ、と。そして親族の誰かが異人種差別と受け取れる言動をすれば、必ずシーロより先にパパ・ロペスが怒ってくれるのだ、と。
 朝食がひと段落ついたところで、シーロ・ロペス少佐がケツァル少佐に尋ねた。

「来月大統領が在セルバの外交官達を集めてガーデンパーティを行うが、貴女の部署は警護の当番に入っていますか?」
「ノ。」

 ケツァル少佐は即答した。

「今回は入っていません。珍しく太平洋警備室から2名呼ばれていると聞きましたよ。」
「太平洋警備室から?!」

 シーロ・ロペスが珍しく驚いた表情を見せた。

「あんな遠くから、わざわざ?」
「スィ。恐らく、研修も兼ねるのだと思います。派遣された隊員達も向こうに行ったきりでは、ホームシックになるでしょうから。」

 そう言えば、現在の太平洋警備室は首都から派遣された隊員で構成されているのだ。テオは警備班車両部のガルソン中尉は彼等に元いた場所の様子を聞きたいのではないかな、と思ったが、黙っていた。軍隊は郷愁に浸る場所ではないのだ。

 

2024/07/02

第11部  石の目的      1

  アリアナ・オズボーン(セルバ流に発音すればオスボーネ)の出産は一晩かかり、夜明け近くになって、彼女は男女の双子を産んだ。元気な産声を上げた我が子の誕生に、父親のシーロ・ロペス少佐は人前にも関わらず涙を流し大喜びした。
 テオとケツァル少佐、そしてマハルダ・デネロス少尉はセルバの習慣に従い、ロペス家の庭で、ロペス少佐の父親と共に夫婦と子供が帰るのを待った。テオは、大仕事を終えた母親はもっとゆっくり病院で休ませた方が良いのではないか、と内心心配だったが、”ヴェルデ・シエロ”達はちっとも心配していなくて、ロペス家では母と子を休ませる部屋の準備をお手伝いさんが大急ぎで設え、半分白人の血を引く子供のために呼ばれた遠縁の女性が、厳しい顔つきでテオの横に立っていた。
 ケツァル少佐は女の子の、パパ・ロペスは男の子の名付け親になる。2人はどうやら相談がついていたらしく、目と目を合わせて頷き合っていた。
 やがて朝日が射す道路をロペス少佐の車が近づいて来ると、デネロスはもう待ちきれない様子でソワソワと道端に立った。
 車が停車し、人々は車の周囲に集まった。ロペス少佐が運転席から出て来て、後部のドアを開いた。アリアナがゆっくりと降りて来た。恐らく手順を病院か車内で夫から聞かされていたのだろう、彼女は一人目の赤ちゃんを抱いて降りると、夫に渡した。ロペス少佐は壊物を抱くように慎重に赤ちゃんを抱き取った。次にアリアナは車内から2人目の赤ちゃんを出した。多分、本当はその子も父親が抱くのだろうが、アリアナが夫にピッタリくっついて抱きかかえ、夫婦揃って父親の前に立った。
 遠縁の女性が、本来は赤ん坊の祖母の役目であるらしい祈りの言葉を古い言語で囁き、赤ん坊を祝福した。そして赤ん坊一人一人の目を覗き込んだ。 ”心話”で新生児に何かを語りかけたのだ。それから彼女は後ろに退がり、パパ・ロペスとケツァル少佐に場所を譲った。
 ケツァル少佐がアリアナの前に、パパ・ロペスがシーロ・ロペスの前に立ち、女の子から先に名を呼んだ。

「ペドレリーア・オスボーネ・ロペス。」
「テソーロ・オスボーネ・ロペス。」

 どちらも「宝石」「宝物」と名を与えられた赤ちゃんは朝の光が眩しいのか目を閉じた。
 儀式はそこまでだった。パパ・ロペスがそこにいた人々に声をかけた。

「中へ入ろう。細やかな朝食を用意している。そして母親を休ませよう。」

 テオは夫とキスを交わす妹を誇らしく思いながら見つめていた。

 遺伝子組み換え人間も子供を作れるんだ!

 彼はケツァル少佐の手を取った。少佐が彼を振り返り、にっこり微笑んだ。

第11部  石の目的      4

  テオは南部国境警備隊に派遣されているブリサ・フレータ少尉から電話をもらった。フレータ少尉はオルガ・グランデ出身のカイナ族で、太平洋警備室で10年以上勤務していたが、不祥事で国境へ転属になったのだ。尤も本人は閉塞的だった海辺の村から人間の往来が盛んな国境で働くことに喜びを感じて...