2021/10/21

第3部 隠れる者  3

 ライブラリーのドアをサイスが開けると、マネージャーが苛々とリビングの中を歩き回っていた。彼はピアニストが出て来ると、駆け寄り、早く食事を済ませろと言った。

「今日は夜まで食べる暇がないかも知れない。早く食事を済ませて着替えろ。」

 そして客を憎々しげに見た。テオと少佐は心の中で苦笑しながら、暇を告げて家の外に出た。デルガドを連れて道に出ると、ギャラガが角の向こうに駐車していたテオの車で迎えに来た。

「シティホールへ行きましょう。」

と少佐が言ったので、テオは尋ねた。

「オルティスのアパートに行かなくて良いのか?」
「行っても意味がありません。」

と彼女は言った。

「恐らく彼女はアパートにいないでしょう。大統領警護隊が彼女の話を鵜呑みにすると思っていない筈です。昨日のうちに身を隠したと思います。」
「彼女はピアニストを狙っているのでしょうか?」

とギャラガが運転しながら尋ねた。しかし少佐はセルバ流に答えただけだった。

「彼女に訊かなければ分かりません。」

 デルガドはポケットの中の携帯電話が沈黙しているのが気になっていた。アスクラカンへ行ったステファン大尉が何かを掴んだら連絡を寄越す筈だ。時間的にはもうアスクラカンに到着して、ケツァル少佐の養父の遠縁の人に会っている頃だ。
 テオはサイスについていなくても大丈夫なのだろうかと心配していた。サイスはボディガードを雇っていない様だ。ハイメと言う男はボディガードにしては強そうに見えなかった。恐らく運転手か付き人なのだ。だが屈強なボディガードでも、相手が”ヴェルデ・シエロ”ならいないのも同じだ。

「少佐、こうも考えられないか?」
「何です?」

 少佐は眠たそうに見えた。普通日曜日は自宅でのんびり機関銃の手入れをしている人だ。休日に早朝から他人の心配をして走り回るのはくたびれるのだろう。テオは彼女を寝かせまいとして喋った。

「自称ビアンカ・オルティスは”砂の民”だとしよう。そしてロレンシオ・サイスの父親の親族が、サイスのコンサートを何処かで生で聞いて、サイスが気を放出していることに気が付く。親族はそれが一族にとってどんなに危険な行為か理解しているので、家長に報告する。 家長が身近にいた”砂の民”のオルティスにサイスの処分を命じる。オルティスはサイスを粛清する為に近づいたが、まだ若いのでなかなか要領を得ない。何度かコンサートに通ううちに、彼女はサイスのファンになってしまう。彼女は彼を守りたいと考え、大統領警護隊に嘘の証言をする。」
「守りたいのなら、どうして彼にドラッグを許したのです?」

 麻薬組織の摘発を最近したばかりのギャラガが質問した。テオは考えた。

「彼女は俺達に、彼女が席を外した間にサイスがドラッグをやってしまったと言った。」
「彼女はそのパーティーの常連なのですか?」
「いや、初めて参加した様なことを言った。サイスの父親と出身地が同じだから呼んでもらえた、と・・・」

 デルガドが「失礼」と遮った。

「自称オルティスは”操心”でパーティーに潜り込んだのではないですか? サイスの能力がどの程度のものなのか、確認する為に彼女が麻薬を持ち込み、他の人間を酔わせてサイスの心のタガが外れるのを観察していたとか・・・」

 流石に大統領警護隊遊撃班のエリートだ。発想が普通の人と違う。彼は運転しているギャラガに声を掛けた。

「向こうの角で降ろしてくれ。私は女のアパートを調べて来る。」

 彼はケツァル少佐の直属の部下ではない。だから文化保護担当部の指図は受けない。彼は少佐に顔を向けた。

「緊急の事態さえなければ、後でシティホールで合流させて下さい。連絡は携帯でよろしいですか?」
「俺の電話にかけてくれ。」

とテオが素早く言った。少佐は部下以外の電話の呼び出しをよく無視する。
 少佐は頷いてデルガドに了承を伝えた。そして彼が車から降りる時、一言注意を与えた。

「気をつけなさい、相手はピューマです。」

 しかしマーゲイの若者は怯むことなく微笑んで素早く立ち去った。


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