2021/10/21

第3部 隠れる者  4

  シティホールの駐車場は4分の3ほどの入りだった。昼の部と夜の部があって、夜の方が入りが多い。昼の部の当日チケットがまだ残っていたので、テオはギャラガの分も支払って2人の席を取った。少佐は興味がなさそうで、一緒にお昼ご飯を食べた後、車に残ってシエスタに入ってしまった。
 少佐が寝てしまうと言うことは、自称ビアンカ・オルティスの気配がないと言うことだ、とテオは判断した。
 座席は2階席の傾斜した客席の最後部で見通しは良くなかった。1階を見下ろすとステージの手前の座席を取っ払って客が踊れる様にしてあった。それでバンドやピアノがよく見えないのに1階席が完売していたのだな、とテオは納得した。2階席の客もダンシングタイムには1階に入っても良いと言うことになっていた。
 夜と違って曲目も定番の演目が多く、観客の服装もカジュアルだ。ロレンシオ・サイスはソロ演奏を2曲弾いただけで、後は全部バンドと一緒だった。確かに元気良い上手なピアノだったが、テオは惹き込まれる様な気分にならなかった。ギャラガが曲に乗って体を揺らしていたので、下で踊って来いよ、とテオは言ってやった。それで、少尉は「偵察です」と断って席を立った。
 テオはV IP席を見たが、そちらは夜の部の客だけなのか、どの席も空だった。
 ポケットの中の携帯電話が震動したのは5曲目が終わる頃だった。見るとデルガドだったので、テオは席を立ち、通路へ出た。

「オーラ、アルストだ。」
ーーデルガドです。やはり女は逃亡していました。

 と少尉が報告した。

ーー同室の女性に話を聞くと、昨日我々が彼女のアパートを離れた1時間後に、彼女は荷物をまとめて出て行ったそうです。
「出て行った? 部屋を引き払ったのか?」
ーーその様です。ルームメイトは今月の家賃をもらっていますが、オルティスが何処へ行ったのかは知りません。

 デルガドが自信を持って話すので、”操心”を使って相手に自白させたのだろう、とテオは想像がついた。

ーーステファン大尉から何か連絡はありましたか?
「ノ、ロホからも何も言って来ない。話を聞き出すのに手間取っているのかも知れない。ところで君はこっちへ来るかい?」
ーー行きます。今、バスに乗ることろです。一旦切ります。

 テオがシティホールの何処にいるのかも訊かずにデルガドは電話を切った。
 テオは通路の壁に沿っておかれているベンチの一つに腰を降ろした。南国のシエスタの時間にジャズコンサートなんて、いかにもアメリカ人が考えそうなことだ、と彼は思った。
 ギャラガが階段を上がって来た。通路にいるテオを見つけてそばに来た。顔が上気していて、かなり体を動かした様だ。テオは笑った。

「かなり楽しんだみたいだな。」
「伝統舞踊と違って作法を気にせずに踊れましたからね。」

 テオは大統領警護隊の本部内での生活を知らなかったが、ギャラガと親しくなってから、時々”ヴェルデ・シエロ”の若者達の軍隊生活を知る機会が出来た。それまで文化保護担当部のメンバーは誰も本部内の様子を教えてくれたことがなかったのだ。基本的に警備班の交替制勤務が本部の生活の中心で、上層部もそれぞれ担当している班のシフトに合わせて業務に就いているとか、季節の行事はちゃんとそれぞれの出身部族の仕来りに従い、時間を与えられて部族毎に行うとか、その行事の中で若者にはちょっと恥ずかしい伝統舞踊を習わなければならないとか、そう言う類だ。メスティーソの隊員は父親か母親の出身部族の行事に参加させられるのだが、ステファン大尉は絶滅したグラダ族の父と母を持つのでどの行事も不参加だ。ギャラガは母親からブーカ族だと聞かされていたのでブーカ族に参加しているが、多種の血が入っているので本人はあまり馴染めない。大尉の様に免除して欲しいなぁと思っている訳だ。ケツァル少佐はグラダ族だ。養父はサスコシ族だがその養父は伝統的でない家で育ったので、少佐もサスコシ族には参加しないで、暦に従って祈ったり瞑想に耽ったりしているだけだと言う。

「伝統舞踊は気に入らないかい?」
「だって・・・」

 ギャラガは顔を赤らめたまま、そっと声を顰めた。

「殆ど裸になって変身する迄踊るんですよ。」

 半年前までナワルを使えなかった彼は、それ迄太鼓を叩いたり、マラカスを振る役目だった。変身出来ない”出来損ない”の役目だが、正直なところ、彼はそっちの方が良かったのに、と悔やんでいた。
 テオはちょっと意外に思った。

「君はエル・ジャガー・ネグロだろ? グラダとして少佐の祈りに参加すれば良いじゃないか。カルロだって同じだ。見物なんかしていないで、君達でグラダ族の行事をやれば良いんだ。」
「グラダ族の行事なんて誰も知りませんよ。」

とギャラガが苦笑した。

「名前を秘めた女性ですらご存知ないのですから。」


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