テオはてっきり大統領府の近くの国防省ビルへ行くのかと思ったが、ケツァル少佐のベンツは大通りを走り、そのまま南へ向かって走り出した。
「ええっと・・・何処へ向かっているのか、訊いても良いかな?」
と声をかけると、ケツァル少佐が運転しながら答えた。
「ロカ・ブランカです。」
グラダ・シティとプンタ・マナの中間地点よりややグラダ・シティ寄りのビーチだ。テオの知識では観光客向けと言うより寧ろ地元民向けの海水浴場がある村だった筈だ。綺麗な砂浜があるが、飲食店やシャワーの設備はない、着替えの為の小屋だけが貸し出されている浜辺だ。泳いだ人は、体を洗わずに服を着て帰る。水着の上にそのまま服を着て帰る人もいる。遠方からの客はいないから、それで良いのだ。荷物の管理は自分でしなければならないし、ビーチの監視員もいないから、外国からの観光客は滅多に来ない。偶に白人や外国人らしき人を見かけても、大概は地元に住み着いている人だった。白い大きな岩がビーチから100メートル程沖にあり、それが地名になっていた。その岩も日が暮れた後に行けば見えないだろう。
「ロカ・ブランカに病院も憲兵隊の駐屯地もなかったよな?」
とテオが確かめると、ロペス少佐が前を向いたまま首を振った。
「ありません。しかし警察署はあります。」
どうでも良いけど、とテオは胸の内で呟いた。晩飯はどうするんだ?
軍人2人はそんな彼の心配など思いつかない様子で、全く別の話を始めた。ケツァル少佐が最初に質問した。
「式は何時挙げるのです?」
「雨季が明けたら。」
とロペス少佐が答えた。
「教会で?」
「スィ。その方が彼女も喜ぶ。伝統的な部族の結婚式は馴染まないだろうから。」
「貴方の親族はそれで納得しているのですか?」
「私の親族は父が残っているだけだ。広い意味での親族を考えればキリがない。それに彼女の方の親族も1人だけだ。」
彼はケツァル少佐に顔を向けた。
「立会人になってくれるかと言う依頼の返事をまだもらっていないが?」
ああ、とケツァル少佐が曖昧な返事をした。そして言った。
「彼女の親族の了承を得ないと、返事を差し上げにくいです。」
ロペス少佐は結婚するのか、とテオは思った。既婚者だとばかり思い込んでいたが、独身だったのだ。それで、彼は声をかけた。
「ロペス少佐、結婚されるのですね。おめでとうございます。」
少し奇妙な間を置いて、ロペス少佐が前を向いたまま、グラシャスと返事をした。するとケツァル少佐が彼に言った。
「ここで了承を得ておきなさいよ。」
「ここで?」
とテオとロペスが同時に声を発した。しかしニュアンスは全く違った。ロペス少佐は「こんな場所と場合に?」だったし、テオは「何故ここで彼が婚約者の親族に了承を得なければならないんだ?」と思ったのだ。
ケツァル少佐がベンツを道端に寄せて停めた。そして助手席のもう1人の少佐に言った。
「早く!」
訳がわからないテオは、ロペス少佐が車外に出るのを眺めた。そして、少佐が後部席に入ってきたので、驚いた。
シーロ・ロペス少佐はネクタイを直し、軽く咳払いして、テオに向かい合った。そして言った。
「私とアリアナ・オズボーンとの結婚を了承して頂きたい。」
「え?」
テオは直ぐに理解出来なかった。暗い車内で、金色に光る”ヴェルデ・シエロ”の目を見つめた。そして、徐々に事態を理解した。彼は大声を出した。
「ええっ!!」
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