2021/11/30

第4部 嵐の後で     10

  店の外に出ると、ロホとギャラガが待っていた。テオに夕刻の挨拶をしてから、ロホはアリアナには「お帰りなさい」と言った。そして直ぐにケツァル少佐からの指示を伝えた。

「ちょっと国防省からテオに仕事の依頼が入りました。それで少佐が案内されます。」

 彼はアリアナに顔を向けた。

「貴女は私が少佐のアパートまでお送りします。今日の午後から家政婦が出て来ているので、お食事の心配はありません。」
「俺の車は?」

とテオが尋ねた。

「少佐の車で俺は国防省へ行くのだと思うが・・・」

 するとアスルが口を挟んだ。

「俺があんたの車で帰る。」

 デネロスとギャラガは普段通りバスで大統領警護隊本部へ帰るのだ。テオは素直にアスルに車のキーを渡した。キーがなくても彼等はエンジンぐらいかけられるが、ここは普通にキーを使って欲しかった。アリアナはギャラガとは初対面だった。ロホが2人を紹介して、挨拶の遣り取りが始まった。
 そこへ少佐がベンツを運転して路地から出てきた。停車したベンツを見て、テオは「あれ?」と思った。助手席に男性が乗っていた。アスルが先刻言及した「客」だが、テオがよく知っている男だった。

「ロペス少佐じゃないか。」

え?とアリアナも振り返った。彼女の顔に当惑の色が浮かんだが、すかさずデネロスが彼女に囁いた。

「ロペス少佐も国防省からお呼びがかかってます。呼ばれているのは、ロペス少佐とテオの2人なんです。」

 大統領警護隊の隊員で外務省で移民・亡命審査官として勤務しているシーロ・ロペス少佐は事務方でずっと働いてきた人だ。ケツァル少佐が、「彼は随分長い間銃を扱ったことがないのではないか」と揶揄した程、ビジネススーツとアタッシュケースが似合う男性だ。純血種の”ヴェルデ・シエロ”で、テオは彼がどの部族なのか聞いたことはないが、恐らくブーカ族だろう。一族の中で一番人口が多く、大統領警護隊の隊員の多くは純血種、メスティーソを含めて殆どがブーカ族だ。つまり、ロペス少佐は戦闘から遠い場所で働いているが、超能力はかなり強いのだ。とても落ち着いて見えるし、真面目な人なので年嵩に思えたが、デネロスから聞いた話ではまだ30代前半だそうだ。
 テオは亡命して最初の1年間観察期間に置かれていた。度々文化保護担当部の友人達と事件に巻き込まれたり、遊びに行ったりして羽目を外し、ロペス少佐から叱られたことがよくあった。だから、観察期間を満了させて晴れてセルバ市民になった今でも、この男性少佐がちょっと苦手だ。
 クラクションが鳴り響き、テオは我に帰った。運転席のケツァル少佐が、早く乗車しろと鳴らしたのだ。彼は慌ててロホや他の友人達に「また明日!」と挨拶して車に向かって走った。
 助手席が塞がっているから、後部席だ。車内に入ってドアを閉めると、直ぐにケツァル少佐はベンツを出した。
 テオは前を向いたままのロペス少佐に後ろから声をかけた。

「ブエナス・ノチェス、ロペス少佐。」

 ロペス少佐は挨拶を返してくれたが、振り返らなかった。典型的な”ヴェルデ・シエロ”の神様態度なので、テオは気にせずに質問した。

「国防省の仕事って何です?」
「わかりません。」

と素気なく答えてから、それはやはり失礼だろうと思い直したのか、ロペス少佐は前を向いたまま言った。

「ハリケーンで遭難した船の乗員の身元調査に関する事案だと思います。」

 ああ、とテオは少しだけ理解した。

「俺はD N A鑑定でも依頼されるんだな。だけど、移民や亡命者の審査をする貴方がどうして呼ばれるんです?」

 ロペス少佐は直ぐに答えなかった。するとケツァル少佐が彼に尋ねた。

「遭難者は密入国者の疑いがあるのでしょう?」

 ロペス少佐が溜め息をつく音が聞こえた。

「この事案が国防に関することなのか、治安に関する外務の仕事なのか、まだ上は判断つけかねている様だ。」
「遭難船は何処の船です?」

 テオの質問に、初めてロペス少佐が振り返った。

「どの国籍の船か手がかりになるものが一つもない。故に憲兵隊はスパイ活動か犯罪を試みた組織ではないかと疑っている。」
「乗員は生きているんですか、それとも・・・」
「船と言うか、救命筏ですが、中に死者が1名、生存者2名がいました。生存者の1名は低体温症で救助後に死亡、1名はまだ意識が戻りません。ですが・・・」

 彼は前に向き直った。

「生きている男は白人です。」



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