2021/11/30

第4部 嵐の後で     12

 「本気で言ってるんですか、少佐?」

とテオは尋ねた。シーロ・ロペス少佐が他人を揶揄って喜ぶ人でないことは知っている。しかし、これは余りにも唐突過ぎる。さっき文化・教育省でベンツに乗り込む時、そばにアリアナ・オズボーンがいたじゃないか。2人揃ってあの場で言ってくれた方が衝撃が少なくて済んだのに。

「私は本気です。」

とロペス少佐が言った。

「そして彼女も本気です。」

 テオは深呼吸した。水が欲しかったが、道路側で路駐している車の中だ。ケツァル少佐が非常用の水を車中に常備しているとも思えない。彼はカラカラになった喉を堪えて尋ねた。

「何時からあなた方は交際していたんです?」
「何時からと訊かれましても・・・」

 ロペス少佐はきっと困った表情をしているに違いない。暗いのでテオには見えなかったが。

「彼女がメキシコに行った最初の半年は折に触れて様子を伺いに、私はカンクンに通っていました。彼女には会わずに、彼女の安全を確認するだけの出張でした。」
「ご存じかどうか知りませんが・・・」

 テオは妹の悪口を言いたくなかったが、後でアリアナの不利になる事態を避けたかったので、ここで言ってしまう決心をした。

「彼女は男性との交際が派手です。アメリカ時代も男友達が大勢いましたし、セルバでも・・・」

 彼は勇気を振り絞って言った。

「彼女はカルロ・ステファン大尉やシャベス軍曹と関係を持ちました。この俺も、血が繋がっていませんから、アメリカ時代には関係を持ったことがあります。」
「知っています。」

とロペス少佐が遮った。

「私が結婚を申し込んだ時に、彼女が全て話してくれました。」
「それでも?」
「それでも、私は一向に構いません。メキシコへ行ってからの彼女は、貴方が先刻仰った様な生活をしていたとは信じられない程真面目で身持ちが固かったのです。私は最初の半年、彼女に見つからない様に観察していました。彼女の生活態度が真面目で仕事も熱心に取り組んでいたので、次の半年の勤務延長をメキシコ側から要請された時に、許可を出しました。その時点で彼女は正式にセルバ国籍を取得しました。私が彼女の前に出て、隠れて観察していたことを打ち明けても彼女は怒りませんでした。それから私は一月に一回の割合で彼女の様子を見にメキシコへ通いました。彼女は生活と勤務のリポートを書いて提出しました。それから半年後の最後の延長手続きの後、私達は一緒に食事をしたり仕事の後の時間を過ごす様になりました。
 アリアナ・オスボーネは貴方が知っている昔のアリアナ・オズボーンとは違うのです。」

 テオが黙り込んだ。ケツァル少佐が車を再び動かした。外はもう真っ暗だ。
 テオは一般人がいる場所では話せない問題をぶつけてみた。

「アリアナと俺は人工的に遺伝子操作されて生まれた人間であることは、話しましたね。俺達と普通の人間の間に子供を作れるのかどうかわかりません。作れたとして、どんな子供が生まれてくるのか、それもわかりません。ましてや・・・」
「ましてや”ツィンル”との間に生まれる子供は想像つかないと?」

 ロペス少佐は己のことを”ヴェルデ・シエロ”とは呼ばずに”ツィンル”と敢えて呼んだ。ナワルを使って動物に変身する”ヴェルデ・シエロ”のことだ。変身出来ない”ヴェルデ・シエロ”は含まれない。ロペス少佐は決してミックスを”出来損ない”とは考えていない、と以前テオはケツァル少佐から聞かされたことがある。ミックスが失敗して正体を一般人に知られそうになるのを心配しているだけだ、と。もしそうなったら、そのミックスは”砂の民”に抹殺されてしまうからだ。”ツィンル”は普通の人間とは遺伝子的に離れているのだろう。だから、テオは人工的に遺伝子操作された自分達と”ツインル”の間に子供が出来ることを心配している。
 テオは首を振った。ロペス少佐は楽観主義者に見えなかったが、こう言った。

「子供が生まれてみないとわからないことでしょう。」

 彼はテオから目を逸らした、とテオは思った。金色の光が前を向いたのだ。ロペス少佐は囁くような低い声で言った。

「あなた方”ティエラ”から見れば、現在の我々だって十分怪物ですよ。」

 テオはハッとした。”ヴェルデ・シエロ”だって人類だ。非常に稀な遺伝子を持ち、非常に稀な能力を持った、非常に極少数の現存数しかいない一つの人種だ。彼等は絶滅すまいと大昔から必死で種を守ってきたに過ぎない。

 決して特別な存在ではないのだ

 ロペス少佐はそう言いたいのだ。アリアナもテオも特別な存在ではない、地球上に住んでいる人間の1人に過ぎない、と。考えれば、一番最初に”ヴェルデ・シエロ”との間に子供を作った人は、難しいことなど考えなかっただろう。自然に愛の営みを行なって、子供を生んだのだ。

「俺が間違っていました。」

とテオは言った。

「アリアナは幸せになる権利を持っています。それは貴方も同じだ。」

 彼は手を少佐に差し出した。

「どうか幸せになって下さい。もし・・・」

 彼はちょっと相手を揶揄いたくなった。

「彼女の扱いに困ったら、何時でも相談して下さい。アリアナ・オズボーンの対策法を伝授しますよ。」
「グラシャス!」

 いきなりロペス少佐の手が彼の手を掴み、力強く揺さぶった。事務方にしては力の強い手で、やっぱり軍人だ、とテオは感心した。

 

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