2022/05/06

第7部 南端の家     1

  カブラロカ遺跡は細長い渓谷の奥に存在する、セルバ共和国で一番「秘境」っぽい場所にある遺跡だった。オクタカス遺跡よりティティオワ山よりで、山の南側、火山からの溶岩で形成された5本の脚の様な尾根と尾根の間にある渓谷の奥だ。ティティオワ山の噴火は有史以前のことなので、溶岩の山も今は土を被り植物が覆っている。ジャングルとは少し植生が異なるが、素人が見れば密林だ。それぞれの谷間に水の流れがあり、カブラロカ遺跡は一番水流が多い川の上流にあった。雨季は川が増水するので、今迄存在を知られていても近づく人が殆どいなかった遺跡だ。近寄り難い場所にあるので、要塞か宗教的施設かと想像されていたが、近年そうではないらしいと言う見解が出て来た。土地が狭いので建造物は少なく規模も小さいが、オクタカス遺跡とよく似た形状で建物が配置されており、地形的にもオクタカスと似ていた。遺跡のすぐ背後にメサがあって、洞窟があったのだ。
 グラダ大学考古学部准教授ハイメ・ンゲマは学生10人と共に雨季が終わるとカブラロカに足を踏み入れた。陸軍警護班5名と監視役の大統領警護隊文化保護担当部キナ・クワコ中尉も一緒だった。
 ンゲマは最初に川から離れた高い場所にベースキャンプを設置した。遺跡のそばで寝泊まりしたいが、川のそばが危険だと言うことを常識として知っていた。スコールで増水すれば学生達の命を危険に曝しかねない。それに水辺は動物が集まって来る。危険生物との接近遭遇や生態系へ影響を及ぼすことを避ける目的もあった。
 キナ・クワコ中尉、通称アスルはンゲマが扱いやすい学者だと認識していた。”ヴェルデ・ティエラ”だから、何か不都合なことがあれば”操心”で操れるし、セルバ人の常識を持っている。それに師匠はセルバ考古学の重鎮だから、発掘のマナーもみっちり仕込まれていた。
 初日にキャンプを設置してしまうと、ンゲマ准教授はアスルと陸軍警護班のデミトリオ・アレンサナ軍曹を連れて遺跡を一望出来る尾根へ登った。2人に地図を渡し、発掘作業を開始する場所と後に拡張する範囲を説明した。警護する者にとって有り難いことだった。アスルはオクタカスでもメサの上から監視出来たことを思い出し、その場所を己の持ち場と決めた。

「今日から2週間作業をして、1週間大学に戻り、また2週間作業して、と繰り返す予定です。」

 ンゲマの説明に、アレンサナ軍曹が頷いた。軍隊の休日ではないが、部下達を近くの街へ引き上げさせて休ませることが出来る。国内の研究機関の護衛を引き当てると、この手のサイクルで仕事をしてくれるので、軍隊としても嬉しいのだ。外国の発掘隊だとこうはいかない。乾季の持ち時間ギリギリまで発掘を続けるので、護衛部隊もずっと現場にいなければならないのだ。アレンサナは己の籤運の良さに感謝した。
 監視役のアスルはンゲマ准教授の発掘隊が完全に作業を終了させる迄担当の遺跡から目を離せない。ただ発掘隊が大学に戻っている間はリラックス出来るので、彼もグラダ大学のスケジュールを歓迎した。
 暗くなる前に学生達と兵士達が食事の支度と翌日からの作業の準備に入った。発掘隊の規模が小さいので、護衛も一緒に食べる。2名を歩哨に残し、一行は寛ぎの時間に入った。アスルは料理の皿を受け取ると、目をつけておいた木に登って、枝にまたがる形で座り、食事をした。自ら料理して仲間に振る舞う腕前の彼にとって、「稚拙な味」だったが、決して文句は言わない。監視業務に就いている時は料理をしないのだから、他人の作った物に我儘を言わないことにしていた。
 グラダ・シティの家は、アスルが監視業務でグラダ・シティを離れている間は、空き家だ。借主のテオドール・アルストが時々様子を伺いに戻って来るが、テオはもうケツァル少佐のコンドミニアムに引っ越してしまっており、家賃だけ家屋の所有者に支払っている状態だ。アスルは部屋代をテオに払うが、家の借主の権利は持っていない。少佐からテオに代わって借主になれとせっつかれている。しかしアスルは固定した家を持つ気分にまだなれないでいた。テオの家の居候と言う立場が一番気楽なのだ。そして、他の家に移ろうと言う気持ちにもなれないでいた。

 いっそのこと、ロホが引っ越して来れば良いんだ。

と彼は思った。寝室とダイニング兼リビングしかない狭いアパートより、広くないが寝室2部屋にリビングとダイニングがあるテオの家の方が、将来ロホに必要となるだろう。それとも旧家の息子らしくロホは結婚したらどこか大きな家を手に入れるのだろうか。

 家の交換を持ちかけてみようか?

 ロホが現在住んでいるアパートは、かつてカルロ・ステファンが住んでいた。だからあのアパートならアスルも引っ越して構わないと思った。
 アスルが空になった皿を片付けるために木から降りた時、川下の方向で鳥が騒いだ。陽が落ちて暗くなっていた。だが確かに鳥が騒いでいた。群れで夜を過ごしていた鳥達がいる茂みで何かがあったのだ。
 アスルがその方向を見て立っていると、アレンサナ軍曹がそばに来た。

「鳥が騒いでいますね。」

と軍曹も気になるのか、話しかけてきた。この軍曹は夜目が利く。かなり薄いが”ヴェルデ・シエロ”の血を受け継いでいるのだ。もう”心話”や”感応”は使えない、ほぼ99パーセント”ティエラ”だが、暗闇の中でも目が見えた。当人は先祖に”ヴェルデ・シエロ”がいるなんて夢にも思っていないだろうが。アスルは鳥の巣を何かが襲ったのだろう、と呟いた。

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