2022/04/29

番外編 2   引っ越し 2

  テオは鞄一つ持って、西サン・ペドロ通りの高級コンドミニアムに到着した。ケツァル少佐にあらかじめ教えられた場所に車を駐車すると、周囲は高級車ばかりで、己の中古の日本車が見窄らしく見えた。しかし性能は高級車並みだ、と胸を張ることにした。
 前日にセキュリティ登録されていたので、顔認証と暗証番号で第1ドアを通り、次のドアも第2暗証番号で入った。エレベーターに乗り、目的のフロアに到着した。慣れた場所で、少佐の部屋のチャイムを鳴らすと、少佐が数秒後にドアを開けた。

「部屋を間違えています。」
「はぁ?!」

 思わず声を上げてしまったテオに、少佐は隣のドアを指差した。

「貴方はあっちです。」
「だが、同居するんじゃ・・・」

 戸惑うテオを少佐は無視して通路に出て来た。隣のドアの暗証番号を入れて、ドアを開いた。

「こちらの部屋も私の部屋なのです。」
「何時から?」
「ここに入居した時から。」
「・・・知らなかった・・・」
「女の家と男の家に別れて住むのです。正式に結婚する迄の習慣です。行き来は自由です。」

 テオは初めての部屋に入った。がらんとした空間で、6人掛けのテーブルと椅子がダイニングにあるだけだ。テオは鞄をリビングの真ん中にぽつんと置かれていた古いソファの上に投げ出し、寝室を見に行った。客間は空っぽで、奥の寝室だけは真新しいベッドと寝具が置かれていた。それだけだ。
 暫く呆然と立ち尽くすテオの後ろで少佐が説明した。

「貴方も大学の学生達を家に呼んだりすることがあるでしょう? 自宅の研究室も必要ではありませんか? この部屋は貴方が自由に使える空間です。食事や普段の寛ぎの場所は私の部屋を自由に使って頂いて結構です。文化保護担当部の会合は貴方もいつも参加されていますから、公私混同されても誰も気にしません。でも貴方のお仕事は私達には難しいし、邪魔をしてはいけない慎重を要するものだと、私達は理解しているつもりです。一旦通路に出るのが面倒ですが、仕切りは必要だと思うのです。」

 テオは少佐を振り返った。目の奥に熱いものが込み上げてきた。

「グラシャス、少佐。だけど、俺はこの部屋の家賃をまだ払えない・・・」
「貴方が教授に昇進する迄、私の父が払ってくれます。私の持参金の代わりです。」
「持参金?」
「女が結婚する時に親が持たせるお金です。残念ながら私は結婚資金を貯金すると言う考えがなかったので・・・」

 少佐が子供の様に舌を出して見せた。テオは笑い出し、彼女を抱き締めた。

「君は結婚すら考えなかったんだろ?」
「ずっと先の話だと思っていました。」

 少佐も彼の体に腕を回した。

「一族は私がグラダの血を残すことを期待すると同時に、グラダの人口が増えることを危惧してもいます。私はどの部族と結婚しても、その一族の期待がついて回ることを想像して嫌だったのです。」
「白人の俺が君と結婚したら、一族は失望するんじゃないのか?」
「でも私の子供達は、お陰で大神官やママコナの候補者争いから外れますよ。」

 彼女が彼を見上げて、ニンマリ笑った。テオも笑顔のまま返した。

「わかった、俺の遺伝子を存分に利用してくれ。」


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...