2024/05/08

第11部  紅い水晶     17

  ノックと呼びかけに反応がなかったので、ギャラガはドアノブを掴んだ。 ”ヴェルデ・シエロ”に鍵は効力を持たないが、ドアは施錠されていなかった。ギャラガはチラリとケツァル少佐を見て、入ります、と目で伝えた。少佐が頷いた。形だけでもアサルトライフルを構えて、ギャラガは屋内に足を踏み入れた。少佐が続き、ロホが最後にドアを開放したまま入った。
 屋内は静かだった。ディエゴ・トーレス技師は整理整頓する主義なのか、リビングは片付いていた。ただ旅行で使用したスーツケースだけ二階へ通じる階段の下にぽつんと放置されていた。ここまで運んで来たが、スーツケースを抱えて階段を登る気力がなかったのか?
 ギャラガが一階をチェックし始めた。トーレスの名を呼びながら、各部屋を用心深くドアを開いて見ていく。少佐とロホは慎重に階段を上がった。リビングは吹き抜けで階段を上がった先にバルコニー状の廊下があり、ドアが3つあった。右端のドアが開いたままで、廊下に半身を出した形で倒れている人間の姿があった。Tシャツと短パンだけの男性だ。首や腕に日焼け跡がくっきり残っている。
 少佐が男性のそばにかがみ込むと、ロホは彼の下半身が残っている室内を見た。ベッドが乱れたまま放置され、窓はブラインドが閉じられている。クローゼットなどは閉じられたままだ。
 少佐が男性の首を眺めた。生気がないが、死人の肌には見えなかった。彼女はポケットからシリコンの手袋を出して装着し、男性の首に触れてみた。脈を確認すると弱々しくはあるが、まだ生きていることがわかった。

「セニョール・トーレス?」

 声をかけると、微かに呻き声が答えた。少佐は男性の体をゆっくりと仰向けにした。トーレスはげっそりとやつれていた。全身から水分を失った様に見えた。
 ロホが寝室から出てきた。

「怪しい気配はありません。」

と言ってから、彼はあることに気がついた。

「彼は何を握っているのです?」

 ケツァル少佐もトーレスが右手で何かしっかり握りしめていることに気がついた。手を開かせようとしたが、物凄い力で握っているので指が開かない。ロホが交代を申し出たので、手袋装着を命じた。死にそうな姿なのに抵抗するので、少佐が手首をつかみ、ロホが指をこじ開けた。
 コトリっと音を立てて、赤い光る物が転がり落ちた。それを見て、少佐とロホは顔を見合わせた。

「ルビーですか?」
「ノ、この質感は水晶です・・・」

 ケツァル少佐の養母は宝飾品のデザイナーだ。少佐も幼少の頃から色々な石を見て育ってきた。しかし、目の前にある、ルビーの様に真っ赤な水晶は見たことがなかった。
 少々困惑して少佐はトーレスの手を見た。開かれた技師の手の内側を見て、彼女はギョッとした。黒く爛れていたからだ。まるで火傷をしたみたいに・・・。

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第11部  紅い水晶     22

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