「ペンディエンテ・ブランカの入り口辺りに、この男の連れがいる筈だ。車の中にいる。警察に駆け込まれると面倒だから、眠らせてくれ。」
誰かがそう囁いていた。男の声だ。すぐ近くにいる。別の声が少し離れた位置で「承知しました」と応えた。
マイロは目を開こうと努力した。頭を動かすと後頭部に針で刺された様な痛みがあった。思わず声を出した。最初の声の主がそれを聞きつけた。
「目が覚めた様だ。」
「照明を点けましょう。」
3人目の声がそう言った。そして目の前にほんわりとした黄色い灯りが灯った。マイロは己の瞼が開いていたことに気がついた。今迄真っ暗だったのだ。声の主達がいると思しき方向へ顔を向けた。男が2人座っていた。ライト付きのヘルメットを被り、繋ぎの作業服の様な格好だ。マイロは起きあがろうとした。再び後頭部がズキリと痛んだ。思わず悪態が口から出た。
「ああ、糞!」
すると男の一人が囁いた。
「アメリカ人です。英語を喋りました。」
「知っている。」
片方の男がそばへ来た。
「軽い脳震盪だ。それから少し頭皮を切っているが、大した傷ではない。」
「大したことはなくても、痛い。」
と言いつつ、マイロは用心深く上体を起こした。恐る恐る後頭部に手を当ててみた。チクリと傷が痛んだ。
「一体、僕の身に何が・・・?」
「それは私にはわからない。」
と男が言った。
「君は竪穴から滑り落ちて来た。そして私の学生達の前にいきなり現れたのだ。」
「学生?」
マイロは周囲を見回した。そして、2人の男の後ろにある物に気がつき、ギョッとした。
「貴方の後ろ!ミイラじゃないか?!」
「スィ、ミイラだ。」
男もその連れも平然としていた。連れの若い方が言った。
「ここは14世紀の地下墓地で、我々は考古学者です。」
マイロは暫く理解出来ないで土の上に座っていた。彼が覚えているのは、スラム街で携帯電話を少年にひったくられ、追いかけたことだ。路地に入り込み、角をいくつか曲がって、少年に追いつけそうになった時、いきなり後ろからガツンとやられた。そこで意識が飛んでしまった。
マイロが黙ってしまったので、歳上の男が言った。
「オルガ・グランデの地下は金鉱を掘るための地下通路が迷路状に広がっている。そして古代から近世迄の先住民の地下墓地が同様にアリの巣のように造られている。市街の至る所にその入り口が口を開いていて、うっかりすると転落する。生きて出られるのは稀だ。大概は落ちたら死ぬ。」
マイロは溜め息をついた。
「うっかり落ちたんじゃないと思う。ひったくりを追いかけて、多分そいつの仲間に後ろから襲われたんだ。気絶した。覚えているのはそれだけだ。」
ああ、と若い方が呟いた。
「この人、穴に捨てられたんですよ。」
「運が良かったな。垂直の穴ではなく、傾斜孔に落とされたのだ。」
彼等は立ち上がり、歳上の方がマイロに手を差し出した。
「立てるか、ドクトル・ミロ?」
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