暫くテオはママコナが去った方向を見つめて立っていた。伝説の大巫女様と言葉を交わしたことが、まだ信じられなかった。彼女はスペイン語を話したのだ! しかもインターネットで世間のことを知っていると言った! 彼女がテレパシーで”ヴェルデ・シエロ”に話しかける言葉は、人語ではなくジャガーの言葉だった! ”ヴェルデ・シエロ”達に与えられる”真の名”はジャガーの言葉だったのだ!
どこか暗がりの遠くでドアが閉じられる微かな音が聞こえ、彼は我に帰った。ママコナは完全に神秘の場所へ戻って行った。2度と彼の前に現れることはないだろう。
テオはこれから行くべき方向へ向き直った。彼を導いてくれる人がいると言う通路を目指して歩き始めた。彼の足音だけが暗がりの中で響いた。そう言えば自宅のリビングから”空間通路”を超えてやって来たのだ。靴は部屋履きのサンダルだった。服装も部屋着のままだった。こんなラフな格好で大巫女様と対面していたのだ。今更ながら恥ずかしくなった。本当は正装して面会する相手だった筈だ。
テオが新たな通路の入り口を認めた時、そこに人影が現れた。彼はドキリとして立ち止まった。まばらに壁に取り付けられた松明の灯りで、その人物が白っぽい服装であることがわかった。ローブのように肩から足首まですっぽり隠している。身長があって、しかしその体格は女性だった。頭部には仮面が装着されていた。
最長老だ・・・
背が高くて女性の最長老を、テオは一人だけ知っていた。相手の部族も名前も教えられていないが、以前地下の聖地で絶体絶命の危機を助けてもらった。
テオはママコナが言った「貴方がご存じの人」はこの最長老のことだろうと悟った。ここは神殿内部で、普通の大統領警護隊の隊員は入って来られないのだ。
もし、無断でピラミッドに入り込んだことを咎められたら、それはそれで罰を受けよう、とテオは覚悟した。ここで逃げ出して騒ぎを起こしても逃げ切れるものではない。母国から亡命して受け入れてくれたセルバ共和国に迷惑をかけられない。
彼は意を決して声を出した。
「ブエナス・ノチェス、”空間通路”に巻き込まれて、ここへ出てしまいました。」
最長老は彼を眺めた。
「テオドール・アルスト・・・でしたね?」
「スィ。貴女の一族の人と俺の自宅で話をして、彼が”空間通路”を使って帰ってしまった直後に彼を追いかけようとして、”入り口”に入ってしまい、次の瞬間にこの空間に出てしまいました。ここは・・・まさか、神殿じゃないでしょうね?」
最後はちょっと惚けて言ってみた。
「神殿です。」
と最長老があっさりと答えた。
「貴方は入ってはいけない場所に出てしまったようですね。」
テオは恐る恐る尋ねた。
「俺を逮捕しますか?」
「さて、どうしたものでしょう。」
最長老の表情は仮面で全く察することが出来なかった。だが、その声は確かにテオが”暗がりの神殿”の奥にあった聖域で出会った人だ。彼女は彼に手招きした。
「場所を移動しましょう。もう少し安全な場所へ移ってから、貴方の処遇を考えます。」
そして、多分、仮面の下で笑ったのだろう、こう付け加えた。
「急に走り出したり消えたりしないでください。」
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