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2022/07/25

第8部 贈り物     3

  帰りの車の中で、テオはケツァル少佐にパパ・ロペスが彼女に何と囁いたのかと訊いてみた。少佐はらしくもなく照れて見せてから答えた。

「もしロペス家に女の子が生まれたら、私に名付け親になって欲しいと仰ったのです。」
「名誉なことだな!」
「スィ。私は両親が罪人でした。ですから、礼儀として一旦お断りしたのですが、それでも構わないからと仰って。」
「男の子の場合の名付け親は・・・パパ・ロペスなんだろうな?」
「一族の風習に従えば、そうなります。シーロのお母様は早くに亡くなっていますから、本来は母系の伯母が女の子の名付け親になるのですが、親戚筋に女性がいないそうです。」
「そう言えば結婚式にロペス家の親戚ってあまり来ていなかったな。白人との結婚に反対なのかと思ったが・・・」
「私達一族は実際のところ出生率が低いのです。幼児の生存率も低く、子供が成人する迄育つ様になったのは、最近のことです。兄弟が大勢いるロホは例外なのですよ。パパ・ロペスのご兄弟も子供時代に亡くなってしまったのです。」
「マハルダも兄姉が多いけど・・・」
「あの家はメスティーソですから。」

 名誉な依頼の話はともかく、もう一つテオには疑問があった。

「セルバでは母親の姓が子供に受け継がれるだろ? ロペス家の子供はオスボーネ(オズボーン)になるのかい?」
「名乗る時はオスボーネ・ロペスになるでしょう。でも子供達が将来どちらの姓を選択するかは、その時にならないとわかりません。現在の法律では好きな方を選べます。」
「それじゃ・・・」

 テオはちょっと緊張した。

「君と俺の間に子供が出来たら、その子は、ケツァル・ゴンザレス? それともミゲール・ゴンザレス?」

 少佐が笑った。

「ケツァル・アルストもありますよ。」
「うーん・・・」

 テオは運転しながら頭を悩ませた。

「やっぱり子供に選ばせた方が良いなぁ・・・」
「その前に結婚しなければ。」

 少佐がウィンクした。テオはドキドキした。ケツァル少佐の養父母は富豪だが、愛娘が大袈裟な挙式を行うことを好まないと承知している。このまま役場へ行って婚姻届を出してしまっても、文句を言わないだろう。しかしテオはまだ薄給の准教授だ。少佐の収入の方が遥かに高く、つまらぬプライドだと承知していても、やはり彼女より稼げる様になる迄結婚を我慢したかった。
 それとも独身と言う身分に未練があるのか?
 その時、少佐がハンドバッグから携帯電話を取り出した。画面を見て、首を傾げた。

「アンゲルス鉱石のバルデス社長からです。」
「え?」

 思いがけない人物からの電話だ。テオもびっくりした。バルデスは善人とは言えないが、セルバ共和国への愛国心は持っている。大企業の社長だが、見方によってはマフィアの首領とも言える。テオと大統領警護隊の友人達にとって、敵ではないが、味方でもない、場合によって協力してくれるが見返りが必要と言う相手だった。お気軽に電話で話をする相手でないことは確かだ。
 ケツァル少佐が電話に出た。

「オーラ・・・」
ーーケツァル少佐!

と挨拶抜きでバルデスが話しかけてきた。

ーー一大変です、ネズミが姿を消しました!!



第8部 贈り物     2

  最初はシャンペンで乾杯した。シーロ・ロペス少佐が招待に応じてくれたテオとケツァル少佐に感謝を述べ、それから客を招くことを許可してくれた父親に敬意を表した。それでテオもお招きに対する感謝を述べた。

「ところで、今日は何かのお祝いなのかな? 今ここで訊いても良いのかどうか知らないけど。」

 彼がそう言うと、驚いたことに、パパ・ロペスも言った。

「儂も知りたい。お前達は何を企んでいるのだ?」

 シーロ・ロペスが珍しく頬を赤らめた。彼が助けを求めるように妻を振り返ったので、アリアナが苦笑して、そして答えた。

「私達、子供を授かりました。今、3ヶ月です。」

 ほほーっとパパ・ロペスが声を上げ、ケツァル少佐が立ち上がってアリアナの席に駆け寄った。

「おめでとう!」
「グラシャス!」

 テオも思わずロペス少佐の手を掴んで激しく揺さぶった。

「おめでとう! 遂に父親になるんだな!」

 ロペス少佐は照れてしまい、小さな声で「まだ生まれていません」と呟いた。テオはパパ・ロペスにも祝辞を告げ、握手した。アリアナがテオに囁いた。

「素直に喜んでくれるのね?」
「当たり前じゃないか!」

 テオは彼女の前に立った。ケツァル少佐から彼女の前の位置を譲ってもらい、義妹を抱きしめた。

「血は繋がっていなくても、君は俺の可愛い妹なんだ。君に子供が出来たら、俺の甥や姪になるんだよ。俺は伯父さんになれるんだ!」
「シーロと私の子供・・・」
「どんな子供だろうと、素晴らしい子供に決まってるさ!」

 彼は改めてロペス少佐を振り返った。

「守るべき者が増えますが、貴方も体を大切にして下さい、少佐。」

 するとロペス少佐が言った。

「今日からシーロと呼んで下さい。私も貴方をテオと呼びたい。」

 テオは思わず堅物の少佐を抱きしめた。

「俺の弟だ!」

 ケツァル少佐はそれを微笑みながら見ていたが、彼女の耳にパパ・ロペスが何やら囁くと、頬を赤らめた。

2022/07/24

第8部 贈り物     1

  セルバ人は気さくに友達を自宅に招くが、”ヴェルデ・シエロ”が必ずしもそうであるとは限らない。大昔から周囲に自分達の正体を隠して生きて来たこの種族は、こいつは信頼できる、と確信が持てなければ自宅に招き入れない。大概の場合は、自宅近くのレストランなどへ友人を連れて行って、そこで奢ってあげる、と言うのが定石だ。メスティーソの人口比率が高い”ティエラ”(普通の人間)は、”ヴェルデ・シエロ”の一族を「少しばかり警戒心の強い伝統的な先住民」と見做しているので、気にしない。それに”ヴェルデ・シエロ”系のセルバ人は本当に数が少ないので、存在を気づかれることも滅多にないのだった。
 外務省出向の大統領警護隊司令部所属のシーロ・ロペス少佐がケツァル少佐とテオドール・アルストを自宅へ食事に招待した時、テオもケツァル少佐も正直なところちょっと驚いた。ロペス少佐は大統領警護隊の中でも堅物として知られており、彼と同期で仲が良かった隊員でもロペス少佐の実家に招かれたことがなかった。それが丁寧に日時の都合を尋ねて来て、土曜日の午餐の約束を取り付けたので、テオとケツァル少佐は何事だろうと訝しく思った。
 当日、テオは失礼にならない平服で花を、ケツァル少佐も軽い柔らかな素材のワンピースにワインの瓶を仕入れて、彼女の車で郊外にあるロペス家の邸宅へ向かった。
 ブーカ族の旧家であるロペス家はコロニアル風の一戸建てだった。白い土壁のフェンスに囲まれ、フェンスには蔦が絡みついて赤い花が咲き乱れていた。大邸宅と呼べるほどの広さはなかったが、門を入って駐車するスペースが5台分あり、庭は緑の芝生と花壇が美しく配置されていた。午餐会は蔦植物を這わせたパーゴラの下に設置されたテーブル席に用意されていた。ロペス少佐の妻のアリアナ・オズボーンとメイドが料理を並べていて、客の到着に気がつくと、家の中に向かってアリアナが声を掛けた。

「シーロ! いらしたわ!!」

 直ぐに玄関の扉が開き、軽装のシーロ・ロペス少佐が姿を現した。テオはプライベイトな招待の場合、軍人同士どんな挨拶をするのだろう、とちょっと疑問を抱いたが、2人の少佐は普通に先住民様式の挨拶を交わしただけだった。ロペス少佐は堅物だが、家族以外の男女が気軽に言葉を交わすことを気にしていない。また年齢の上下にもこだわらなかった。テオは彼と握手を交わし、招待に対する謝辞を述べた。そこへエプロンを外したアリアナがやって来て、今度はケツァル少佐とテオにハグで挨拶した。

「ところで、今日は何かのお祝いなのかな?」

 テオが義妹に尋ねると、アリアナは意味深に夫と視線を交わし、それから微笑んで「スィ」と答えた。
 リビングは涼しく、シンプルだった。普通の一般家庭と変わらず、テレビやオーディオセット、ソファなどが置かれていて、天井で大きなファンがゆったりと回っていた。ソファの真ん中で腰を据えてテレビを見ていたロペス少佐の父親が客を見て頷いた。ケツァル少佐は彼の前に行き、右手を左胸に当てて上体を軽く前に傾け、目上の人に対する挨拶をした。息子の結婚式で彼女とテオに既に会っていたパパ・ロペスはまた頷き、それから立ち上がって白人のテオに握手で挨拶した。旧家の当主が異文化の挨拶をしたので、テオはちょっと驚いたが、息子の少佐は特に驚いた風もなく、客と父親に庭へ出るよう促した。

第11部  紅い水晶     20

  間も無く救急隊員が3名階段を昇ってきた。1人は医療キットを持ち、2人は折り畳みストレッチャーを運んでいた。医療キットを持つ隊員が倒れているディエゴ・トーレスを見た。 「貧血ですか?」 「そう見えますか?」 「失血が多くて出血性ショックを起こしている様に見えます。」 「彼は怪我...