2022/07/24

第8部 贈り物     1

  セルバ人は気さくに友達を自宅に招くが、”ヴェルデ・シエロ”が必ずしもそうであるとは限らない。大昔から周囲に自分達の正体を隠して生きて来たこの種族は、こいつは信頼できる、と確信が持てなければ自宅に招き入れない。大概の場合は、自宅近くのレストランなどへ友人を連れて行って、そこで奢ってあげる、と言うのが定石だ。メスティーソの人口比率が高い”ティエラ”(普通の人間)は、”ヴェルデ・シエロ”の一族を「少しばかり警戒心の強い伝統的な先住民」と見做しているので、気にしない。それに”ヴェルデ・シエロ”系のセルバ人は本当に数が少ないので、存在を気づかれることも滅多にないのだった。
 外務省出向の大統領警護隊司令部所属のシーロ・ロペス少佐がケツァル少佐とテオドール・アルストを自宅へ食事に招待した時、テオもケツァル少佐も正直なところちょっと驚いた。ロペス少佐は大統領警護隊の中でも堅物として知られており、彼と同期で仲が良かった隊員でもロペス少佐の実家に招かれたことがなかった。それが丁寧に日時の都合を尋ねて来て、土曜日の午餐の約束を取り付けたので、テオとケツァル少佐は何事だろうと訝しく思った。
 当日、テオは失礼にならない平服で花を、ケツァル少佐も軽い柔らかな素材のワンピースにワインの瓶を仕入れて、彼女の車で郊外にあるロペス家の邸宅へ向かった。
 ブーカ族の旧家であるロペス家はコロニアル風の一戸建てだった。白い土壁のフェンスに囲まれ、フェンスには蔦が絡みついて赤い花が咲き乱れていた。大邸宅と呼べるほどの広さはなかったが、門を入って駐車するスペースが5台分あり、庭は緑の芝生と花壇が美しく配置されていた。午餐会は蔦植物を這わせたパーゴラの下に設置されたテーブル席に用意されていた。ロペス少佐の妻のアリアナ・オズボーンとメイドが料理を並べていて、客の到着に気がつくと、家の中に向かってアリアナが声を掛けた。

「シーロ! いらしたわ!!」

 直ぐに玄関の扉が開き、軽装のシーロ・ロペス少佐が姿を現した。テオはプライベイトな招待の場合、軍人同士どんな挨拶をするのだろう、とちょっと疑問を抱いたが、2人の少佐は普通に先住民様式の挨拶を交わしただけだった。ロペス少佐は堅物だが、家族以外の男女が気軽に言葉を交わすことを気にしていない。また年齢の上下にもこだわらなかった。テオは彼と握手を交わし、招待に対する謝辞を述べた。そこへエプロンを外したアリアナがやって来て、今度はケツァル少佐とテオにハグで挨拶した。

「ところで、今日は何かのお祝いなのかな?」

 テオが義妹に尋ねると、アリアナは意味深に夫と視線を交わし、それから微笑んで「スィ」と答えた。
 リビングは涼しく、シンプルだった。普通の一般家庭と変わらず、テレビやオーディオセット、ソファなどが置かれていて、天井で大きなファンがゆったりと回っていた。ソファの真ん中で腰を据えてテレビを見ていたロペス少佐の父親が客を見て頷いた。ケツァル少佐は彼の前に行き、右手を左胸に当てて上体を軽く前に傾け、目上の人に対する挨拶をした。息子の結婚式で彼女とテオに既に会っていたパパ・ロペスはまた頷き、それから立ち上がって白人のテオに握手で挨拶した。旧家の当主が異文化の挨拶をしたので、テオはちょっと驚いたが、息子の少佐は特に驚いた風もなく、客と父親に庭へ出るよう促した。

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第11部  紅い水晶     14

  ロカ・エテルナ社を出たケツァル少佐は自分の車に乗り込むと、電話を出して副官のロホにかけた。 ーーマルティネスです。  ロホが正式名で名乗った。勿論かけて来た相手が誰かはわかっている。少佐は「ミゲールです」とこちらも正式名で応えた。 「まだ詳細は不明ですが、霊的な現象による事案...