2021/06/27

はざま 9

 「ほらね」

とケツァル少佐がステファン中尉に話しかけた。

「この人は、常識では考えられないことが目の前で起こっても、ちっとも驚かないでしょう?」

 中尉が頷いた。

「ちょっと異常です。」
「俺が異常なら、君達は何なんだい?」

 シオドアは不機嫌になって、大きな口を開けてタコスにかぶりついた。チリコンカンは完食していた。少佐と中尉はタコスを食べ終えようとしていた。軍人達は食べるのが早かった。訓練されているのだろう。中尉がビールを一口飲んでから反論した。

「私達は常識で考えられないものを見たら、驚きます。」
「君達の常識の範囲がわからないね。」
「生まれた時から見聞きしてきたものです。」

 シオドアはタコスを皿に置いた。

「何を見聞きして来たんだ? 悪霊の煙か? 不快な臭い? 一晩で消えた村? ケネディがまだ生きている時代か?」

 少佐が溜息をついた。

「ドクトル、私達の一族は、あなた方白人がこの土地に来る前から、ここにいました。」
「知ってる。」
「あなた方が理解出来ない、理解しようとしない宗教を持っていましたし、今もカトリックの信仰の陰でそれは活きています。」
「それも知っている。」
「あなた方はキリスト教や科学の知識でものを考えます。でも私達はそうではありません。古代の宗教でものを考えます。」
「古代の宗教を信じているから悪霊や呪いが見えたり聞こえたりするって言いたいのか? そんな筈はない。俺は見えるし、嗅げるし、聞けるんだ。」

 シオドアは彼女の目を見つめて訴えた。

「俺は君達の遺伝子とよく似た構造の遺伝子を持っているんだ。北米の研究所へ戻っても、誰も同じ人間はいない。独りぼっちだ。だから、この国で暮らしたい。しかし、この国の人は外国人に対して壁を作っている。俺を仲間に入れてくれない。
今朝まで俺がいた村・・・俺がケネディが半世紀前に死んだと言ったら、未来の話をする人間は置いておけないと言われた。半世紀前の事件が、未来の出来事なんだぜ。俺は現代のセルバにもアメリカにも、過去のセルバにも居場所がないのか? 君達の仲間って、どんな人々なんだ? 俺とどう違うんだ? 教えてくれよ。」

 少佐がステファン中尉の目を見た、中尉も彼女の目を見返した。これだ! とシオドアは思った。

「君達、お互いの目を見るだけで意思疎通が出来るんだろう? 今、君達は話し合ったんだろう? 俺に何処まで真実を話そうかって・・・」
「違います。」

 少佐が苦笑した。

「貴方がどうやって半世紀前の村から戻って来られたのだろうと、話していたのです。」

 シオドアは彼女を見て、中尉を見た。

「やっと認めた・・・」
「貴方もしぶとい人ですね。」
「先に村を脱出した手段を教えて下さい。後学の為に。」

 それでシオドアは太陽を背中に背負う形を保ってひたすら歩けと教えられたことを語った。ニートの名前は伏せた。村人の話し合いで決まったことだから、伏せる必要はなかっただろうが、万が一のことを考えた。ニートはJ・F・ケネディが暗殺されることを知ってしまったのだから。少佐も中尉も尋ねなかった。互いに余計な情報を得ないこと、それが暗黙の了解なのだろう。
 シオドアが語り終わると、少佐は温くなったビールを飲み干した。ステファン中尉はタバコを出したが、少佐の視線に気がついてポケットに仕舞った。彼の家なのだから遠慮せずに吸えば良いのに、とシオドアは思った。

「簡単そうで難しい方法ですね。」

と少佐が感想を述べた。中尉が相槌を打った。次は君達の番だ、とシオドアは彼等を見た。少佐が外国へ行くみたいに言った。

「異なる時間へ行き来するのは難しいのです。出来るようになるまで、かなりの修行が必要です。過去へ行くのは簡単ですがルールを守らないと命を縮めます。未来へ行くのはエネルギーの消耗が激しいのです。だから過去へ行った人が元の時間に戻るのは命懸けです。そして元の時間から未来へ行くことは固く禁じられています。破ると死が待っています。」
「村人は、俺をあの村へ連れて行ったのは、アスルだと言った。」
「アスルはオクターリャ族の戦士の家の生まれですから、時間を跳ぶのは私達より上手です。それに、私達は普通心だけを飛ばします。体は元の時間に置いたままです。オクターリャ族は体も飛ばせます。ですから、気絶した貴方を連れて行ったのです。違う時間帯なら、貴方が言う研究所も貴方を見つけられないでしょう?」

 確かにそうだ。誰がタイムトラベルなど信じるか。

「目を見合わせて話すのは? テレパシーなんだろ?」
「あなた方の言葉ではそう表現するのでしょう。私達は”心話”と呼びます。これは生まれつき出来るので、私達には当たり前のことです。大昔に敵に聞かれないように会話する方法として発達させたのだと考えられています。”心話”は互いの目が見える範囲で行われます。遠くに離れると使えません。ですから、あなた方が言うテレパシーとは違います。」
「それでも十分凄いさ。」

 シオドアはステファン中尉が何か言いたそうな顔をしたことに気がついたが、少佐は構わずに話し続けた。

「私達にとって目は大切な伝達手段であり、武器でもあります。貴方を気絶させたのも、貴方がアスルの目を見たからです。相手を傷つけずに動けなくする手段として、目を合わせて眠らせます。でも、貴方にはなかなかそれが効かなかったので、部下達が困っていました。」
「つまり、俺が悪霊を見たりするのを防ぎたかったけど、上手く行かなかった?」
「そうです。」

 少佐はキッチンを振り返った。彼女が言いたいことが、目を見なくても伝わったのだろう、ステファン中尉が席を立って、新しいビールを取ってきた。テーブルの角で栓を開けて、少佐はビールを飲んだ。

「私達は一般の人々に彼等と違うところを見られたくありません。ですから、出来るだけ力を使わない様にしていますし、使った後は痕跡を消します。下手を打つと一族が危険に曝されますから、痕跡の始末が悪いと制裁を受けます。」

 それじゃ・・・とシオドアは考えた。

「俺が君達の力を見てしまって、言葉にしてしまうと、君達に迷惑がかかる?」
「スィ。」
「だけど、大統領警護隊を恐れている人々って結構多くない? 彼等は君達の力を知っているんだろ?」
「一般人は、大統領警護隊が”ヴェルデ・シエロ”と話が出来ると信じています。古代の神々です。だから、大統領警護隊に逆らわない。」

 シオドアは、可笑しくなった。少佐とステファン中尉を交互に見て、ズバリ言ってみた。

「大統領警護隊は”ヴェルデ・シエロ”と話が出来るんじゃない、”ヴェルデ・シエロ”そのものなんじゃないのかい? セルバ人は常識としてそれを知っているんだ。国全体を挙げてデカイ秘密を抱えているんだよ。」

 少佐、とステファン中尉が上官を呼んだ。

「この男を食ってしまいましょうか?」
「出来っこないことを言うのではありません。」

 シオドアは優しい神々を眺めた。そして右手を掲げた。

「君達の秘密を言葉に出して言わないと誓う。遺伝子の研究も止めた。だから、この国に留まらせて欲しい。駄目かな?」



 

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

ついに少佐がシオドアに能力の秘密を打ち明けたね。

ステファン中尉が少佐に言いたかったこと?
それは、「何故報告する前にオクタカス遺跡の事故を少佐が知ったのか?」と言うこと。
ステファンはその理由を少佐から教えられていなかった。
少佐は部下達が危機に陥った時に彼女を心の中で呼ぶと聞こえるのだ。

第11部  紅い水晶     19

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