2021/06/27

はざま 11

「誤解がない様に申し上げておきますが、私達は能力で人を殺害したりしません。」

と少佐がシオドアに無用な警戒心を持たれまいと言い訳した。

「人間の体に直接力を加えて怪我をさせたり死なせたりするのは大罪です。リオッタ教授は上の階から落ちて来た植木鉢に当たって階段から落ちたのです。それが目撃者の証言です。」
「植木鉢を落とした人間がいるのだろう?」
「それは証言の中にありません。」
「過去に飛んで現場を見ることは出来ないのか?」
「見てどうするのです?」

 そうだ、どうなるのだ? 犯人は捕まらない。犯人が直接植木鉢を落としたとしても、証拠も目撃者もいない。もし念力の様な力で植木鉢を落としたのなら尚更だ。

「君はその暗殺者から俺を守る為に、過去の村へ俺を飛ばしたのか? 研究所から隠す目的の他に?」
「スィ。彼等は貴方がリオッタ教授と親しかったことで貴方を警戒していました。」
「その暗殺者は大勢いるのかな?」
「多くはありません。一族に害を為す者を排除することに特化された集団で、”砂の民”と呼ばれます。普段は一般の人に紛れて暮らしています。出身部族は様々です。」

 シオドアはひどく疲れを感じた。朝から太陽を背負って歩き続け、夜は”ヴェルデ・シエロ”の説明を受けた。3日程眠りたい気分だった。

「そいつらに気に入られなければ、俺はセルバ共和国で暮らせないんだな?」
「貴方が過去を全て捨てる覚悟がおありなら、彼等も考えるでしょう。」
「俺の過去を全て? 記憶だけでなく?」
「遺伝子の研究・・・」
「それは捨てた。」
「でも北米から女性の博士が貴方を探しに来ています。」
 
 またダブスンだ、と思った。しかし、少佐は別の人を示唆した。

「若くて綺麗な方ですよ。スペイン語はお得意ではない様ですが。」
「まさか・・・アリアナ?」
「スィ、今日の午後文化保護担当部に来られました。」
「1人で?」
「スィ、お一人で。」
「俺を探しに?」
「そう仰っていました。大使館に貴方の捜索願いを出されたそうです。」

 チェッ、余計なことを、とシオドアは舌打ちした。捜索などされたら、また目立ってしまう。

「他には何か言ってなかったか、彼女?」
「ノ。でも直ぐに帰国されるでしょう。貴国の大使館は我が国の警察も軍隊も動かせません。」
「だが、世界的に有名な情報局はある。」

 ステファン中尉が鼻先でフンと笑った。CIAがなんぼのもんだ、と言う笑いだ。
 少佐が何かを思い出した様に言った。

「大学の貴方の研究室からファイルとUSBを少し持ち出しておいたのですが、それを彼女に預けました。”砂の民”が破壊する前に貴方に返そうと思ったのです。いけなかったでしょうか?」
「どんなファイル・・・って遺伝子の分析ファイルだな・・・」

 本国から重要なファイルは持って来なかった。だがこっちで考えた理論や計算式が書き留めてある。研究所の連中に見られたくなかった。

「少佐、一つ頼まれてくれないか? これ以上の我儘は2度と言わないから。」

 彼は決心したことを言葉に出した。

「アリアナに渡したファイルとUSBを破棄してくれ。跡形もなく消してくれ。あれには”ヴェルデ・シエロ”の1人だと思われるサンプル”7438・F・24・セルバ”に関する俺の推論と遺伝子分析図が入っている。あれを研究所の連中に見られたくない。」


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