2021/08/31

第2部 涸れた村  1

  アンドレ・ギャラガにとって大統領警護隊の女性隊員は高嶺の花だった。彼女達は純血種でもメスティーソでも誇り高く、自分より能力が下の男達に振り向きもしない。ケツァル少佐の様な女性は勿論論外だ。高級将校だし、そばにいるだけでも能力の高さも強さもわかる。他の女性隊員も皆昇級すると塀の外の世界へ出て行ってしまう。セルバ共和国の政界財界を動かす人々のそばで働く為だ。彼女達は”出来損ない”の”落ちこぼれ”など存在すら気に留めていないのだ。
 マハルダ・デネロス少尉と空軍の基地で出会った時、ギャラガはまずい相手に出会ってしまったと思った。訓練生時代、虐めに遭っているところを何度も目撃されていた。そして無視されたのだ。もっとも助けられでもしたら、却って自分が傷つくとわかっていた。
 デネロス少尉はギャラガを無視して、ステファン大尉に飛びついた。大尉が突然転属してしまったことを責め、少佐を一人にしたことを詰り、皆に寂しい思いをさせていることを散々愚痴った。ステファン大尉は絡みつく子供を宥める口調で彼女の相手をした。

「修道院に入った訳じゃないんだから、いつかは帰るさ。」
「そのいつかは、何時なんです?」

 ムリリョ博士みたいなことを言ってデネロスが拗ねて見せた。

「私に上官3人の面倒を見させないで下さいね。」

 ステファン大尉は笑って、彼女を抱きしめた。まるで兄妹だ。それからやっとギャラガを紹介してくれた。

「アンドレ・ギャラガ少尉、私の5日間だけの部下だ。」
「知ってます。カベサ・ロハ(赤い頭)のアンドレでしょ。」

  ギャラガはちょっと躊躇ってから言った。

「その呼び方は好きじゃないんだ。だから、ギャラガ少尉で良い。」

 デネロスは彼を眺め、「わかった」と答えた。
 3人はヘリコプターに乗り込んだ。正副のパイロットが2名、そして大統領警護隊3名、オルガ・グランデ基地へ派遣される新兵3名でヘリコプターはグラダ・シティを飛び立った。今迄セルバ空軍は夜間飛行をしたことがなかった。セルバ共和国の法律で夜間の航空機による山越えを禁止していたからだ。しかし計器の発達でティティオワ山を上手く回避出来る様になったので、その年の初めに法律が改正され、基準値を満たす計器を搭載した航空機に限り、国防省の許可を得て飛ばすことが出来るようになった。ギャラガ達が乗ったのは、正にその基準に合格した航空機3機のうちの1機、唯一のヘリコプターだった。
 離陸したのは午後4時近かった。3時に離陸予定だったが、セルバ共和国らしく整備点検で1時間遅れたのだ。これが我が国の空軍だ、と時間に正確がモットーの陸軍の出である大統領警護隊は情けなく思った。
 輸送機の揺れよりはマシな震動だった。それでもギャラガは昼食が少なくて正解だったと思った。デネロスは叫びたいのを我慢していた。高い場所は平気だと思っていたが、高過ぎた。思わず隣のギャラガの手を握ってしまった。お陰でギャラガは気分が悪いのを忘れることが出来た。


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