2021/08/31

第2部 節穴  17

   ヘリコプターの準備が出来る迄ステファン大尉とギャラガ少尉はケツァル少佐のアパートで休憩した。ロホはお菓子のお礼にと少佐から煮豆が入ったタッパーウェアの容器を3つももらって、ほくほく顔で帰ってしまった。

「相変わらず、君は豆が好きなんだな。」

とステファンが揶揄うと、ロホはニヤリと笑った。

「少佐お手製の煮豆は絶品だ。そんじょそこらのレストランじゃ食えないからな。」
「最初から私たちをダシにして豆をゲットするつもりだったな?」
「ご明察。それじゃ、任務を頑張れよ。」

 ロホはギャラガにも敬礼してくれた。彼が部屋から出て行くと、急に静かになった様な気がした。
 ケツァル少佐は窓際へ行って、分解してあった機関銃の組み立てを始めた。ギャラガが興味を抱いてそばへ行こうとすると、ステファンが止めた。

「近づくな。彼女は時間を計ってるんだ。邪魔すると後が怖いぞ。」

 そう言う彼は少佐に借りたラップトップでインターネット情報を見ていた。オルガ・グランデ周辺の遺跡の最新情報や盗掘品密売情報だ。ギャラガはパソコンの知識があまりなかった。唯一使用する機会があるのは、大統領官邸内で来客のチェックをする時だけだった。訪問者の顔認証と履歴、本人確認と来邸登録と出邸登録を入力するのだ。パソコンの使い方は簡単だが応用の仕方がわからなかった。大尉の作業を見ていると、ただ検索ボックスにキーワードを入れて、後は画面に表示される情報のタイトルなどをクリックするだけだ。内容を読んだらまた戻って次のデータへ移行する。
 横から覗いていると大尉が気がついた。彼が位置をずらして移動した。

「代わりに見ていろ。ラス・ラグナスの情報は一つしかなかった。サン・ホアン村の情報も2つだけだ。そんな何もデータがない場所へ遺跡荒らしが行くのも妙な話だ。わざわざ足を運んで盗む物がなければ本当に無駄足じゃないか。荒らした奴は何かはっきりした目的があって行ったに違いない。現地へ行かないと、わからない。」
「私は何を見れば良いですか?」
「何だろうな? 自分で考えて検索してくれ。」

 無責任なことを言って、ステファン大尉はキッチンへ入って行った。
 ギャラガは暫く画面を眺め、「piedra (石)」と検索ボックスに入れた。約 246,000,000件の検索結果が出た。画像を見ると、スペイン語で検索したせいか中南米の石もの関係の写真が多かった。彼は記憶の中の、”節穴”から見えた材質と似た写真を探してデータを送って行った。
  ケツァル少佐は機関銃を組み立ててしまうと、また分解してバラバラにシートの上に部品をぶちまけた。そして再び組み立てに挑戦を始めた。きっと最初のタイムが気に入らなかったのだ。もしかして、この人の休日の遊びはこれなのか? ギャラガはパソコン画面を見るフリをして彼女の動きを見ていた。彼女はどの部品が何処に落ちているのかすぐわかる様で素早く拾い上げて組み立てていく。流石だな! と思っていたら、突然彼女の手が止まった。嵌め込んだばかりの部品を外して投げ捨てた。

「えーい、間違えた!」

 少佐がギャラガを振り返った。

「気が散る。」

 ギャラガはビクッとした。見ているだけだったのに。距離を置いていたのに。青い顔になった彼に少佐が硬い笑を浮かべて、半分組み立てた機関銃でキッチンを指し示した。

「カルロは何を作っているのです? 私の台所を使う限りは、美味しいものでなければ撃ちますよ。」

 ギャラガは立ち上がった。

「偵察してきます!」

 ジャガーの嗅覚には敵わなかったが、ギャラガの鼻も少し前から良い匂いを感じ取っていた。ケツァル少佐はキッチンから漂って来る匂いに気を散らされたのだ。彼の視線のせいではなかった。
 ステファン大尉は大きめの鍋でマカロニ入りのスープを作っていた。たっぷりの野菜とベーコンをトマト味で煮込み、最後に別茹でのマカロニを入れて完成。

「昼飯だと少佐に告げてくれ。」

と言われて、ギャラガはリビングに戻った。少佐は失敗したので時間を測るのを止めて残りの部品を組み立て終わったところだった。

「昼食です、少佐。」

 声をかけると、少佐が頷いて立ち上がった。機関銃は床に放置だ。弾がないので、ただの鉄の塊に過ぎない。
 昼食はキッチンとリビングの間のダイニングだった。ステファン大尉はたっぷり作ったにも関わらず、2人の男には少量の皿を配り、少佐の前にはたっぷり入れた皿を置いた。少佐が皿を見比べて言った。

「今日のヘリは最新型です。輸送機の様には揺れませんよ。」
「用心するに越したことはありません。」

と大尉が言った。ギャラガは航空機の類は全く経験がなかったので、上官2名の会話の意味を推し量りかねた。
 少佐が一口スープを口に入れた。

「美味しい。」

 合格点が出たが、大尉は特に喜んだ風になかった。多分、彼女の部下だった頃はよく作っていたのだろう。熱いスープは流石にスピーディーに食べられないのか、彼女はゆっくり味わっていた。ギャラガも美味しかったのでもっと欲しいと思ったが、大尉はお代わりをくれそうになかった。

「マハルダも行くのですね?」

と大尉が確認のために話しかけた。少佐が黙って頷いた。大尉がさらに尋ねた。

「そしてテオも合流する?」

 少佐はまた黙って頷いた。ギャラガも質問してみた。

「殺人事件があったようなことを仰っていましたが、今回の空間の穴と関係あるのでしょうか?」

 大尉が囁いた。

「それをこれから調査しに行くんじゃないか。」
「あ・・・そうでした。」

 少佐が水を一口飲んでから言った。

「マハルダは東海岸地区の遺跡しか経験がありません。それもロホやアスルの補佐です。今回初めて一人で調査に入るので、見落としがある恐れもあります。でも貴方の任務に直接関係することでなければ口出ししないで下さい。」
「承知しました。」
「恐らく、関係はあるでしょうけどね。」

 少佐はスプーンの上にどっさりとマカロニを掬い上げた。

「ドクトルは自由に行動させてあげなさい。彼はいつも何か予想外のものを見つけてくれます。」
「・・・そうでしょうね。」

 ギャラガは大尉がちょっと不満そうな表情になったのが気になったが、少佐は知らんぷりだった。スプーンの上のマカロニを少しずつ口に入れて時間をかけて食べたので、ギャラガはふと思った。
 ジャガーは猫舌なんじゃないかな。
 大統領警護隊の純血種の隊員達は冷たくなった食事でも文句を言わない。冷めた料理に不満を漏らすのはメスティーソの隊員だった。純血種の”ヴェルデ・シエロ”はナワルを使える。ジャガーやマーゲイやオセロットに変身するのだ。猫は熱いものを食べない。
 少佐がマカロニを全部食べてしまってから、スープを静かにお上品に飲んだ。

「現地で必要な物の調達はマハルダにさせなさい。」
「承知しました。それも彼女の勉強のうちですね。」
「スィ。でもないと困る物を彼女が忘れたら、口を出しても構いませんよ。」
「承知しました。」

 ステファン大尉が少佐の皿にお代わりを入れてあげた。
 

 

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

中米では煮豆料理が人気なんだって!

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...