2021/09/01

第2部 涸れた村  3

 翌朝、起床ラッパの音で一行は目覚めた。大食堂で兵士達と一緒に朝食を取り、車両部へ向かった。オフロード車2台と運転手兼護衛の兵士2名が待っていた。前夜の打ち合わせで、リーダーを最年長で唯一人の民間人テオに決めたので、彼が車の乗車割り当てを行った。彼は年齢が近い方が話も弾むだろうと気を利かせたつもりで、デネロス少尉とギャラガ少尉を2号車に、ステファン大尉と己を1号車に振った。しかし乗り込むときに、何となく2号車に気まずい空気が流れていることに気がついた。

「2人の少尉は不仲なのか?」

とテオが心配すると、大尉が肩をすくめた。

「わかりません。ただ互いに口を利かないだけです。」

 1号車の運転手は小柄なアフリカ系のムラートと”ティエラ”のハーフでチコと名乗った。2号車は背が高いメスティーソでパブロ、どちらも二等兵だった。車に乗せる人が将校でしかも大統領警護隊とあって、彼等は緊張していた。チコがサン・ホアン村への道を知っていると言うので、運転を任せてテオとステファン大尉は後部席に乗った。2号車を振り返ると、ギャラガ少尉が助手席に座り、マハルダが後部席で踏ん反りかえっていた。彼女はアサルトライフルを組み立てて装備しており、ヘルメットを被って完全に発掘調査隊護衛モードに入っていた。

「なかなか立派な大統領警護隊文化保護担当部ぶりだな。」

とテオが感想を漏らすと、ステファン大尉も苦笑して同意した。

「我々も戦闘服ぐらい持って来るべきでした。」

 車が走り出すと、背後に砂埃が立った。2号車が気の毒な程だ。しかし”ヴェルデ・シエロ”なら車1台の結界は朝飯前の筈だ。

「東海岸に住んでいると、ここは別世界に思える。」

とテオが素直な感想を述べた。オルガ・グランデが故郷のステファンも同意した。

「快適さに慣れると柔になってしまいます。」
「だが本隊は厳しいだろう?」
「毎日の日課は大したことありません。大統領官邸の警護だけですから。」
「たまには休暇をもらってお袋さんに会ってやれよ。」
「皆にそう言われてますが、自分で作ったルールなので、納得出来る成績が上げられる迄は帰りません。」
「グラシエラだって、やっと兄貴と暮らせるようになったのに、またいなくなってがっかりしてたぞ。」
「これから電話は入れます。」

 道路が舗装路からダートになった。揺れとエンジン音で前の席の人間は後部席の会話が聞こえない。それでも運転手に気を遣ってテオはステファンに顔を寄せて英語で尋ねた。

「ギャラガは本当に”シエロ”かい? 殆ど白人に見えるが?」
「”シエロ”です。彼は・・・」

 ステファンはちょっと躊躇ってから言った。

「彼は1年前の私です。」

 テオが視線を上げて彼の顔を見た。カルロ・ステファンの顔も白人の血が入っているとわかる容貌だが、それでも先住民の血が半分入っているのが明確だ。しかしギャラガは髪の色も肌の色も白人だ。

「彼は”心話”しか使えないのか?」
「それならまだマシですが、彼は使えないのです。否、昨日迄使えなかったのです。」

 テオが目をパチクリさせた。

「”心話”を昨日迄使えなかった? それでよく警護隊に採用されたな?」
「彼は夜目が効くのです。だから”シエロ”だと判別されました。それなりに気の大きさもあります。」
「抑制が利かない?」
「それどころか、己の気の存在に気がついていません。」

 テオは後ろを振り返った。土埃の中の2号車はどうやらマハルダ・デネロスの結界に守られている様だ。

「そんな”シエロ”がいるのか?」

と思わずテオは尋ねていた。昔のステファン大尉は”心話”しか出来なかったが、放出する気は大きくて、彼自身持て余していた。彼は能力の使い方を知らなかっただけで、本人は使えないと思い込んでいた。しかし、アンドレ・ギャラガは”シエロ”たる自覚がないのだ。
 ステファン大尉が言った。

「彼は幼い頃、母親にネグレクトされていた様です。」
「どっちの親が”シエロ”なんだ?」
「彼が本部に告げた情報では、父親が白人でアメリカ人、彼が幼い時に死亡。母親がメスティーソの”シエロ”で彼が10歳の時に死亡。噂では母親は街娼だったそうです。」
「それじゃ、父親が死亡と言う情報は怪しいなぁ。母親から子供への情報だけだろう。」
「スィ。母親は生きていくのが精一杯で子供の面倒を見る余裕がなかったのでしょう。彼は10歳で孤児になり、生きるために自分で年齢を誤魔化して陸軍に入ったんです。すぐにバレましたが、追い出されずにそのまま兵士として生きて来ました。士官学校には入れず、特殊部隊で訓練されている時に警護隊のスカウトに発見されたのです。彼の採用には司令部でも賛否両論分かれたそうですが、最終的に目覚めた時に最悪の事態が起こらぬよう警護隊で面倒を見ると決まったのです。」
「君は随分彼の経歴に詳しいな。」

 すると大尉が溜め息をついた。

「副司令官からの命令で、私がこの任務の間に彼の能力開発の糸口を見つけることになっているのです。情報は全て副司令から頂きました。」


1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

大統領警護隊司令部にとって、庭の空間の”節穴”は大した問題ではない。
彼等はステファン大尉にギャラガの教育をさせることが一番の目的だった。

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