2021/09/01

第2部 涸れた村  4

 「エル・ティティの警察にサン・ホアン村の住民が占い師の遺体を引き取りに来たそうですが、行方不明になる前に、遺跡荒らし以外に何かなかったか、言ってませんでしたか?」

 ステファン大尉が話題を変えた。いきなり話の方向を変えるのは、ケツァル少佐と似ている。大統領警護隊の流儀なのか、文化保護担当部の流儀なのか、或いはシュカワラスキ・マナの子供達に共通の性格なのか。
 テオは考えた。遺体引き取りに来た2人の男はフェリペ・ラモスの兄弟だと言っていた。当初は村長が来る予定だったのだが、村長は腰痛で来られなくなったのだ。

「ラモスは占いのインスピレーションを得る為に新月の夜毎にラス・ラモス遺跡に通っていたそうだ。最後の遺跡訪問から帰って来て、次の日に村長と何か相談して出かけた。それっきりだったと。」
「では、村に着いたら真っ先に村長に面会しましょう。」
「俺が最初に話をして良いかな? 遺体が発見された町の住人で身元調査も俺が関わったから。いきなり大統領警護隊が現れると警戒されるかも知れない。」
「承知しました。私は貴方の後ろで控えていましょう。尤もマハルダがどう出るかわかりませんが。」
「彼女は遺跡荒らしの調査だ。遺跡の情報を集めてもらおう。」
「二手に分かれますか?」
「うん。ラモスの行動調査と遺跡調査だ。君はどっちが良い?」

 訊かれて大尉がニヤッと笑った。

「殺人事件の方が面白いですね。」
「それじゃ、少尉2人に先に遺跡へ行ってもらおう。村での聞き込みが終われば、俺達も向こうへ行って合流する。」

 サン・ホアン村はオルガ・グランデ基地から車で悪路を2時間走ったところだった。なだらかな丘の気持ちだけ南に傾斜した面に日干し煉瓦の小さな家が10軒ばかり建っていた。屋根は短い雨季を凌げる程度の簡単な物かと思ったら、案外頑丈そうな瓦葺きだった。ここにもハリケーンが来る時は来るのだ。村全体は低い土塀で囲まれていた。洗濯物が干されていたので、水はあるとわかる。セルバ共和国七不思議の一つ、どんなに貧しい村でも涸れない井戸を持っている。鶏と豚の鳴き声が聞こえた。
 車を塀の外に停めて、テオとステファン大尉は降りた。大尉が2号車に行って、先刻テオと話し合った結論を伝えると、デネロスが村長に挨拶だけしておきたいと言った。それは文化保護担当部として当然の礼儀だったので、ステファン大尉も異論はなかった。

「何か不審なものを感じても、その場では言うなよ。私に”心話”で教えてくれ。」
「承知しました。」

 マハルダ・デネロスにとって初めての単独調査任務だ。先輩のアドバイスは受け入れること。彼女は自分に言い聞かせた。
 運転手の2名の二等兵には車の番を命じ、ギャラガ少尉には村の井戸の位置の確認を命じた。ギャラガが面食らった表情で聞き返した。

「井戸の位置確認ですか?」
「スィ。地下に水脈が通っている。井戸の場所で水の流れがわかる。遺跡の方角もわかる。地図がなくても辿り着ける。」

 ギャラガは文化保護担当部ではないので、セルバ共和国の古代遺跡が地下水流の上にあることを知らなかった。
 オルガ・グランデの街の地面の下には地下水流が3本もある。砂漠の台地の都市に見えるが、天然の上水道を持っているのだ。最も深い地下川はアリの巣の様な金鉱山の坑道の最深部に僅かに接しているだけで、何処かの海に流れ出ているのだろうと考えられている。他の2本はオルガ・グランデの命の水だ。都市部だけでなく、僅かな耕地にも水を提供していた。サン・ホアン村もその地下川の支流が近くにある筈だった。
 低い塀に沿って歩いて行くと、村の中が見えた。子供達は学校へ行っているのだろう。若い連中は街へ働きに行っているに違いない。年寄りしか姿が見えない。ふとギャラガは面白いことに気がついた。10軒ほどしかないのに、どの角度から見ても家が7軒か8軒しか見えないのだ。必ず2、3軒は他の家の陰になって見えない。外敵の目を誤魔化す工夫だな、と思った。昔は盗賊が出没したのだろう。
 塀に裏門があった。そこから細い道が伸びて斜面を下って行った先に井戸が見えた。高低差はそんなにないが距離があった。水汲みは重労働だ。彼は井戸の周辺を見下ろした。地表の川なら北から流れてきて井戸がある谷間で西へ折れて海に向かうだろうが、地下の川はどうなっているのだろう。
 ふと見るとブッシュが地面の筋に沿って北東の方向へ生えていた。よく見るとそれに沿って道らしき跡もあった。
 ギャラガは井戸まで行ってみた。石で囲った丸い井戸だった。覗き込むとかなり深い位置に黒く水が見えた。自分の顔が小さく映っていた。落ちたら助からないな、と思った。子供が水汲みをするのは無理かも知れない。釣瓶がないが、ここで水を汲むのだろうか。
 彼は付近の風景を記憶して村へ戻った。 

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