「クルーザーの持ち主は公表されなかったのですか?」
とステファン大尉が質問した。ロムべサラゲレスは彼を見て、そして机の上のメモパッドに何か走り書きした。破り取って大尉に手渡した。大尉が声に出して読んだ。
「ヨナタン・クルゲール・・・」
「ジョナサン・クルーガーだろう。」
とテオが英語読みした。ロムべサラゲレスが頷いた。
「スィ、アメリカ人です。事故の後、警察を買収して過失は漁船の方にあったと言わせました。漁船が回避義務を無視して突っ込んで来たと。 カイヤクアテが亡くなったのは気の毒だったと見舞金を出しましたが、罪には問われませんでした。」
「クルーガーの船体の傷は左舷に付いていたのですか?」
「それは知りません。買収された警察官以外に船を実際に見ていません。」
海上交通のルールに詳しくなさそうな大統領警護隊の隊員達にテオは簡単に説明した。
「衝突回避のために海上では右側通行が鉄則だ。互いに正面から来た場合は双方が右側へ回避する。直角に出会う場合は相手の船を右舷側に見る方の船が右へ回避し、左舷側に相手を見る船は速度を維持したまま直進しなければならない。或いは右舷側に相手を見る方の船が停止して相手の通過を待つんだ。これが国際ルールだ。」
ほうっと大尉と少尉が感心した。ケツァル少佐は知っていたらしく、頷いた。多分、金持ちの養父母が船遊びを彼女に教えたのだろう。ロムべサラゲレスはバナナ畑で働いているが地元っ子なので船のことは知識がある様だ。
「イスタクアテの船は沈んでしまったので、彼の船の傷が右舷なのか左舷なのか分からず仕舞いでした。クルーガーのクルーザーは警察が船の身元を突き止めて捜査に行った時には既に修理の為に解体されていたそうです。」
「漁船は停泊して漁をしていたんじゃないですか? そこにクルーザーが突っ込んだ・・・」
テオのツッコミにロムべサラゲレスは肩をすくめた。恐らくそれが真実だ、とテオは思った。車で海岸線を走って来る時、海に浮かぶ漁船をたくさん見かけた。どれも小さく、簡単な構造の船だった。欧米の漁師が使う様な超音波探知機やレーダーや集魚灯なんか搭載していないだろう。無線機を持っているかどうかも怪しい船ばかりだった。網を下ろして魚を獲っているところにクルーザーが高速で突っ込めばひとたまりもなかっただろう。
「クルーザーは救助義務を怠ったんじゃないですか?」
とテオが言った。
「どちらに非があるにせよ、動ける方の船が相手の船員を救助するのが義務でしょう?」
「ですから、当て逃げされたのです。」
少佐が携帯で何かを検索していたが、顔を上げた。
「ジョナサン・クルーガーは今この町にいますね。」
「そうなんですか?!」
驚く男達に彼女は携帯電話を掲げて見せた。
「SNSに自慢げに写真をアップしていますよ。」
そこには「3年ぶりにプンタ・マナに来てまーーす! やっぱ、セルバの海は素晴らしい!」と能天気なコメントと桟橋に笑顔で立っている男女の写真が表示されていた。
ギャラガ少尉が言った。
「3年で熱りが覚めたと思って戻って来たんだ。」
ロムべサラゲレスが不安気に顔を曇らせた。
「ペラレホがこれを見たかも知れません。イスタクアテはネットをやらないでしょうが、甥は今時の男ですから。」
少佐が立ち上がった。
「この場所を探しましょう。」
1 件のコメント:
原作を書いた時は、インターネットは今ほどに盛んではなかった。
スマホもなかったし・・・
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