2021/09/02

第2部 涸れた村  7

  村長の家を辞して塀の外に出ると、ギャラガ少尉と2人の二等兵は車の影で休憩していた。上官達が出て来たので、二等兵達はそれぞれの車の運転席に乗り込んだ。テオとデネロスもそれぞれの車に乗った。ギャラガはステファン大尉の前に立った。黙って大尉の目を見た。教わった通りに井戸や谷間の風景を思い浮かべた。すると、大尉の方からも村長の妻の話が流れてきた。一瞬にして情報交換が終わった。
 ギャラガは目を伏せた。まさか、こんなに簡単に”心話”が出来るとは! 大尉が言った。

「井戸の水位はかなり下がっているな。この村の死活問題だ。早く原因を突き止めよう。」

 ギャラガは敬礼し、慌てて2号車の助手席に駆け込んだ。大尉も1号車の後部席に座った。今度は地図にない道を行く。大尉は地図とギャラガが見た道らしきものを思い出しながら運転手のチコに行き先を教えた。
 チコもパブロも運転技術はかなりのもので、悪路を飛ばして行った。サン・ホアン村が見えなくなり、丘を回って北側へ回り込み、少し下ると半時間もしないうちに遺跡が見えてきた。
 大昔は沼だったのかも知れない窪んだ土地は乾き切っていた。心持ち高くなっている平坦な場所に風化した石塀や建物の基礎らしき物がポツポツと並んでいた。これが遺跡だなんて、知識がなければ見落としそうだ。
 遺跡の手前の平坦地に車を停めた。そこをキャンプ地にすることに決めた。本当は遺跡を見下ろせる場所にしたかったが、丘を上る道がなく、平な場所もなさそうだった。それに日陰も重要だ。キャンプ地から遺跡が見えないのが少し不満だ、とテオは思った。
 二等兵2人が遅い昼食の支度を始めたので、全員で手伝った。将校が炊事を手伝うので、チコとパブロは驚いた様子だった。火を熾して焚き火を作り、そこで珈琲を淹れた。オルガ・グランデ基地は今回も水だけで食べられるパック入りの食事を用意してくれていた。厨房の責任者はセンスが良い、とテオとデネロスは笑った。ギャラガとステファンはテントを張り、野営地設営を担当した。食事も全員一緒だった。チコが歌を歌い始め、皆で手拍子で合わせると、ちょっとしたキャンプ気分が味わえた。
 ギャラガは不思議な気分だった。食事時が楽しいなんて、今まで思ったことがなかった。腹が満たされればそれで良かったのだ。だが、土曜日にステファン大尉と一緒に大統領警護隊の本部を出発してから、ずっと食事が美味しく楽しめた。デネロスがパブロの手を取って、踊ろうと誘った。若いパブロは真っ赤になりつつも、彼女と向かい合ってチコの歌に合わせて体を揺すったり飛び跳ねたり、回転したりとはしゃいだ。
 ステファン大尉が空を見上げた。真っ青に晴れ渡った空だ。テオが携帯を出した。

「ここはアンテナが立たないなぁ。やっぱり来た道を辿って行かないと、電話も役に立たないようだ。」
「村は立ちませんでしたか?」

 ギャラガが尋ねると、テオは「立たなかった」と答えた。

「国境の向こうにもアンテナはないようだ。衛星電話を借りてくれば良かったな。」

 彼は強い日差しで白く輝く大地を眺めた。本当にここに大昔沼地があったのだろうか。

「夕方、遺跡に行って見よう。其れ迄、全員シエスタだ。」


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