村長の妻はテオやステファン大尉ではなく、デネロス少尉に向かって語った。
「村の井戸が今年の初めから涸れ始めています。」
と彼女は話を始めた。
「水位がどんどん下がって、水汲みが難しくなりました。もう子供では汲めない深さ迄水が下がっています。フェリペは何故水が来ないのか、お伺いをたてにラス・ラモスへ行きました。
帰って来た時彼は怯えていました。神様が傷つけられた。コンドルの目が盗まれたと言いました。
私達は思い出しました。昔、私達の父親が金鉱山で働いていたんです。その時、落盤事故がありました。父親も鉱夫達も岩の壁の向こうに閉じ込められました。会社が壁を崩すのに3日かかりました。皆生きていました。」
吶吶と話す彼女の言葉をテオもステファンも黙って聞いていた。質問したいことはあっても口出しはマナー違反だ。昔の落盤事故と井戸の枯渇と盗掘がどう結びつくのかと思いながら。
村長の妻が声を潜めて囁いた。
「閉じ込められた鉱夫の中に、”シエロ”がいたんです。」
え?!
テオもステファンもデネロスもびっくりして互いの顔を見合わせた。テオが思わず口を挟んだ。
「”ヴェルデ・シエロ”が鉱夫の中にいたのですか?」
村長が首を振った。そんなの嘘に決まってる、と言うジェスチャーだ。そんな与太話を白人や大統領警護隊なんかに聞かせるんじゃない、と言いたげに妻を睨んだ。だが、テオはわかっていた。村人は彼女の父親の話を信じている。神様の話を他人に語るのがタブーとなっているだけだ。
村長の妻は怯えた様な目で夫を見た。だからデネロスが彼女を励ました。
「大統領警護隊は貴女を守ります。語って下さい。」
妻は2分間も沈黙して、やっと続きを話し始めた。
「”シエロ”が崩れた岩を弾き飛ばして、皆を救ったのだと父親は言いました。だから怪我人も死人も出なかった。会社が坑道を掘って救助に来た後、その”シエロ”はどこかへ行ってしまったそうです。きっと正体を知られたので、去ってしまったのだと父親は言っていました。」
「その人の名前は・・・?」
思わずステファン大尉が質問した。彼の父親も祖父も金鉱山で働いていた。年代的には祖父の代になるだろうか。だが妻は首を振った。
「父親は神の名前を私達に教えてくれませんでした。」
当然と言えば当然か、とテオは納得した。太古から守り続けて来た信仰だ。昨日迄の仲間が神様だった、なんてびっくりだが、助けてくれた神様を守るために、その落盤事故に遭った人々は全員自分達の記憶を封印したのだ。会社の経営者である白人達に神様を売り渡したりしない。
「フェリペは、まだオルガ・グランデにその”シエロ”がいるかも知れないと言ったんです。」
ここで、繋がった! テオは感じた。フェリペ・ラモスは陸軍基地へ行って何時来るかわからない大統領警護隊へ通報する前に父親を助けてくれた”ヴェルデ・シエロ”を探そうとしたのだろう。何かツテがあったのかも知れない。フェリペ・ラモスの父親を助けた”ヴェルデ・シエロ”の鉱夫はもう年老いていなくなっていると思われるが、神様を信じる占い師は彼がまだ健在だろうと希望を賭けたのだ。だが、出会ったのは神様ではなく悪意のある人間だったのだ。
ステファン大尉が故郷の言語で何か質問した。村長の妻は首を振った。デネロスがテオに通訳してくれた。
「カルロは”シエロ”が居そうな場所に心当たりはないかと質問しました。でも彼女は知りません。」
すると村長が言った。
「バルに行って、誰にともなく問いかけるのです。雨を降らせる人を探している、と。」
テオがキョトンとすると、ステファン大尉が解説してくれた。
「雨の神はジャガーです。」
それだけで、テオは理解出来た。”ヴェルデ・シエロ”のナワルは基本的にジャガーだ。ナワルを使える人をフェリペ・ラモスは酒場で求めたのか? それに殺人者が応えた?
彼は村長に尋ねた。
「フェリペの最近の写真はありませんか?」
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