2021/09/12

第2部 雨の神  3

  宴会が早々にお開きになったのには理由があった。一番の理由は明白な事実、即ち、「今日は水曜日」だった。週末ではないのだから、遅くまで飲み食いして騒いでは翌日の仕事に差し支える。テオは木曜日の講義の準備を思い出し、満腹になると一番最初に帰った。少佐がアパートの出口迄見送りに出て行ったので、ステファン大尉がまた拗ねてしまい、ロホに揶揄われた。

「休みをもらった時に会いに来ないから、冷たくあしらわれるんじゃないか。」

 アパートの出口では、テオが殺人事件の解決に協力してくれた礼を少佐に告げていた。 

「だけど、根本的な問題は解決されていないな。サン・ホアン村の水源枯渇問題だ。アスルの調査では、あの近辺は最近小規模な地震が群発しているそうじゃないか。雨乞いだけでは追いつかないだろう。」

 少佐もそれを認めた。

「オルガ・グランデの市役所に通知して村の移転を考えてもらうことになるでしょう。」
「やっぱり移転しかないか?」
「地下水脈を動かすことは、私達には不可能です。」

 人口が希薄な荒地に上水道を引く価値を、地方行政府が見出すことは期待出来なかった。それでも水不足が深刻な状態へ進みつつあることが村の外に知れたことは救いだ。病気の発生や農作物の不作による貧困を防ぐ手立てを考えることが出来る。

「当分は給水車の派遣を行うでしょうね。」

 給水車を所持しているのは陸軍基地だ。あの基地の司令官は色々することが多そうだ、とテオは思った。

「兎に角、今週は親父に殺人事件の犯人が捕まったと報告出来る。グラシャス、少佐。皆にも感謝を伝えておいてくれ。 では、ブエナス・ノチェス。」
「ブエナス・ノチェス。」

 ケツァル少佐はテオの唇に軽く触れる程度にキスをして、すぐに建物の中に戻って行った。その光栄にテオはしばし余韻に浸り、それからステファン大尉が呪い人形を作ろうと思い立たないうちにと、足早に帰途に着いた。
 テオの次に帰宅したのはロホだった。ビートルを運転する気力が残っているうちに、と彼は上官に挨拶し、仲間にも挨拶して帰って行った。
 アスルは家政婦のカーラと後片付けを始め、少佐は残りの部下達を促して階下へ降りた。


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第11部  紅い水晶     19

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