2021/09/06

第2部 地下水路  8

  歩きながらケツァル少佐が説明した。

「先刻感じていた気の放出が、金属音が聞こえる直前に途切れたのです。恐らく、ドアを開けた人物が放っていたのでしょう。」
「”ヴェルデ・シエロ”か?」
「スィ。 喋っていた言葉も一族の言語です。」
「なんて言っていたんだ?」

 するとギャラガが翻訳した。

「自信はありませんが、『心臓をくれ、ジャガーよ』と言っていたと思います。ちょっと地方の訛りがあるような・・・。」
「はぁ?」

 テオは少佐を見た。少佐が頷いた。

「その通りです。生贄の要求です。ですが、彼は後から来た男に叱られました。」
「叱られた?」
「”出来損ない”に構うな、と2人目の男は言ったのです。」
「すると敵は少なくとも2人、カルロを”出来損ない”の”ヴェルデ・シエロ”と看做して捕まえているんだな?」
「1人目は年配の様な気がします。恐らくカルロがナワルを使えるとわかっています。2人目はカルロの力を見くびっているか、あるいは庇っています。」

 突然、少佐は立ち止まり、片手を上げて男達を足止めした。家の角から向こう側をそっと覗き見た。テオも気になって身を屈め、彼女の脇から角の向こうを見た。
 薄汚れた古いワゴン車が路地に停車していた。横の家屋から老人と若い男が出てきた。老人は白髪頭で長髪だ。顔の皺が深いが、口元に青黒い痣が見えた。くたびれた服装で、擦り切れた革の鞄を大事そうに抱えていた。若者は現代風の髪型で、服装も小ざっぱりしていた。老人を先住民言語で宥めているのか叱っているのか、何か言いながらワゴン車の助手席に押し込めた。急いで運転席に回って車に乗り込むとエンジンをかけた。ワゴン車は古いがエンジンは快調な様で、すぐに動き出した。彼が車に乗り込む際に周囲を警戒して見回したので、少佐とテオは顔を引っ込めた。車が走り出すと、角から曲がって、車番を見た。泥だらけだが、何とか読めた。
 ワゴン車が次の角を曲がって去ると、テオとギャラガは男達が出てきた家の中へ駆け込んだ。入り口は無施錠で、中に入ると元から空き家だったのか、生活臭がなかった。最近の物と思われるテイクアウトの食べ物のゴミとビールの空き缶が床に散乱していた。テーブルだけが綺麗で、しかし上に何か訳のわからない物が載っていた。
 テオとギャラガは人間の気配を感じなかったので、不安に襲われながらも声をかけた。

「カルロ!」
「ステファン大尉!」

 隣の部屋でドタドタと床を蹴る音がした。2人はドアを押し開け、そこで縛られて転がされているステファン大尉を発見した。大尉の近くに携帯電話が転がっていた。
 テオはステファンに駆け寄ると上体を起こした。すぐに目隠しと猿轡を取ってやった。

「大丈夫か?」
「水・・・」

とステファンが囁いた。

「水を下さい。口の中が苦い・・・」
「待ってろ!」

 テオは元の部屋に戻った。少佐がテーブルの上の物を検めながら彼に苦情を呈した。

「安全確認もせずに家の中に突入するものではありません!」
「カルロが心配だったんだよ。それより水だ。」

 別のドアがあり、そちらは少佐が安全確認で開いたのだろう、開放されたままだった。テオはそちらへ入り、台所だと判断した。食器はあったが水道は出なかった。中庭へ出るドアがあったので、外に出ると井戸があり、ポンプで水が出た。ポンプは使われているのだろう、水は綺麗だったので、台所からコップを持って行き、洗ってから水を入れた。
 屋内で銃声が聞こえた。彼は慌てて走った。しかし少佐は平然と居間におり、駆け込んで来たテオを見て、ちょっと笑った。

「ギャラガ少尉がカルロを縛っている革紐を銃で撃っただけです。」
「どうして?」
「ナイフを持っていなかったので。」

 脱力した。そこへギャラガと共にステファン大尉が現れた。足元はしっかりしている様だ。彼は少佐がいるのを見て、罰が悪そうな顔をした。

「ご心配おかけしました。」
「その通りです。」

 少佐は部下の失態には冷たい。特に、将来を期待している部下には。彼女は椅子を指さした。

「頭を見せなさい。傷を診ます。」

 椅子に腰を下ろしながら、ステファンが尋ねた。

「何故頭を殴られたとご存知なのです?」
「頭痛で気を使えなかったのでしょう?」
「そうです・・・」

 少佐はギャラガの目を見た。恐らくさっきのテオと同じ内容の叱責が伝えられたのだろう、若い少尉がしゅんとなった。テオは急いで水を汲みに戻った。

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

少佐は何時でも少佐・・・

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