2021/09/06

第2部 地下水路  9

  水で湿らせた古いタオルでステファン大尉の頭髪を拭うと、ドキッとする程血で汚れた。しかし当の傷の方は既に治りかけていて、頭皮に赤い線状の傷口が見えただけだった。気絶していた途中で苦い液体を飲まされたと彼が言うと、少佐がそれは麻酔効果がある薬草の汁だろうと言った。捕虜を眠らせて逃亡を防ぐのが目的で与えたのだろうが、眠ったお陰でステファンの頭部の傷の治りが早くなったのだ。
 何か覚えていることはないか、とテオが尋ねると、大尉は考えてからこう言った。

「若い男は魚臭かったです。」

 魚? テオと少佐は顔を見合った。ギャラガは遺留品のタバコの吸い殻を見た。ラス・ラグナス遺跡に落ちていた抑制タバコではなく、セルバ共和国なら何処ででも手に入る安物の既製品紙巻きタバコだ。

「遺跡に来た人物と同一でしょうか?」

 彼が呟くと、大尉が頷いた。

「同じ人物だ。私は君とデネロスと別れてドクトルが吸い殻を拾った場所へ行った。そこで人の気配を感じた。恐らく、私が近づいたので、先にそこにいたヤツが”入り口”に飛び込んだのだ。私は”入り口”を見つけ、うっかり手を中へ入れてしまった。先に入ったヤツが”通路”を閉じようとしたので、吸い込まれてしまったらしい。咄嗟に警報を発するのが精一杯だった。」
「それと財布のばら撒きとね。」

とテオが口を挟んだ。

「何か見つけたら声を出して構わないって言ったのは、何処のどなただったかな?」
「虐めないで下さい、テオ・・・」

 ステファン大尉が情けない顔をした。怖くて少佐の目を見られない様だ。

「目隠しされて、頭は痛いし、で暫く気を発すのを控えていました。それにあの爺さん・・・だと思いますが、年嵩の方が、やたらと私の心臓を欲しがるので、ナワルを使えない”出来損ない”だと思わせる為に出来るだけ力を使わないようにしていました。」
「どうしてあの年寄りは大尉の心臓を欲しがったのです?」

 ギャラガの質問にケツァル少佐が答えた。

「儀式に使う生贄が欲しかったのです。」

 彼女が茶色の塊をテーブルの上に転がした。土の塊に見えた。テオはそれを遠慮なく摘んで見た。

「粘土の塊に見える。」
「スィ。粘土で人形を作っていたのです。」
「人形を使う儀式と言えば・・・」

 大尉が考え込んだ。テオが先に思いついた。

「呪いだね?」
「スィ。それもただの呪いではありません。生贄を要求している儀式ですから、目的は呪殺でしょう。」

 少佐が不潔な物を見るように粘土の塊を見るので、テオはテーブルに置いた。ちょっと指を洗いたくなった。

「粘土の人形の中に心臓を入れるのか?」
「ノ。人形の中に入れるのは、殺したい相手の持ち物や髪の毛です。儀式を行って、最後に人形の頭を叩き潰す、或いは胸に釘を打つ、首をへし折る・・・」
「わかった。」

 テオは少佐を遮った。ギャラガはびっくりした。上官が話している時に遮ると懲罰ものだ。しかしテオは民間人で白人だった。軍隊の規則も”ヴェルデ・シエロ”の作法も無関係の人だ。平気で少佐を遮り、また質問した。

「それじゃ、生贄はどこで使うんだ? それにコンドルの神様の目玉はどこなんだ?」


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