2021/10/19

第3部 隠された者  19

 「自称ビアンカ・オルティスは何の為に大統領警護隊に嘘の情報を流すんだ?」

とロホが疑問を口にした。通常セルバ人は大統領警護隊に嘘を言わない。嘘をついてもすぐにバレると知っているし、バレた時の制裁を恐れているからだ。それは隊員達と同じ”ヴェルデ・シエロ”でも同じことだ。大統領警護隊は一族の中の警察機構同然だから、掟に触れることをしたり、法律違反をすれば処罰されることを知っている。捕縛され長老会の審判を受けることになれば、家族から除名されるし、部族からも追放される。最悪の場合は処刑もあり得る。

「自称オルティスはサスコシ族と名乗りました。確かにあの部族の本拠地はアスクラカン周辺の森林地帯です。しかし、そんなことは一族なら誰でも知っています。少佐・・・」

 ステファン大尉が正面のケツァル少佐を見たので、少佐が首を振った。

「父に訊いても無駄です。父は若い頃に故郷を出ていますし、農園の管理を監督しに年に数回帰郷するだけです。サスコシの部族内の様子は知らないでしょう。」

 純血種のグラダの少佐がそんなことを言ったので、事情を知らないギャラガとデルガドが怪訝な顔をしたが、誰も教えるつもりはなかった。ステファン大尉が頭を掻いた。

「ミゲール大使が駄目なら、市内でサスコシ族を探すか、直接現地へ行ってオルティスの調査をしなければなりません。彼女がサイスのナワル使用とどの様な関わりを持っているのか確かめる必要があります。」
「訊く相手はサスコシ族じゃなくても良いんじゃないか?」

とテオが言ったので、彼は注目を集めてしまった。この場で唯一人の白人である彼は、一瞬躊躇ったが、自説を述べた。

「確かに彼女はアスクラカンの訛りで喋ったから、あっちの出身だろうと推測されるが、あれだけ嘘が上手い女だ、訛りも訓練で話せるのかも知れない。もしそうなら、そうまでしてサイスに近づく必要がある一族の人間は何者かってことだ。」

 ああ、と溜め息混じりの相槌を打ったのはケツァル少佐だった。

「だから、ケサダ教授はピューマもいると仰ったのですね。」

 ロホとステファンが2秒後に同時に彼女の言葉の意味を理解した。

「ビアンカ・オルティスは”砂の民”?!」
「なんてこった!」

 それを聞いて、デルガドとギャラガもギクリとした。特にデルガドはショックを受けていた。彼は横に座っている上官を見た。

「大尉、あのことも報告した方がよろしいですね?」
「スィ。既に少佐には伝わっているが。」

 ロホとギャラガがデルガドを見たので、デルガドはシティホールに建設大臣秘書のシショカが現れたことを語った。彼の後に続けてステファンがシショカと話をしたことを告げると、少佐が苦笑した。

「イグレシアス大臣から、確かに私の携帯にコンサートのお誘いのメールが来ていました。私は先約があるからとお断りしましたけど。」
「シショカはサイスに対して関心を持っている様に見えませんでした。彼はオルティスとも顔を合わせていません。」
「つまり、シショカはサイスがミックスの”シエロ”だと知らない?」

とテオが訊くと、彼は知りません、とステファンは答えた。

「知っていれば、”出来損ない”の私に”出来損ない”のピアニストを見に来たのかとか何とか皮肉を言った筈です。あの男はそう言う性格ですから。」

 ミックスのアンドレ・ギャラガが嫌な顔をした。殆ど白人の容貌を持つ彼は、己より”シエロ”の血が濃い尊敬するステファン大尉が、純血種達から”出来損ない”呼ばわりされるのを耳にするのが本当に嫌なのだ。美しい真っ黒なジャガーに変身する大尉が何故軽蔑されなければならないのだ、とギャラガは己が侮辱される時よりも強い憤りを感じるのだった。

「自称オルティスはシショカがシティホールに行ったことを知らなかった様子だったなぁ。」

とテオが屋上での尋問を思い出した。ロホが言った。

「”砂の民”は全員が同じ命令を受けて動く訳ではありませんから、彼女だけがサイスを嗅ぎ回っていたのではないですか? ただ彼女はまだ若くて経験が浅いのでしょう。いつも取り巻きを連れているサイスになかなか近づけなくて、あの手この手で接近を図っているのかも知れません。」
「それなら・・・」

とステファンは大統領警護隊本部の地下へ降りた時のことを思い浮かべた。

「私が面会した長老は3名だったが、サイスがミックスの”シエロ”だと知っていたのは1人だけだった。だから、あの時点でサイスを粛清する命令は出ていなかったと思う。」
「長老会から命令が出ていないのに、”砂の民”が動いているってことはあるのか?」

 テオの疑問に、少佐がポツンと答えた。

「あります。家族からはみ出し者が出た時に家長が命令を発するのです。」



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