2021/10/19

第3部 隠された者  20

 アスクラカンに向かって早朝グラダ・シティを出発したのはステファン大尉とロホだった。2人で大統領警護隊のジープに乗ってルート43を西に向かって走った。ルート43はグラダ・シティからアスクラカン迄は中央分離帯がある立派なハイウェイだ。都会と農業地帯を結ぶ産業道路も兼ねているので、バスやトラックが頻繁に行き来している。ジャングルは開墾され、コーヒーやバナナの畑が続いているし、少し小高い農地では野菜も作られている。つまり、そこに住んでいるサスコシ族は決して田舎者ではないのだ。メスティーソの起業家達に混ざって裕福な農園経営者として成功している”ヴェルデ・シエロ”だ。後進の純血種の”ヴェルデ・ティエラ”達が労働者として働いているのと違って、古代から住み着いていた”シエロ”の方が経営者として栄えている。他の土地に住んでいる他部族がひっそりと慎ましやかに暮らしているのに、アスクラカンのサスコシ族は豊かだった。

「だからミゲール大使は金持ちなんだ。」

とステファン大尉が呟いた。ちょっとやっかみが入っていた。彼は鉱山町のスラム出身だ。イェンテ・グラダ村出身の祖父が出稼ぎに出たのがオルガ・グランデでなくアスクラカンだったら、グラダ・シティから逃げ出した父が逃げ込んだのもオルガ・グランデなくアスクラカンだったら・・・と考えて、すぐに彼は馬鹿馬鹿しい妄想だと気がついた。祖父は故郷より遠く離れた鉱山で働いていたからイェンテ・グラダ村殲滅を逃れられたのだ。アスクラカンはイェンテ・グラダ村があったオクタカスに近い。父もオルガ・グランデに逃げたから母と出会い4人も子供をもうけることが出来た。アスクラカンにいたらすぐに追っ手に見つかってグラダ・シティに連れ戻されただろう。そしてカルロとグラシエラは生まれていなかった。
 フェルナンド・フアン・ミゲール大使の遠縁の農園主の家はハイウェイから横道に入り半時間走った所にあった。民家と畑が混在する平たい土地の中に建てられた大きめの家だった。大地主と言うより何処かの会社の重役と言った感じだ。門扉は開放されたままで、運転しているステファンは停止することなくジープを敷地内に乗り入れた。
 グラダ・シティを出る前にステファン大尉はその家の当主ドロテオ・タムードに電話をかけ、訪問することを告げていた。用件は言っていない。だから家から出て来たタムードは不審そうな表情でジープから降りてくる2人の男を眺めた。タムードは60代前半の純血種だったが、彼の後ろに立っている3人の息子はメスティーソだった。つまり妻もメスティーソだ、とステファンは思った。純血種と白人がいきなり婚姻することは滅多にない。特に地方では。
 ステファンもロホも私服だったが、緑の鳥の徽章は持っていたし、規則に従って拳銃も装備していた。2人は右手を左胸に当ててきちんと挨拶をして、日曜日の朝に訪問したことを詫びた。タムードは若者達が礼儀を守ったので機嫌を直し、客を家に入れた。明るい陽光が入るリビングは窓も開放されていて風通しが良かった。タムードの長男が父親の後ろに立ち、客がその向かいに座ると次男と三男がその後ろに立つと言う伝統的な迎え方だった。つまり客が突然敵意を剥き出しにすると直ぐに応戦出来る態勢だ。
 メイドがコーヒーを運んで来てテーブルに置いて去る迄、室内は静かだった。主人も客も相手の目を見ないで、しかし相手の様子を伺っていた。やがて、タムードが口を開いた。

「ミゲールの娘からの紹介だと言うことだが、どんな用件かな?」

 ステファン大尉が答えた。

「最近グラダ・シティで音楽活動をしているアメリカ合衆国国籍のピアニスト、ロレンシオ・サイスはアスクラカンの一族の人を父親に持つと聞きましたが、ご存知でしょうか。」

 タムードが後ろの長男を振り返った。30代半ばと思しき長男が首を傾げ、それから次男へ目を向けた。次男が答えた。

「ジャズピアニストのサイスのことですね。私が聞いた話で良ければお話しします。」

 父親が頷いて許可したので、次男は立ち位置を父親の後ろへ移動し、長男と並んで立った。

「川向こうの家族に、23年前に北米へ行って現地の女性との間に子供をもうけた男がいました。男はこちらに妻と子供がおり、北米の女と子供をこちらへ呼びたいと希望しましたが、当時まだ元気だった両親に反対され、希望は叶えられませんでした。男は北米での仕事が終わり、アスクラカンに戻って来ましたが、北米に残した女と子供に申し訳なく思い、養育費を送り続けました。彼の妻と子供はそれを知りませんでしたが、北米の子供がピアニストとしてメディアに出て来る様になると、男が隠していた秘密が明らかにされてしまいました。ピアニストは父親にそっくりだったからです。妻は夫が隠れて子供を作っていたことや、養育費を送り続けていたことに腹を立て、家族の家長に訴えました。」

 ロホとステファンは顔を見合わせた。自称ビアンカ・オルティスの話と一致している、と2人は頷き合った。

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