2021/10/07

第3部 潜む者  11

  テオはいつも自分の車に2泊程度の旅が出来るよう荷物を積んでいた。着替えと歯ブラシだけだが、綺麗好きの人間には必要だ。この荷物は別に大統領警護隊と旅に出ることを期待して積んでいるのではない。彼は時々研究用の検体採取に郊外へ出かける。ジャングルに行くこともある。そんな場合は大概学生達も一緒だ。朝の授業や研究室でのお喋りで急に調べたい遺伝子とかが出てくると、「行こうか?」と話がすぐまとまって、出かけるのだ。だからアルスト先生の教室は人気があった。事務局の話では来期の受講希望者の倍率が今年度の3倍になっていると言うことだ。テオ自身はピクニック講座を開いているつもりはなかった。
 着替えの鞄と研究室から持って来た検体採取キットをケツァル少佐のベンツに積み替えた。アンドレ・ギャラガも大統領警護隊の緑の鳥のマークが入った迷彩柄リュックを持っていた。これは文化保護担当部の必需品だ。着替えの下着とシャツの他に携行食料や水の容器が入っているし、医療キットもある。
 車が走り出してすぐに、テオは疑問を口にした。

「チュパカブラにロス・パハロス・ヴェルデスが3人かい?」

 するとギャラガが答えた。

「私は別件です。昨日の盗掘品の出処の調査を担当します。」
「すると盗掘はミーヤ遺跡?」
「ノ。ミーヤは小さいし、アスル先輩が見張っておられます。今回の盗掘被害はアンティオワカ遺跡です。」

 テオが知らない遺跡だ。だがギャラガが一緒に行くのだから、ミーヤ遺跡に近いのだろう。少佐も恐らくアンティオワカが目的地なのだ、と見当がついた。
 ギャラガは助手席に座っていたが、後部席のテオに見せるために写真を手渡してくれた。遺跡ではWi-Fiがないので、タブレットより写真なのだろう。テオは港の倉庫で見つかった石像や陶器類の写真を眺めた。ブルーシートの上に並べられ、まるでフリーマーケットの商品みたいだ。全てに番号札が付けられていた。「証拠物件1番」とか、そんな札だ。テオは考古学に詳しくないが、大統領警護隊文化保護担当部との付き合いは2年以上になるので、なんとなくそれらの物件の年代がわかった。

「12世紀頃かなぁ? 明らかに”ティエラ”の物だね?」
「スィ。流石ですね!」

 ギャラガが素直に感心してくれた。こちらは考古学の学生を目指して勉強中だが、まだ半年だ。
 運転しながら少佐が少尉に声をかけた。

「アンドレ、お昼寝しなさい。後で運転を交替してもらいます。」
「わかりました。」

 ギャラガはテオにウィンクして前へ向き直った。少しだけ背もたれを後ろへ傾斜させた。
テオが写真を揃えてクリアファイルに入れていると、少佐が彼にも声をかけて来た。

「試験問題を作らないのですか?」
「車の中で文章を眺めていると酔うから、頭の中で考えるだけにしておく。問題はホテルで作る。」

 そしてテオも寝落ちした。
 3人を乗せたベンツはセルバ共和国東海岸を南北に通る快適なハイウェイを軽快に飛ばして南に向かった。腰に装備した携帯電話が振動したので、彼女はナビの通話ボタンを押した。

「ミゲール・・・」
ーークワコです。

とアスルの声が聞こえた。

ーーもうグラダ・シティを出られましたか?
「スィ。後半時間でプンタ・マナを通過します。」
ーードクトルも一緒ですね?
「スィ。」
ーードクトルに銃を持たせて下さい。

 部下から物騒な要請が出されたので、ケツァル少佐は前方を見たまま眉を寄せた。

「何か起きたのですか?」
ーー何が起きているのか私にはわかりませんが、また1人襲われました。
「貴方は獣を見ていないのですね?」
ーー私がいる場所には出ません。少なくとも、警備兵のいる場所には一度も出ていません。
「わかりました。予定通り私はギャラガとアンティオワカへ行きますが、用があればいつでも連絡しなさい。」
ーー承知しました。以上。

 通話が終了した。ケツァル少佐はチラリと助手席に視線を遣った。アンドレ・ギャラガは命令に従って昼寝中だった。少佐とアスルの会話が聞こえたかどうか、少佐はわからなかった。ギャラガは目が覚めても呼吸を変化させない特技がある。狸寝入りが実に上手いのだ。
 ルームミラーを見ると、テオもしっかり眠っていた。こちらはスペースがあるので体を横に倒して本当に寝ていた。急停止すれば座席から転げ落ちるだろう。時計を見ると、部下のシエスタの時間はまだ15分残っていた。

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