2021/10/28

第3部 隠れる者  20

  暫くステファンとサイスは黙り込んでいた。ステファンは少し喋り疲れたし、サイスは衝撃を受け続けて精神的にくたびれた。

「コーヒーはいかがですか?」

 返事を待たずにサイスは席を立ち、キッチンに入った。彼がいなくなると、ステファンはふーっと息を吐いて全身の力を抜いた。デルガドが振り向いて微笑んだ。彼の目が”心話”を求めて来たので、ステファンは受け容れた。

ーーピアニストは貴方の話に引き込まれています。
ーー私は無我夢中で喋っているだけだ。それより、さっきはフォローを有り難う。

 デルガドは再び窓の外を向いた。サイスがトレイにカップを3つ載せて戻って来た時、ステファンは本部遊撃班指揮官と電話で話を終えたところだった。
 コーヒーで喉を潤してから、彼は話を再開した。

「貴方は父上が純血種の半分ミックスの”ヴェルデ・シエロ”です。この半分と言う血の割合が厄介で、超能力の強さは純血種と殆ど変わりません。しかし生まれつき力の使い方が身についている純血種と違って、ミックスは親や年長者から教わらなければ力の使い方を習得出来ないのです。だから感情に流されるままに力を使ってしまったり、暴走してとんでもない事故を起こしてしまう恐れがあります。貴方の聴衆を魅了する力も、使い方によっては民衆を扇動して暴動を起こさせたり、集団自殺をさせたりする最悪の事態を引き起こす恐れがあります。」
「まさか・・・」

 サイスがまた青くなった。ステファンは少しだけ微笑んで見せた。

「最悪の事態の想定です。貴方の性格を今ここで見る限り、そんなことは起こり得ないと私は思います。しかし、貴方が無意識でも、”ヴェルデ・シエロ”は貴方が気を放ちながら演奏していることを知ってしまいます。気の波動と言う、個人個人異なる特徴があるのです。そして感じ取った者は、貴方が意図的に”操心”を行っていると誤解するかも知れません。」
「つまり、大統領警護隊に逮捕されると言うことですか?」
「その程度で済めば良いですが・・・」

 大尉はセルバ流に遠回しな言い方をした。

「命に関わる処罰を受ける恐れがあります。貴方が何もしなくても、貴方の能力が一族の存在を世間に知らせてしまうと危険視されるからです。」
「そんな・・・」

 ステファンはサイスにサスコシ族の族長からの伝言を伝えた。

「父上の出身部族はアスクラカンのサスコシ族と言います。その族長シプリアーノ・アラゴが私に言いました。貴方が全てを捨てて彼の元へ行くなら、彼は貴方を責任を持って教育し、”ヴェルデ・シエロ”としての作法を教える、と。つまり、うっかりジャガーに変身したり、無意識に超能力を使ってしまって貴方自身に危険が及ぶ事態が起こらないよう、力の使い方を教えてくれると言う意味です。」
「全てを捨てて?」

 サイスが悲しそうな顔をした。

「ピアノを捨てろと言うのですか?」
「ピアニストとして貴方が手に入れた成功を捨てろと言う意味です。無名のピアニストに戻って一からやり直すことは出来ます。」
「それで、ジャガーに変身しなくて済むのですか?」
「真面目に修行をすれば、自由に力を使える様になります。斯く言う私も修行中の身なのです。感情に流されないよう、訓練しているのです。」
「もし修行をしないと言ったら?」
「アメリカに帰られた方が安全です。」
「ですが・・・」

とデルガドが割り込んだ。彼は無作法を上官に目で詫びたが、話を続けた。

「既に貴方を危険分子と見なして付け狙っている女性がいます。彼女は貴方の命を奪う迄、地上の何処へ逃げても追跡するでしょう。貴方がセルバに残れば、貴方を大事に思う人々が守ってくれますが、アメリカではその守護の手は届きません。修行をして、力の制御を学び、貴方が安全な”シエロ”の仲間であると認められれば、貴方が狙われることはありません。寧ろ貴方を狙う者が罰せられます。サスコシの族長の提案を受けるべきだと私は思います。
 余計な口出しをした無作法をお許し下さい。」

 ステファンが構わない、手を振った。そしてサイスを見ると、ピアニストは腕組みをして考え込んでいた。


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