ロレンシオ・サイスは1日考えさせて欲しいと言った。ステファン大尉は彼がキッチンでコーヒーを淹れていた時、本部の指揮官に電話をしておいたので、1時間後に警護の為に遊撃班の交替要員がやって来た。
彼等のジープがフェンス越に見えて来ると、ステファンはサイスに言った。
「これから起きることを観察していて下さい。我々”ヴェルデ・シエロ”がどんなものなのかを。」
大統領警護隊のジープが門扉の前に来ると、サイスが開扉のスイッチを押していないにも関わらず、門扉が開いた。ジープは庭に入って来て、ステファン大尉が乗って来たジープの隣に駐車した。そして2名の隊員がジープから降りてきた。ステファンの要請を容れて私服姿だが、武器は装備していた。アサルトライフルを見て、サイスがギョッとするのをステファンは隣で感じたが、黙っていた。新しく現れた隊員達は施錠された玄関扉を勝手に開いてリビングへ入って来た。
「クレト・リベロ少尉、アブリル・サフラ少尉、交替任務に就きます。」
サフラ少尉は女性だ。髪をショートカットしているが、精鋭と言うより精霊の様な可憐な印象を与える顔立ちだった。しかし遊撃班だ。優秀な軍人に違いない。リベロもサフラも共に純血種だった。
ステファン大尉は彼等と向かい合い、敬礼を交わし合い、目を見合った。そしてサイスを振り返った。
「任務の引き継ぎをしました。わかりましたか?」
「え?」
サイスがキョトンとした。ステファンは説明した。
「貴方に関する情報と、貴方を狙っている人物の情報を全て、一瞬で彼等に伝えました。これは我々”ヴェルデ・シエロ”にとって、生まれつき普通に出来る能力です。貴方にも出来る筈ですが、誰も貴方に目で話しかけたことがなかったので、貴方は知らないだけなのです。恐らく、今日1日で貴方はマスター出来るでしょう。」
デルガドがステファンの横に来た。
「デルガドと私は本部へ一旦引き揚げます。明日また来る予定ですが、来られなくても別の隊員が来ます。今日は、こちらのリベロとサフラが貴方を守ります。彼等は任務に就いていますから、貴方は彼等の存在を無視して普段通りに生活なさって結構です。ただ、外出する時は、必ず彼等のどちらかを同伴して下さい。」
そしてステファンは交替要員にも言った。
「報告した通り、セニョール・サイスは生まれたての”ヴェルデ・シエロ”の様な人だ。君達が彼の前で能力を使うことに遠慮は無用だが、教える時は慎重にしてくれ。我々は指導師ではないから。」
「承知。」
2人の若い隊員は再び敬礼した。
ステファンはデルガドを促し、家の外に出た。自分達のジープに乗り込んだ。徹夜でサイスの護衛を務めたデルガドにステファンは運転させなかった。大統領警護隊本部迄は車で10分もかからないが用心するに越したことはない。
エンジンをかけると、デルガドが話しかけて来た。
「見事な指導ぶりでした。大変参考になりました。」
「おだてるな。」
ステファンは苦笑した。
「私はただ闇雲に喋っただけさ。」
「普段の大尉の口調と違っていたので、驚いて聞いていました。後輩の隊員にもメスティーソが増えています。彼等を指導する役目を与えられると、私の様な純血種は逆にどう教えて良いのかわからず、戸惑うばかりです。司令部は大尉を指導師に仕込みたいのではないですか?」
「馬鹿言うなよ。」
ステファンは車を道路に出した。
「私の様な無学で素行の悪い育ち方をした人間が、将来有望な若者達を教えられる筈がないじゃないか。」
「大尉も若いでしょうに。私と2歳しか違いませんよ。」
デルガドが笑った。ステファンは照れ臭かったので、
「しゃべり疲れて喉が渇いた。」
と誤魔化した。
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