2021/10/06

第3部 潜む者  9

  グラダ大学の駐車場は一応職員用と学生・訪問者用に分けられていたが、明確な仕切りがある訳でなく、学生用が満車に近ければ職員用スペースに平気で駐車する者もいた。職員用にも特にどこが誰の場所と決められていなかったが、大概はお気に入りの場所があって、他の人は遠慮してそこに駐めないと言う暗黙のルールが存在していた。
 テオが出勤すると、彼の場所の隣に見慣れない車が駐められていた。そこは化学の先生の場所だったが、その先生が車を買い替えたとも思えなかった。車内には助手席に衣類やタオルが乱雑に置かれ、さらにスマートフォンも放置されていた。これでは盗んでくれと言っているようなものじゃないか、と思いつつ、テオは自分の車を施錠して鞄を持って理系の学舎へ向かった。
 午前中の授業が終わる頃、外がちょっとだけ騒がしくなった。警察のパトカーがサイレンを鳴らしてやって来たのだ。早速物見高い学生達がパトカーが向かった駐車場へ集まり出した。テオは無視しようと思ったが、職員用の駐車場へパトカーが入ったので、自分の車が気になってそちらへ向かった。同様に他の職員も部屋から出て来た。

「何ですか?」
「車上荒らしのようですな。」

 テオの車の周囲に人集りができたので、彼は学生達を掻き分けて近づいた。被害に遭ったのは、テオの隣に車を駐めた日本人だった。誰かを訪問して来たのだが、スマホを車内に忘れたので取りに戻ったら、窓を破られて携帯電話を盗まれた後だった。英語とスペイン語を交えて喚いていたので、英語が出来る警察官が彼を宥め、英語で聞き取りしてスペイン語で同僚に伝えていた。
 テオは自分の車に被害がないことを確認すると、研究室に戻り始めた。治安の良い国から来た人は隙だらけだから、と話している学生達の声を聞きながら歩いていると、彼の携帯が鳴った。ケツァル少佐からだったので、急いで出た。

「アルストだ。ブエノス・ディアス、少佐!」
ーーブエノス・ディアス。今日はお時間ありますか?
「すまない、来週の試験に向けて問題を作っている最中なんだ。ランチぐらいなら付き合えるけど・・・」
ーーその試験問題は車の中で考えられますか?

 ケツァル少佐は相変わらず強引だ。テオは意地悪するつもりはなかったが、言った。

「Wi-Fiを使える場所なら大丈夫だが・・・」
ーー宿舎は貴方だけホテルにします。ミーヤ遺跡に行っていただきたいのですが。

 アスルがチュパカブラ問題で悩まされている発掘現場だ。テオは嫌な予感がした。一泊二日で帰るのは無理ではないか?

「明日の昼に帰って来られると言う保証があれば・・・」
ーー努力します。

 セルバ共和国の「努力します」は「無理じゃない?」と言う意味だ。しかしケツァル少佐は約束を守る稀なセルバ人だ。

「運転は誰がしてくれるんだ? それに俺は何をしに行くんだ?」
ーー運転は私がします。
「ビエン!」
ーー貴方は動物の体毛を調べるふりをして下さい。
「ふり?」
ーー発掘現場の作業員を説得する役目です。

 やっと話が見えてきた。謎の動物に噛まれた作業員の衣服に付着していた動物の体毛がコヨーテのものだと電話で言っても、納得しない人がいるのだ。だから、大学の「偉い学者」が自ら出向いて解説すると言う筋書きだ。
 テオは言った。

「明日の昼までだけだぞ。俺もボランティアばかりやってられないからな。」

今夜、デルガド少尉は留守番だ。


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