ドロテオ・タムードはカルロ・ステファン大尉とロホがサスコシ族の族長に面会したいと希望すると連絡を取ってくれた。族長は大統領警護隊がオルトの夫の子の件で面会を希望していると聞いて、自宅へ来てくれるようにと言った。それでドロテオの次男が大統領警護隊の2人を案内することになった。次男の名はセルソと言った。年齢は2人の隊員より上だった。彼は警護隊のジープの後部席に乗り込んだ。
「族長はシプリアーノ・アラゴと言います。父の幼馴染で、気の良い人です。」
セルソもメスティーソだ。彼が案内出来る家だから、純血至上主義者ではないのだ。
「因みに、ピアニストの父親の名はヘナロ・パジェです。ヘナロは仕事で海外へも出かけていましたので、純血至上主義がどんなに馬鹿馬鹿しいか理解していましたが、彼の家族は昔ながらの伝統を重視していました。妻のアゲダ・オルトはパジェの同族でヘナロとは親が決めた結婚でした。私が他人の家の内情に詳しい理由は、あの家がガチガチの純血至上主義者で知られているからです。」
恐らくセルソは過去にパジェの家と何か嫌な出来事があったのだろう。しかし彼はそれ以上語らなかった。
アラゴの家は広い敷地内に小ぶりの戸建て住宅がUの字に並んでいた。夫婦単位で大家族が固まって暮らす伝統的な建て方だ。しかし中庭にジープを乗り入れると、戸建ての家の半分は空き家で農機具置き場などに使われていることがわかった。実際に住民が住んでいる家は綺麗に手入れされているので、すぐ判別出来た。
ジープのエンジン音を聞きつけて子供が3人ばかり出て来た。続けて50代と思える男性が姿を現した。ステファン大尉はジープのエンジンを切り、ロホと共に左右に降りた。セルソ・タムードも車外に出ると、その家の主人の前に進み出た。
「セニョール・アラゴ、本日は突然の来訪をお許し下さり・・・」
型通りの挨拶の遣り取りが5分ばかり続き、その間大統領警護隊の2人は辛抱強く待っていた。それからセルソから族長シプリアーノ・アラゴに紹介された。ステファンが挨拶するとアラゴはゆっくりと彼を眺め、そして言った。
「シュカワラスキ・マナに似ているな。お前の父親に一族のしきたりを教える役目を名を秘めた女から賜ったことがあった。お前は修行を投げ出したりしないよう、心して努めよ。」
思いがけない場面で父の名を出されて、ステファンは心の中で動揺したが、表に出さずに堪えることが出来た。
「今日は貴方のお力添えを頂きに参りました。貴方のお力で事態が良い方向へ向かうことを信じています。」
彼の丁寧な物言いに満足したのか、アラゴは頷き、それからロホを見た。ロホも作法に則って挨拶をした。アラゴが不思議そうに彼を眺めた。
「名家マレンカの名を棄てた息子がいると聞いていたが、お前のことなのか?」
ロホは肯定して言った。
「マレンカの家には息子ばかり6人おります。残っていても親の負担になるだけですから、私自身の家を創る為に、けじめをつける意味で名を変えました。決してマレンカの名を棄てたのではありません。」
するとサスコシ族の族長は愉快そうに笑った。セルソ・タムードを振り返って言った。
「ドロテオの息子よ、グラダ・シティには面白い人間が多いな。」
セルソは頭を下げて同意を示した。
シプリアーノ・アラゴは手を大きく振った。
「中へ入れ、客人。お前達の用件を聞こう。」
0 件のコメント:
コメントを投稿